こんにちはnonです。

多くの頑張り屋さんは、自分に頑張ることを強要する癖があるのではないかと思います。

無理をすることや頑張ることが美徳のようになっている部分があるかもしれません。

特に日本では戦後の復興で頑張ること、我慢することが強いられた時代背景も影響するのではないかなと思います。

頑張ることは決して悪いことではないし良いことでもあると思います。
多くは努力と結びつくと思うから。

ただ、頑張りすぎる人は、頑張ることを人にも強要するきらいがあるようにも思うんです。

そして、自分の出来ていることも認めないところがある。

「頑張らなくてもいい」

そう世の中で唱える人が居ても、多くの頑張る人はこれは理解出来ない。
堕落しているように感じたり
出来ないことを良しとする感じがするから。

だから、頑張ることをやめるのは難しいし、そのやり方だって分からないと思うんです。
なので、とことん頑張るのが良いと思います。

本当に頑張ることにホトホト疲れた時
あーもう頑張るのはやめようって思うし、知恵が働くと思うから。


ただ、人に強いると感謝する気持ちも見失う事がある。

「やって当たり前」
「出来て当たり前」

この考え方が、人も自分も苦しめるようになる。

これは価値のない自分を作るには恰好の餌になる可能性が大!!

なので、1度努力することと頑張ることを分けて考えることをお勧めします。

努力は必ずしも頑張ることでも、無理をすることでもありません。
楽しく、それが気付けば身に付く。これも努力でもあります。

努力は汗水たらして。。。なんて世の中の常識に近しいことがありますが
それが正しい訳ではありません。

頑張っている時は、同時に自分が頑張っていることを認められないことがあります。
認められなければ、更に自分を追い込んでいくことになる。

そして、そこで成果を上げたことがプライドになっていきます。

でも、このプライドに苦しめられることもある。
そうなった時には、このプライドを手放す必要があるかも。
このプライドがなくても、自分が出来ると知るとすんなり手放せるものだと思います。
この「出来る」のハードルは、実は自分が思い描いているものよりずっと低いと思います。


自分が頑張っていることを認められないと
相手が労ってくれる言葉も、思いやりも受け取れなくなります。


「私なんてまだまだ」って。

そうすると、ドンドン甘えられなくなってくる。

「ひとりで頑張らなきゃ」

しっかりすることを要求されてきた人程、ここにはまってしまうのではないかと思います。
頑張ってきたプライドがあるからこそかもしれません。

だからこそ

「頑張らないことが怖い」

「頑張らない自分を知られるのが怖い」


そうなるのではないかと思います。


だから、ありのままの自分になりたいと同時にありのままの自分を恐れるのかなと思います。






頑張るハリボテの自分に敗北した時(認めた時)
本当の自分をスタートさせるんだと思います。


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