今日は、日本航空の123便墜落事故から30年目です。
1985年8月12日、群馬県の御巣鷹山に墜落したJAL123便。
羽田空港から、大阪伊丹空港に向かうその便は、夏休みということもありほぼ満席でした。
乗客509名、幼児12名、運航乗務員3名、そして客室乗務員12名。
この時期になると、いつも読み返したくなるのが、日本航空の元客室乗務員であり、この事故で同じグループだった先輩達を亡くされた青山透子さんが書かれた「天空の星たちへ」
分厚い本ではありますが、是非皆さんに読んで頂きたい1冊です。
123便の事故原因については、ボーイング社の修理ミスだとか、JALの整備ミスだとか様々な原因が取り沙汰されましたが、この本を読めば、原因はもっと別のものだったのでは、と誰もが思うはず。
本の中には、「運輸省の航空事故調査委員会が日航事故関連のおよそ1トンにも及ぶ重要な資料を1999年11月に裁断し、焼却し、すべて破棄していたことが分かった」とあります。
いくら保存期間が切れたとはいえ、これだけの重大事故の調査報告なのですから、国として永久保存していくべきではないでしょうか?と書かれていますが、本当にその通りだと思います。
それとも、国として、残したくない資料だったから、破棄したのでしょうか。
是非、本を読んで頂き、皆さんにも考えて頂けたらと思います。
昨年、新卒でJALに入社したアイザック生は5名。
そのうちの1人、Nさんは、小さな頃から家族旅行はいつもJAL!の生粋のJALファン。
幼稚園の卒園アルバムには既に「JALの客室乗務員になる」ということが書いてあったほどでした。
(アルバム見せて頂きました~)
そんなNさんと2人で話した際に、教えて下さったのですが、実はお母様もJALに内定されていたとのこと。
しかし、ちょうどその年に123便の墜落事故があり、お母様のお父様が猛反対され、泣く泣く入社を諦めたのだそうです。
「JALに入社することは母の夢でもあったんです」と仰っていたことを、今でも印象深く覚えています。
JALは、歴史が長い分、背負っているものがとてつもなく大きいと思いますが、それらを全て受け止め、安全運航に全力を注ぐことが、今のJAL社員の使命なのではないかと思います。
空の安全を心から願って・・・。
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