有識者が「人工地震」という場合と、陰謀論者が「人工地震」と言う場合で、内容は大きく変わります。

 

 

 

違いの一つは、有識者は、自分自身が認識する「人工地震」と、陰謀論者が認識する「人工地震」の2種類があることを承知している場合が多いのですが、陰謀論者は、有識者が認識している「人工地震」を知らない場合が多いように思います。

もちろん、有識者は、陰謀論者が言う「人工地震」が実在するとは思っていないはずです。

 

 

他にも、有識者が認識する人工地震は、目的に至る過程や仕組みが明確なのに対して、陰謀論者が言うところの人工地震は、結果だけが明確で、過程や仕組みはもちろん、始まりさえ曖昧な場合があります。

 

 

また、費用対効果も、練られていません。

実際に利用されている人工地震は、最小限の入力で最大限の利益を得ます。

ところが、陰謀論者の人工地震は、最大限の努力にも関わらず、大きな効果はありません。

 

陰謀論者の人工地震は、地震兵器を指す場合がほとんどですが、そうなると、努力の割には報われないことになります。

まず、人工地震では、爆発力の1/10程度しか、地震の揺れに変換されません。

耐震対策レベルが高かったら、被害も出ません。

また、震源に爆弾を設置するには、そこまで掘削する掘削技術の研究・開発から始めなければなりません。

そんなことをするより、核弾頭のミサイルを撃ち込む方が、簡単かつ安価で効果的です。

 

 

 

人工地震を主張する陰謀論者は、地震の被害を、他者(他国)の責任にしようとしていることになります。

ならば、その目的は何でしょうか。

 

目的として考えられるものは、軍事的な緊張を煽ることと、地震兵器に関する自己主張の2点が、主なものでしょう。

 

自己主張云々は、当人の個人的な狭い了見の話であり、無視すれば済みます。

 

軍事的な緊張を煽る目的に対しては、『正しく恐れる』という危機管理の基本を外すので、褒められるものではありません。と言うより、極めて危険な思想です!

 

 

 

 

仮に、地震兵器が実在し、日本に対して使用しようとしているとします。

この条件下で、次なる攻撃を防ぐために、どんな対策が可能でしょうか。

 

核武装すれば良いのでしょうか。

核抑止力に対して、あまりに楽観的すぎます。

核を持ったぐらいで、地震兵器を使わなくなるとは、甘ちゃんの発想です。

地震兵器は、迎撃できませんが、核兵器は迎撃が可能です。

 

相手国も核武装しているなら、ただの核抑止力でしかなく、地震兵器の分だけ不利です。

自然地震も起こり得るので、地震兵器を使っても、「自然地震だ」と主張されれば、地震兵器である証拠を揃えている間に報復攻撃の機会を失います。

ならば、地震の直後に報復攻撃した場合、自然地震の可能性が残るので、地震兵器で先制攻撃するような国が報復の報復を躊躇うとは思えません。

 

結局、核武装しても、地震兵器の抑止力になりません。

 

 

地震兵器が実在しているとしても、私達ができることは、耐震対策だけです。

 

地震兵器を持っていても、耐震対策がしっかりしていれば効果が期待できなくなるので、時間と費用を費やしてまで使用しにくくなります。

 

核抑止力では、核を使いたいが、反撃が怖いので我慢する考え方です。

ですが、我慢できなくなったら、怖さを振り切るか、迎撃や先制攻撃のような対抗策を準備して、核を使用するかもしれません。

これに対して、耐震対策が進んだ相手には地震兵器の効果が下がるのです。核ミサイルがロケット花火に劣化するようなものなのです。

なので、使いたい気持ち自体が減退します。使いたい気持ちがないので、使うための準備や対抗策にも興味を持ちません。

だから、抑止効果は、核抑止力より遥かに高くなります。

 

地震兵器が実在しても、していなくても、最良の手段は耐震対策です。

 

 

 

 

地震兵器が実在しても、していなくても、対策は変わらないことがわかりました。

では、地震兵器の存在を信じるか、信じないかでは、行動は変わるでしょうか。

 

地震兵器の存在を訴える人の中には、防衛論と絡める方が少なからずいます。

このような方は、武装の強化を叫ぶことが多いように思います。

ところが、実際には、耐震対策に勝る対策はないのですから、武装強化は無駄であると同時に、危険な要素になります。

 

地震兵器を信じ、武装強化した時に、大きな地震が起きたらどうなるでしょう。

これを人工地震と判断すれば、報復攻撃を始めることになります。そのために武装を強化しているので、報復攻撃を躊躇しないでしょう。

また、報復攻撃しなければ、報道機関や一部の過激分子が「何のための武装強化なのか」と追求することになるので、2度目は報告攻撃せざるを得ない状況に追い込まれます。

 

地震が人工地震であろうと、自然地震であろうと、日本から報復攻撃された側は、「地震兵器なんか存在しないのに、一方的に攻撃してきた」として、反撃するも良し、経済制裁するも良しとなり、日本を孤立・壊滅させられます。

 

だから、地震兵器を信じてしまうと、有効な対策を行わず、他国に開戦の口実を与え、自国民を窮地に追い込む危険性が生まれます。

 

 

 

地震兵器があろうが、なかろうが、対策は、耐震対策の強化の一択です。

反面、地震兵器があろうが、なかろうが、存在を信じてしまうと、余分な危険性を抱え込むことになるだけです。

 

結論は、地震兵器は実在しようが、しまいが、存在しないことにしておくべきであり、今まで通り、耐震対策を続けていくことが、最良の方向性となりそうです。

 

 

 

人工地震は、間違いなく存在しますが、地震兵器は存在しません。

仮に、地震兵器が存在しても、するべき対策は耐震化の一択です。

それを理解しても、なお物証なく地震兵器の存在を訴えるなら、その人物は、国民を戦争へ導こうとする危険人物・・・なのかもしれませんね。