MRJの開発を行っていた三菱航空機の元社長の川井昭陽氏(在任期間:2013〜2015年)は、「MRJの失敗原因をFAAの型式証明の取得の困難さ」がMRJ失敗の主因としました。

型式証明の困難さは、最初からわかっていたことで、その対策として、ボーイングOBを雇用しました。

ところが、社内の技術者が、ボーイングOBの進言を受け入れられなかったのだそうです。

そして、「当時の技術者は、自惚れがあったのではないか」とも言っています。

 

 

時期は異なりますが、国土交通省・航空機審査センターの元所長の清水哲氏(在任期間:2021年〜)は、三菱航空機側から、国土交通省とFAAの並行審査を要望されたと、明かしています。

審査の効率化を図るための提案だったようです。

 

国交省では、以下の9分野について、審査するそうです。

 

・飛行性  :性能、操縦性、安定性

・構造   :主翼、胴体、尾翼

・機装   :操縦系統、与圧系統、油圧系統

・客室安全 :座席、耐火性、非常脱出

・動装   :エンジン、燃料系統

・電装   :電気系統、飛行計画、航法装置

・安全性評価:安全性評価、開発保証

・製造   :製造品質、委託先管理

・認定事業場:認定事業場、管理監督

 

清水氏によると、審査基準の具体性が乏しかったようです。

「構造は終極荷重に対して、少なくとも3秒間は破壊することなく耐えるものか、又は負荷の実際の状態に模した動的試験によって十分な強度が証明されるものでなければならない」との項目は、具体的な証明方法を明確になっていなかったのです。

 

清水氏は、次のようにも言っています。

「我々から、ここの部分はダメですと言った時に、我々が想定している内容ではない直し方をしてくることは、あった」

 

これは、三菱側の問題ではなく、国交省と三菱の両者に問題があるように思います。

国交省は、何がどう悪いのか、具体的に示していなかったのではないでしょうか。

三菱は、問題箇所が広範に及び、問題の絞り込みができるようなレベルではなかったのかもしれません。また、どう直すべきかを判断できるところまで、国交省を問い質さなかったのではないでしょうか。

 

 

 

 

全体として言えることは、自分達の都合で進めていることと、何をするのか、何を求めているのか、お互いに分析されていないことを感じます。

 

MRJは、国家プロジェクトだったはずです。

お互いに、どうすればプロジェクトが成功するのか、徹底的に議論したのでしょうか。

 

川井昭陽氏も、清水哲氏も、尻拭いさせられたようなものでしょう。

特に、川井氏は、後戻りできない状況で、バトンを受け継いだようなものです。

それ故の御苦労があったと、推察します。

ですが、お二人の話からは、プロジェクトを成功させる意気込みが感じられません。

激論を戦わせたように見えません。

お二人の在任期間はズレていますから、直接は、議論する機会はなかったとは思いますが、それぞれ、その時点の相手と、本気の議論はしたのでしょうか。

インタビューの内容を読む限り、そんな意義込みが感じられません。

 

そうなった背景には、人事のやり方があると思われます。

二人とも、在任期間は2〜3年ほどです。

なぜ、こんなに短いのか、人事を決めた人間に問いたいところです。

これでは、MRJと心中する覚悟は、生まれないでしょう。

当然、納得しない技術者の馘を切ることはできません。

既に、設計は終盤を迎えていたので、馘を切れば、その部分の設計方針も技術も失われます。

在任期間が長ければ、別の人材を充て、育てていくこともできますが、在任期間が短いので、下手に馘を切ってしまうと、在任期間が終わる時に、人材を欠落させて引き継ぐことになり、自分の評価にも関わります。

 

こんな覚悟がないトップから無理難題を言われても、技術者は納得しません。

「どうせ、直ぐに居なくなる」と考え、自分の考えを押し通すことになります。

 

 

 

MRJ失敗の責任は、この二人ではなく、もっと前にあったと思われます。

 

そもそも、MRJの目的、目標が、スタッフ全員に徹底されていたのでしょうか。

 

MRJは、困難なプロジェクトだとわかっていました。

なので、目標設定と優先度を明確にした上で、部門毎に各項目をドリルダウンしていくべきでした。(※本来のドリルダウンはデータの解析ですが、ここではトップの方針を各階層で具体化することを指します)

おそらく、まともなドリルダウンは、どの階層でもできていないでしょう。

 

ドリルダウンできているつもりでも、実際にはできていないことが多いように思います。

例えば、こんな感じです。

 

トップ  :「高品質で経済性に優れた国産のリージョナル・ジェット機を開発する。

       更に、FAAの認証を取得し、世界に販路を広がる」

 

翼設計部長:「ボーイングの主翼生産で培った技術を活かし、優れた翼を設計する。

       これにより、FAA認証を目指す」

 

翼設計課長:「過去の経験・技術を活かし、FAAの検査に応えられる翼を設計する」

 

この例を見て、ドリルダウンできていると思ったなら、問題です。

 

上記の例では、トップが打ち出したものを言い換えているだけで、翼設計部長も、翼設計課長も、何もドリルダウンできていません。

シングル・モルト・ウヰスキーなら、「何も足さない。何も引かない」のが良いのでしょうが、ドリルダウンでは話になりません。

 

会社のトップの方針に対して、翼設計部長は、これを噛み砕いて、方針を明確にしなければなりません。

トップの方針には、「高品質」、「経済性」、「リージョナル・ジェット」、「FAA認証」、「世界に販路」の要素があります。

この中の何をどう具体化するのか、ドリルダウンしなければなりません。

その目で、翼設計部長のドリルダウンを見ると、「ボーイングと培った技術」、「優れた翼」、「FAA認証」を言っていますが、トップの方針を言い換えているだけです。

翼設計課長も、トップの方針を言い換えているだけで、何もドリルダウンしていません。

 

本来なら、「高品質」に対しては、例えば「ISO14000シリーズに則り、独自の品質管理システムを策定する」ぐらいの具体性はあるべきでしょう。

「経済性」と「リージョナル・ジェット」を受けて、「離発着性能の高性能化と、高揚力装置のメンテナンス向上により、ユーザー目線の経済性を確保する」といったところでしょうか。

「FAA認証」には、「ボーイングの主翼設計におけるFAA認証項目との関係性を明確にし、基本設計・詳細設計に反映する」とでもしましょう。

「世界へ販路」には、「オーソドックスな設計と、部品点数削減による整備性の向上、整備士育成の容易さで、他社のシェアに切り込む」なんか、良さそうです。

 

これが、翼設計課長のドリルダウンなら、部長のドリルダウンの「高揚力装置のメンテナンス向上」や「部品点数削減」を受けて、「翼の後退角を浅くすることで、離発着性能を確保する。整備性の観点から、高揚力装置はシングル・スロテッド・フラップとして、部品点数を削減する。高速性は、翼断面形状を高速対応として、浅い後退角による衝撃波発生を可能な限り改善する」なんかは、どうでしょう。

 

航空機には素人の私ですので、良いドリルダウン例とは思いませんが、こういった作業が現場で行われたのか、疑問に感じているのです。

 

 

 

MRJプロジェクトの開始時に、「開発方針のドリルダウンできていなかった」と私が思った根拠は、以下のようなMRJの特徴にあります。

 

(1)経済性のブレ

 

MRJは、ギアード・ターボ・ファンを採用しました。

これは、燃費性能に優れた新世代エンジンでした。

ところが、機体重量に対して、大きめの出力を持つタイプを選択しています。

これでは、ギアード・ターボ・ファンでも、燃費は低下します。

 

 

(2)STOL性能のブレ

 

STOL性能を重視して、エンジン出力を大きめにしています。

一方、主翼の後退角は小さくなく、高速性能も気にしているように思えます。

STOL性能をエンジンに依存し、経済性とのバランスを欠いています。

昔のMU-2(三菱製)のように、補助翼を無くして、全翼幅にダブル・スロテッド・フラップを付けるような大胆さも、ほしいですね。

 

 

(3)細すぎる胴体

 

胴体は、空力に優れた形状を採用したが、内翼は胴体下に張り出しています。

同規模の定員の機体のなかでは、MRJは細い胴体を持ちます。細い胴体は、メンテナンス性や将来の発展性で不利になります。

それでも、細い胴体に拘っています。

胴体と翼が、バラバラの思想で設計され、無理矢理、結合しているように見えるのです。

これは、機体全体を統括する設計思想がないことを意味します。

 

 

(1)と(2)は、ドリルダウンしていないと考える根拠です。

(3)は、ドリルダウン以前の問題で、ドリルダウンのネタが曖昧だったか、存在さえしていなかったことを示しているように思います。

 

これらから見えてくるのは、大元の設計方針も、『国産ジェット旅客機を作る』との方針しか示されておらず、具体的なビジョンはなかったということです。

だから、当初の「30〜50人乗り」が簡単に崩れ、倍の規模の機体に変わったのです。

 

MRJが、どれほど大きなプロジェクトなのか、どれほど困難なプロジェクトなのか、プロジェクトを立ち上げた人々には、認識がなかったのでしょう。

だから、昇進のステップの一つとして、三菱航空機(株)の重役ポストを使ったのです。

当然、社長を初めとする重役らは、短い在任期間を無難に過ごすために、事なかれ主義になります。

そんな人物から命じられても、現場の人々は、それを適当にあしらうか、無視するでしょう。

下手に言う通りにして失敗でもしようものなら、トップは早々に別会社に異動し、残された者が責任を負わされることになりかねません。
同じ責任を負わされるなら、納得のいく仕事をしたいと思うのは、人情でしょう。

冒頭でも紹介していますが、川井昭陽氏は「技術者には、自惚れがあったのではないか」と言っています。

まさに、川井氏のこの感覚が、問題なのです。

 

もう一つ、川井昭陽氏は、「社長に人事権がなかった」とも言っています。

社長に人事権がないのも問題ですが、人事権の行使しか才覚がないことの方が、プロジェクトを進める上で重大な問題です。

同時に、人事権さえ与えなかった三菱グループの上層部は、MRJプロジェクトを失敗させようと考えていたのかもしれませんね。

 

 

ほぼ同時期に、ホンダ・ジェットは、FAAの認証を取得し、営業成績も素晴らしい結果を出しています。

MRJとホンダ・ジェットとの違いは色々あるでしょうが、決定的に違うのは、ホンダ・ジェットを設計・製造するホンダ・エアクラフト・カンパニーの社長は、16年間も藤野道格氏が務めた点でしょう。(会社設立前を含めると、約30年も責任ある立場だったそうです)

 

ホンダ・エアクラフト・カンパニーは2006年設立、三菱航空機は2008年設立です。

ホンダ・エアクラフト・カンパニーは、設立時から2022年まで藤野氏が社長を務めていますが、三菱航空機は、同じ期間に6人が社長になっています。(川井氏は3代目)

7人(現在は7人目が社長の座にある)の誰が、MRJプロジェクトの失敗の責任を取るのでしょうか。

当然、7人の誰も責任は取らず、自惚れた技術者の責任にしてしまうのでしょう。

 

ホンダ・ジェットが失敗していれば、藤野氏が全責任を負ったことでしょう。
藤野氏は、全責任を背負って全てを差配し、結果的に任を完うしたわけです。

 

 

 

MRJの失敗は、トップが責任を持って方針を示すことができず、また、現場もトップの方針をドリルダウンせず、個々に好き勝手に進めた結果、当然のように失敗したということでしょう。

 

この失敗から学ぶべきは、組織のあり方そのものなのだと、私は思います。

それは、三菱だけでなく、官庁にも同じことが言えます。

 

志ある者に全権を与え、それを周囲が支えていけるような組織改革ができない限り、巨大プロジェクトは、日本では実現できそうもありません。