しつこいようですが、もう一度、圧縮と引っ張りの違いを考えてみましょう。

 

 

クレーンは、重い荷物を吊り上げる事ができます。

クレーンで荷物を吊り上げる時には、ワイヤーには、引っ張りの力が掛かっています。

 

ワイヤーに圧縮の力を加えるには、ワイヤーを空に向かって伸ばすことになります。

そのワイヤーの突端に荷物を載せるのです。

そんなことは、ちょっと考えただけで、無理だとわかります。

 

ワイヤーには、多少の曲げ剛性はあるので、垂直に立てることは不可能ではありませんが、完璧に真っ直ぐにしなければ、直ぐに曲がって倒れます。

長く(高く)伸ばせば伸ばすほど、非常に難しくなります。伸ばせたとして、風が吹いたくらいでも倒れてしまいます。

更に長くすれば、荷物を載せる前に、ワイヤーの自重で座屈を起こします。

 

力が加わる方向が変わると、状況はまるで変わるのです。

 

 

 

 

金属や繊維系の素材は、一般に引っ張りに強く、圧縮に弱い傾向なあります。

特に、繊維系(カーパンファイバー、グラスファイバー、ケブラー等)は、引っ張りには非常に強いのですが、圧縮には弱いのです。

 

逆に、コンクリートは、圧縮に強く、引っ張りに弱い特性を持ちます。

なので、アーチ橋のように、圧縮方向の力が掛かる建造物には最適です。

 

 

コンクリートと鉄筋の組み合わせは、非常に優れています。

コンクリートは圧縮に、鉄は引っ張りに強いので、組み合わせると、両方に対応できます。

また、熱膨張率が似ているので、温度変化にも耐えられます。

更に、鯖が心配な鉄に対して、コンクリートはアルカリ性なので、鉄を保護してくれます。

コンクリート内の水分子は、放射線の遮蔽物としても使えます。

コンクリートと鉄の組み合わせは、相性が良く、優れた組み合わせなのです。

 

鉄筋コンクリートは優れた特性を持つのですから、建造物以外に使われても良いはずです。

自動車や鉄道、船舶、航空機にも、使えるのではないでしょうか。

ですが、小型の船舶(RCP製があったはず)を除くと、私の知る範囲では、これらに鉄筋コンクリートが使われたことはありません。

なぜでしょうか。

 

 

最も安易な発想は、「その分野の人が知らないだけだ」との考えです。

 

航空機産業に携わる人は、鉄筋コンクリートを知らないのでしょうか。

知らないはずがありません。

特性はともかく、「鉄筋コンクリート」という言葉は、小学生でも知っています。

航空機産業の人なら、基本的な特性くらいは知っていてもおかしくありません。その上で、航空機には使わない判断をしているはずです。

 

 

タイタンの設計に関わったとされるラッシュ氏は、カーボン・ファイバーの特性を、深海潜水艇の設計者が知らないと考えていたフシがあります。

 

ですが、今の時代、「カーボン・ファイバー」と言う言葉は、飛行機好きなら子供でも知っています。釣り好きも、知っているでしょう。ゴルフ好きも、知っているでしょう。スーパーカー好きも、知っているでしょう。

それなのに、深海潜水艇の設計者が知らないのでしょうか。

あり得ません!

 

カーボン・ファイバーを知っていながら、なぜ高価で加工が難しいチタンを使っているのかを、ラッシュ氏は考えなかったのでしょう。

 

同様に、潜航深度が浅い潜水艦では耐圧殻に円筒部があるのに、深海潜水艇では円筒部を持たない理由も、考えるべきでした。

同類なのに、深海潜水艇では耐圧殻を球状にする理由があるはずだと、考えるべきでした。

まさか、深海潜水艇の設計者は、潜水艦さえ知らないと思っていたのでしょうか。

 

 

ラッシュ氏のように、思慮が浅く、同時に自信過剰な人は、他分野でも見掛けます。

偽地震予知研究者は、その典型です。

 

「地震学の研究者は、他分野を知らないから、この前兆現象には気付けない。だが、自分は優秀だから、気付いている」

そっくりです。

 

このタイプの人は、科学のセンスが欠如しているように思います。

 

 

 

 

 

ある大学教授(作曲家でもある)は、タイタン号を設計したラッシュ氏について、こんなことを言っています。

 

「学卒、テクノロジーの大学院には通っておらず、つまりありものの航空工学を習っただけ、新しい何かを創るのが大学院研究室ですが、それ以前に航空研究からすら離れてしまった」

 

それは、違うと思います。

大学院を出て、大学教授を務めた人でも、ダメな人はダメです。

 

異分野から地震予知に入ってきている人は、大概は、ラッシュ氏と同タイプです。

地震学の研究者らを『地震ムラ』と揶揄し、奇策を弄して「地震を予知できる」と主張していますが、科学的根拠も、統計上の証拠もありません。

 

 

逆に、この教授も、工学系を苦手としているように見えます。

「1MPaは、約9.8気圧」と書いていますが、正しくは「約9.9気圧(9.8692気圧)と言うべきです。(一般には、1MPa≒10気圧と認識されています)

僅かな差ですが、この後で「7000MPaなら、68000気圧」と書いており、正しい約69000気圧(69085気圧)からは、かなりズレています。

Paと気圧の違いを、重力加速度『9.80665m/s2)の差と思い込んでいるのかと思ったのですが、その場合も、7000MPaは約68647気圧になるので、いずれにしても「約68000気圧」は可笑しな値です。

何を勘違いしたのでしょうね。

確かに、パスカルは、N/m2 ですので、従来のbarとの換算では、重力加速度が関係します。ですが、1気圧は0.101325MPaです。

 

この教授は、他にも、微妙なものがあります。

カーボンファイバーの異方向性には触れていますが、圧縮方向は含めていないようですし、ダイヤモンドの衝撃に対する脆さを、圧縮と混同しているようにも見えます。

ダイヤモンドの脆さは、結晶方向に剪断応力が加わった場合に見られるもので、圧縮ではありません。

実際、超高圧を作る実験装置では、ダイヤモンドが使われます。そして、約770万気圧(770000MPa)を作り出すことにも成功しています。

ダイヤモンドは、圧縮に強いのです。(引っ張りより圧縮に強いとされている)

他にも、潜水病に関わる記述も、違和感を感じてしまいました。

 

他にも、津波で破壊された家屋を例にしているのですが、水深による水圧だけ取り出し、「0.7気圧で柱が折れた」としています。

津波の破壊力は、波の流れによるものが大きく、水圧によるものは大きくありません。

水害では、完全に水没した家屋が倒壊しないことがあります。これは、偶々水流が弱く、水圧だけが掛かっていたためと思われます。

 

この教授から受ける印象から、少なくとも工学系は得意ではないように感じます。

 

私なんか、機械工学科の学部卒ですから、この教授には、「ありものの機械工学を学んだだけ」と馬鹿にされるのでしょう。

そんなレベルの私から見ても、この教授の説明には、あちこちに違和感を感じるのです。

 

 

 

 

 

途中で、「ダメな人はダメ」とキツイことを書いてしまいましたが、私自身、駄目出しできるような実力ではありません。

ただ、見ていると、「センスがないな」と感じる人は、少なくありません。

また、センスの有無と社会的地位との間には、関係はなさそうです。

社会的地位を得るためのセンスと、工学系のセンスは、全く別のものだと言えます。

 

 

ただ、「工学系のセンスがない」と言い切るだけでは、意味がありません。

 

そこで、こう言わせてもらいます。

 

「押してダメなら、引いてみな」

 

マンホールの蓋は、マンホール内に押し込もうとして、5tや10tではビクともしません。

逆に、持ち上げれば、人力でも外れます。

これは、構造によるものですが、力が加わる方向が変われば状況も変わることは、当たり前の話です。

素材に対しても、同じことが言えるのです。

 

センスの無さを補う一つの方法は、見方を反転させることです。

「引っ張りに強いのなら、圧縮に弱いのではないか」、「航空機に最適なら、船舶には不向きではないのか」等を考えてみて、検証してみるのです。

もちろん、盲信してはなりません。それは、逆から見る場合も同じです。

 

防衛論も、同じように、逆から見るべきです。

例えば、日本の立場を離れ、逆に、プーチンは何を考えているのかを考えるのです。

プーチンの立場で、彼は何をやりたいのか、何を恐れているのか、取り巻きはどう反応するのか、ロシア国民の視線をどう感じているのか、等々、逆の立場で考えるのです。

それをしなければ、不毛な戦争に巻き込まれ、更には負け戦となります。

 

 

 

とにかく、様々な視点を持つことと、論理的な思考で、タイタンのような事故は減らせるはずです。

 

その象徴として、圧縮と引っ張りの違いを引き合いに出しました。