2023年4月6日15時46分に宮古島を離陸した陸上自衛隊熊本駐屯地所属のヘリコプタ(UH-60JA型)は、54分に下地島空港と交信後、56分頃、宮古島の北西沖の領空内で消息を絶ちました。
パイロット2名、整備士2名、乗員6名で、乗員の1人は、第8師団に着任間もない師団長でした。
師団長が乗機していたのは、宮古島の西に浮かぶ伊江島等の視察のためだったそうです。
この事故を受けて、ネットでは「撃墜された」と騒ぐ人が少なくありません。
根拠としているのが、波照間島の南方300km付近を、中国の空母『山東』が東進しているのが、前日に確認されていたためです。
また、師団長が乗機していたことも、根拠とされています。
ですが、かなり強引な結び付けです。
消息を絶った陸自ヘリと空母が関係するなら、空母を起点とした戦闘機が、ヘリを撃墜したことになります。
陸自ヘリが消息を絶った頃の中国空母の正確な位置は不明ですが、日本に近付いていれば、空自や海自は警戒していたはずなので、前日から東か南東へ進み続けたと考えるのが、自然です。おそらく、日本の専管水域の外側に居たはずです。
そこから戦闘機を発艦させると、最短コースでも片道300kmもあります。しかも、日本の領空を横断することになります。
日本の領空を避けて飛行するとなると、極端な遠回りとなり、スキージャンプ方式の山東では、航続距離が届くか、なかなか難しいところでしょう。
他国の戦闘機が、領空内を自由に飛べるとは思えません。
また、中国のステルス機は、艦上型は未開発のはずで、J15(Su33の改良型)しか運用していないはずです。
ステルス機でもない機体が、防空識別圏の奥深くの領空内で、離陸から10分ほどしか経っていないヘリを撃墜できるとは思えません。
離陸後10分程度の機体を撃墜するなら、少し前から待機しておかなければなりません。防空識別圏の奥深く、領空か、その周辺でウロウロしていて、陸自ヘリを自由に撃墜できるのなら、その間、空自は何をしていたのかが、大きな問題になります。
戦闘機による撃墜が難しいとなると、潜水艦発射のミサイルが取り沙汰されましたが、これも、馬鹿馬鹿しい話です。
宮古島の北側は、八重干瀬に代表される珊瑚礁が多く、潜水艦が近付くことは容易ではありません。
また、隠密行動を旨とする潜水艦が、離陸から10分のヘリコプタを、索敵して照準を合わせて撃墜するのは、奇跡的な戦果です。
潜水艦で狙うなら、那覇から宮古島への移動中です。
(4月4日に熊本から那覇へフェリー。6日に那覇から宮古島経由で墜落地点へ)
ヘリコプタは、原則として有視界飛行です。
洋上を低空(与圧キャビンを持たないので、高高度を飛ばない)で飛行するヘリコプタは、索敵で引っ掛かる確率も高く、沿岸から離れている時なら、潜水艦も逃げやすいメリットもあります。
ヘリコプタが使うことが多い高度600m付近なら、海面付近の潜水艦のレーダでも、100km近い範囲を索敵できます。30分に1度くらいの間隔(普通はこんなに頻発にレーダは使用しないはず)でレーダを使用すれば、ヘリコプタを捕捉できた可能性は高いでしょう。
また、領海外(領空外でもある)に出るところもあったはずで、潜水艦で待機するには都合が良いでしょう。
なぜ、宮古島まで見逃した上、領空内で撃墜する必要があるのでしょうか。
成功率が大きく下がるので、作戦として馬鹿げています。
艦載機でも、潜水艦でもないとなると、ドローンが考えられます。
ドローンには、見掛けることが増えた回転翼機と、模型飛行機のような固定翼機があります。
回転翼のドローンでは、航続距離を考えると、宮古島から飛ばしたと思われます。
その場合、200km/hを超える巡航速度を持つUH-60JAを追いかけることは難しいので、待ち伏せて離陸直後を狙うことになります。
洋上まで追跡して撃墜するのは、無理でしょう。
固定翼のドローンなら、速度や航続距離の問題は、小さくなります。
ですが、離陸場所は、制約を受けることになります。
宮古島で離陸場所を確保できたとしても、1機で1発必中の作戦をするのでしょうか。
爆薬無しの場合、メインロータに体当たりしても、粉砕されるだけで、撃墜は無理でしょう。
体当たりで撃墜できるとしたら、テールロータに体当たりするくらいでしょう。
ですが、標的が小さいので、1機で確実に撃墜できるとは思えません。複数のドローンを用意して、同種の攻撃を繰り返すしかありません。
1機で撃墜するには、爆薬が必要でしょう。
ヘリコプタを撃墜できるだけの爆薬を、簡単に宮古島に持ち込めるとは思えません。
離れた場所の艦船から発進させれば、爆薬を装備できますが、宮古島周辺で滞空させる必要が生じます。
そして、ヘリコプタの離陸を確認して、攻撃に移ることになります。
ここまで検討してきた中では、唯一、可能性はありますが、真っ昼間に陸に近い所で滞空していれば、漁師か誰かが目撃していそうなものです。
今のところ、そのような話はありません。
第8師団長の殺害を目的に、中国軍の立場で作戦を立案・実行するとして、あんな場所で撃墜するのでしょうか。
前述のように、狙うなら、使用兵器に関係なく、那覇から宮古島への移動経路です。
計器飛行であれ、有視界飛行であれ、飛行高度が低いので標的を発見しやすく、撃墜後の脱出にも有利です。
相手の立場で考えると、これが中国を含む他国による撃墜の可能性はないことが、はっきりと見えてくるはずです。
同じように、相手の政治的な立場で考えてみることも、重要でしょう。
中国が陸自の師団長を殺害するメリットは、どれくらいあるのでしょうか。
海に囲まれている日本を侵略する場合、最初に衝突するのは、空自や海自です。
陸自の役割は、敵の上陸の間際からです。
陸自の師団長を殺害しても、空自や海自のガードを突き破るまでは意味を持ちません。
また、師団長を殺害しても、直ぐに副師団長が代行します。
陸自の師団長を殺害しても、副師団長が代行する体制に代わるまでに、空自と海自のガードを突き破らなくては、何の意味も持たないのです。
このようなことを実行する前に、政治的な意味も考えなければなりません。
不戦条項を持つ平和憲法下の日本に対して、何の根回しもしないで攻撃したなら、中国は侵略国として、世界を敵に回すことになります。
中国は、台湾へ圧力を掛けるため、台湾の外交を封じる政策を続けています。
日本への攻撃の前には、じっくりと根回しに時間と労力を割くでしょう。
いきなり攻撃してくるような間抜けな国なら、苦労はしませんよ。
墜落直後、ネットでは「非常事態宣言をするべき」との意見もありましたが、師団長の殺害が目的の撃墜だったとしても、日本への侵攻はあり得ないことは、スパイ衛星や無線傍受の解析を見なくてもわかります。
どう考えても、この墜落は、他国による撃墜ではなく、事故によるものです。
ですが、メーデーも、パンパンもなく、墜落するものなのでしょうか。
実は、メーデー等の発信をできないままに墜落するのは、珍しくありません。
パイロットが空間識失調になると、機体の姿勢を正しく理解できなくなり、墜落させてしまうことがあります。
この時、パイロットは、空間識失調を自覚できないことがほとんどで、メーデーを発信しません。
ただし、空間識失調は、夜間や雲中のように、周囲が見えない時に起こりやすく、天候が良く、水平線や海面、陸地等が見える状況で、これに陥るとは考えられません。
空間識失調は、事故原因から除外できます。
UH-60JAは、エンジン2基を搭載しています。
両エンジン停止では、オートローテーションで高度の7倍くらい先まで飛行し、かつ軟着陸が可能です。
径が大きなファンジェットとは違い、ターボシャフトエンジンが2基同時にバードストライクを起こすとは考えにくく、燃料切れでもない限り2基同時に停止するとは考えにくいところです。
ですが、離陸から10分で燃料切れなら、燃料タンクはほとんど空だったことになります。流石に、これは考えられません。
「既に燃料切れになっているものと思われる」との報道があったようです。
これを勘違いして、「燃料切れで墜落した」と考える方もいました。
ですが、この報道は、「(報道の時点で)搭載していた燃料を使い果たしているはずなので、もう飛行を継続している可能性はない」との意味であり、着陸(or不時着)していないなら、絶望的であるとの意味です。
エンジン停止は、確率の低さでも、オートローテーション中にメーデーを発信できることからも、今回の事故原因にはなりにくいでしょう。
それ以外では、メインロータの故障が考えられます。
メインロータ関連の事故では、ボルテックス・リング・ステートが知られています。
これは、メインロータの外縁で、リング状に渦ができてしまい、メインロータに伝えられた動力が、この渦を作るために使われて、推力(揚力)が失われる現象です。
ただし、垂直に降下する場合に起こりやすく、ボルテックス・リング・ステートからの脱出手段も、スティックを前に倒して、その場から離れるのだそうです。
つまり、水平方向に速度がある場合は、ボルテックス・リング・ステートに陥ることは、考えにくいところです。
メインロータ自体の故障も、考えられます。
ロータの潤滑油が一気に抜けると、減速ギアの焼き付きが発生するかもしれません。
その場合、オートローテーションは不可能なので、一気に墜落しても不思議ではありません。
他にも,ピッチ制御周りも気になりますが、一気に墜落したことを説明できるのか、わかりません。
私は、テールロータを疑っています。
テールロータでは、ロス・オブ・テールロータ・イフェクトが知られています。
これは、ボルテックス・リング・ステートのテールロータ版です。
UH-60JAの場合、機体の左からの風で発生しやすくなると思われます。
ですが、水平方向に充分な速度があれば、ロス・オブ・テールロータ・イフェクトは起こりにくいとされており、今回の事故原因にはなりにくいでしょう。
動力は、ギアとシャフトでテールロータへ伝えられます。
このどこかで故障が発生すれば、メインロータの反力を打ち消せなくなるので、オートローテーションも効かないし、身動きできないくらい振り回されながら墜落します。
このように、ヘリコプタでも、オートローテーションが使えない状況で一気に墜落する故障は、いくつか考えられます。
メーデーやパンパンがなかったことを撃墜の根拠にするのは、思慮が足りないように思います。
ヘリコプタの不時着水は、脱出が容易ではありません。
エンジンやロータ等の重量物が機体の高い位置にあるため、着水後に転覆しやすく、また、開口部が大きく窓も開閉できるため、浸水が早く、沈没までの時間が短いのです。
救命筏が使用されずに見付かっていることから、機体と共に海に飲み込まれたのかもしれません。
無事に脱出できていたなら、早く発見できることを願っています。
いずれにせよ、原因究明は必須ですし、原因の情報開示も同様に重要です。
私なんかが意見できることは何もなく、ただ、撃墜説に対して「静かに待つべきだ」と言うだけです。
随時、情報が開示されることを待ちたいと思います。