勝訴、しかし長かった…… | 北奥のドライバー

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思いついた事をつらつらと書いて行こうと思います。

2020年三月の末、最高裁で画期的な判決が下され確定いたしました。これは「歩合給で働いているタクシードライバーにも相応の残業代をキチンと払いなさい」という内容のものです。

 

……さて、貴方は毎月決まった給与を貰っている従業員だとします。

 

例えば基本給25万、様々な手当の加算も含めて額面(総支給)30万円の仕事をしているといたしましょう。

 

「今月はもの凄い残業もこなしたし、もしかすれば2万円くらいの残業代が加算されているかな?」

 

などとワクワクしながら給与明細を見たら

 

基本給23万+その他の手当て5万+残業代2万=総支給30万円と記載されていたらどう思いますか?

 

会社側は紙の上では残業代を払っているように装いながら、実は一円も払っていないとしたら普通の人はどう思うでしょうか?まあ、心穏やかではいられないでしょうね。 

   

こういう話をすれば、「運輸業以外にも普通のサラリーマンが働いている企業にだって悪質なケースは山ほどあって、残業代に絡んだ違法行為の例も数えきれないほどあるだろう、こんなものは取り立ててブログ上で語るほどに珍しい話でもなんでもないではないか」という反論が返ってくるかもしれません。

 

この話のキモはといいますと、一般的な悪質性の高い企業の場合、こういった残業代の誤魔化しが明らかに法律に触れる行為であるのに対して、タクシーの残業代未払い問題は『出来高制を採用する特殊な給与形態の為に、この判決が下される以前は人や立場によって意見が分かれていて、そもそも何処からがどの様に違法なのか判然としていなかった』という事だったのです。

 

会社側は裁判で「これはドライバーが安易な残業に走り過労運転を起こさぬように設けたもので、むしろドライバー達を守る為に作ったルールなのだし、残業代のルールを定めた労働基準法37条にも違反していない」などと主張したそうです。

(現に差し戻し審の高裁判決では会社側の主張が認められ、原告側が敗訴しています)

 

ちなみにこの裁判の経緯を見ますと……

 

地裁 原告(ドライバー側)勝訴

高裁 原告勝訴

最高裁 審議内容が不十分だとして高裁に差し戻しを指示

高裁差し戻し審 原告敗訴

最高裁 原告勝訴(確定)

 

……となっています。当初原告側は、この労働基準法37条の中にある純粋な法解釈を巡って戦ったものの、途中の差し戻し審で敗れたものと思われます。そこで彼らは戦略を変更したわけですね。

 

どの様に変更したのかというと、「労働基準法37条って、本来はキチンと時間内に業務を纏める事の出来なかった事業者側の責任を問うために作られた法律でしょ?なのに何で従業員にその責任を擦り付ける事に利用してんの?これって本来あるべき37条の主旨に反した法解釈だよね?」

 

……という風に、『飽くまでも法律制定の根本的な意図を問いかける』攻め方に変更したわけで、結果的にこれが功を奏しました。

 

さて、タクシー営業の日々の売り上げは『時の運』も絡んでいますので、どんなに努力しても思い通りに稼げない時もあります。しかもノルマの売上げを稼がなければ上司から強烈な叱責を受ける背景もあったようで、ドライバーはほぼ選択の余地なく残業する事となっていたという実情がありました。

 

なによりも、本当にドライバーの過労運転を防ぐつもりであれば、成績不振の末端ドライバーに延々とパワハラをはたらき残業に駆り立ててていた者達に対して会社は何かしらの指導なり処分なりを下さなければならない筈ですが、実際にはそのような指導をした形跡は無かったようですし、むしろ状況から見れば、会社(グループ)ぐるみで暗にこのパワハラ行為を是認していたフシさえ感じられます。

 

ここだけを見ても「運転手を過労運転から守る為の給与差し引き」などという言い訳は、怪しげな法解釈を隠れ蓑にした悪質な搾取行為であった可能性が高いというものです。

 

そうして散々尻を叩かれ一生懸命稼いだとしても、上の赤文字で書かれているようなインチキをされるワケですから、もうドライバーの身からすれば、全然稼いだ甲斐がありません。

 

……そんな出鱈目な法解釈や歪な慣習から生みだされたルールが今回の最高裁判決をもって、初めて司法により「完全に違法ですよ」と認定されたのです。


 

この裁判は確定までに8年と実に長いものとなりました。逆を言えば、ここまでの長く険しい裁判を戦わなければ運輸業の残業代に関わる違法性を立証できなかった、という事でもあります。まあ、その位に事業者側のモラル任せで、法的にあやふやで未解決の領域が広いという事なのです。

 

こういったハードな戦いは普通の人では到底出来る事ではありません。この長丁場を戦い続けたドライバー氏の信念には本当に感服させられます。裁判後の記者会見で、原告のドライバー氏は感極まって男泣きに泣いてみせたとのこと。本当にお疲れさまでした。