『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』; フィクションだったら良かったのにな | これは名作・迷作

『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』; フィクションだったら良かったのにな

東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~










作者はリリーフランキーという人。全く知らない人だった。ただ周囲の絶賛と、東京タワーというタイトルに惹かれて読んでみたんだけど・・・。タイトルからは想像できないような、ホンワカとした家族愛がテーマの物語でした。そういう意味では「東京タワー」のあとのサブタイトルは絶対にはずせません。


舞台は福岡。作者が3歳からオカンと一緒に家を出てオトンと別居を始めるところから始まる。母子家庭だからとて不憫な子にはしたくないとオカンは必死でわが子を育て、母子仲むつまじく暮らす。しかし一人暮らしを始めたころから歯車は狂い始め、作者は自堕落な生活に溺れていく。母が必死で働いた金で大学を卒業させてもらったものの、普通の仕事には適応できず、借金を重ねていく。そんなわが子に対して説教をするわけでもなく、せっせと働いていたオカンはいつしか大病を患って・・・。後半は物語のメインである、母と子の共同生活、後に闘病生活を中心に書かれていく。


ここまで書いてしまうと面白みがないように思われるかもしれないけど、この約40年間にわたる大きな流れのなかで、作者とオカン、時々オトン、そして親戚の数々との交流というか接触の中での作者の葛藤や、親の子に対する愛情があらゆるエピソードを用いて書かれている。子供のころのエピソードは田舎中心で子供同士の遊びや親との交流が良く書かれていて『少年H』を思い出した。大人になってからの(ちょっと素直じゃない)母思いの感情は、モブノリオの『介護入門』を思い起こさせる。


面白いのはその文体。段落の移動が異様に早い。読点ごとに改行しているのかと思いきや、そんなこともない。短い文章の中で文章は完結している。なんだかこの書き方が、作者が書きたいことを思いつくままに書いているような印象を与える。場面場面の区切りではなく、気持ちの区切りみたいに。確かに小説家が書く文章とはちょっと違う感じがする。ちょっとエッセイに近いような。章の最初に現れる、教訓のような文章からもエッセイっぽさが出ている。田口ランディを思い出させるような、闇に触れるような重い文章もちらほら。


しかし絶賛している人には大変申し訳ないけど私はあまり共感できなかった。たしかに、この小説の中でどこが泣ける場面なのかは私にも分かる。親が子を思う気持ちも、子が親を思う気持ちも痛い位に伝わってくるのだけど、これがノンフィクションであるということを考えると、どうしても作っている部分があるような気がしてならない(当たり前かもしれないが)。また、この小説の中で書かれるオカンは理想的な母親像である。だからこそ、具体的に誰の親と限定してほしくなかったという気持ちもある。それから、作者であるリリーフランキーがまだ独身であるということ。それがちょっと説得力を欠きます。


ただ、作品中とても印象に残った文章があったので書いておきます。


おのれ生ある間は子の身に代わらんことを念い、おのれ死に去りてのちには、子の身を護らんことを願う


分かってはいるんだけど、なかなか親の気持ちにこたえられない私です・・・。