日韓関係について | これは名作・迷作

日韓関係について

日本は悪くない?

今日は日本と韓国の関係を考えてみる。いままで日本は悪くない悪くない悪くない!と思い続けてきた。だってあの時は戦争だったし、弱い韓国が悪いんじゃんと思ってた。新聞でも、本でも、雑誌でも、そういう考えが最近の主流なきがする。でも、主流になると、考えなければいけない気がしてくる。これは政府の国民操作なのではないかって。私たちは自分の意思ではなく、大多数の人、または権威者が考えることに賛同する傾向がある。操作されやすいのである。最近多い主張は日韓併合は韓国の発展を促進した、という。それで全てはハッピーじゃないかというもの。だがしかし、それは結果論だ。私は今まであまり気にしたことはなかった。一つの国が他の国を支配するということを。

韓国併合の重み

「日韓併合条約」にはこう書いてあったという。「韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切ノ統治権ヲ完全カツ永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲与ス」

これを読むと、早い話が日本の天皇が韓国人にとっての天皇になるということである。私がショックを受けたのは、「完全カツ永久ニ」というくだりである。日韓併合は結果的には36年間で終わった。というか終わらされた。もしもともと36年間の期限付きで支配し、それが終わって発展に寄与していたのなら、日本政府も堂々としていて良い。しかし、36年で終わったのは日本敗戦の結果であり、いわばたまたまなのだ。予定外だったのだ。予定では韓国はなくなり、そこは日本の国土のはずだった。韓国人はいささか主観的で的を得ていない主張も多いのだが、私は客観的にこう言いたい。日本政府は勧告の36年間の統治やその間に行った非道に謝罪するのではなく(もちろんこれも謝罪に当たるものだが)、韓国を「永久に」「完全に」支配しようとしたことに謝罪するべきだ。

韓国は36年だが、台湾は50年だ。しかし私たちは忘れてはいけないと思う。数字にごまかされてはいけない。それは偶然の数字なのであって、「永久」に支配しようとしていた事実は変わらない。そしてそれを聞いたときの韓国人の恐怖と悲しみも忘れてはならない。

日本人個人としての韓国人への態度

国家の責任とは別に、韓国人の個人から日本人の個人へ謝罪を求められるときがある。または日本を嫌悪している韓国人に会うときがある。そんな時、日本人個人はどのような対応をすればいいのだろうか。私の経験で、初めて会った韓国人と、日本が悪い、悪くないの討論をしたことがあった。私は自分で何を言ったのか忘れたが、多分、「あのころは他の国も戦争をしていて、日本の横暴振りをとめることができなかった。だから他の国も悪いし、それよりも戦争という時代が悪かったのだ。」と、韓国人の気持ちも分からず、日本の責任逃れをしたような気がする。しかし今だったらこう言うだろう。「韓国人はあの当時本当につらい思いをしたと思う。今の韓国の発展を見て、本当に日本から開放されて良かったと思う。あれは日本の過ちだった。二度と繰り返したくない。そして日本国民も同じ思いである。だから韓国も日本を許してほしい。韓国が経済大国になったことによって日本と韓国はいわばライバル的存在になった。お互いがお互いを必要としているのが現状だ。日本の謝罪を受け入れ、協力的な良きライバルでいてほしい。」

謝罪は悪くない。悪いのは謝罪によって卑屈になることである。謝罪は相手の心を溶かすこともある。謝罪をステップに次への発展させるのがあるべき態度なのではないかと思う。また、どんなときでも相手と同等の立場で話すことが大事である。自分の主張も大事だが、相手に敬意を持ち、相手の気持ちになって考えることが和解への第一歩であると考える。確かに、韓国人はそうではない。歯に衣着せぬ言い方で自分の意見だけを言い、相手の意見を真っ向から批判する。それが美徳とされているからだ。しかし私たちは日本人である。同じ言い方をしてもぜっっったい負けるのである。そしてそこに何も残らない。逆に、日本人のように心のこもった言い方をすれば、向こうも言い返せないのではないかと思う。もしかしたらいつものように強い反撃に出てくるかもしれない。しかし、韓国人のいいところはそのときは強い言い方をしても、後で相手が言ったことを良く考えて、冷静になったときに相手の気持ちを理解することである。文化が違うから態度も違うというわけではなく、誰に対しても誠心誠意を伝えること、これが結局は一番の解決策なのではないかと思う。


こんな普通のことを言うなんて私はまだ若いのであろうか。