昨今ではカジキマグロのステーキ、豆腐ステーキなどあらゆるステーキがあるが、
ステーキと言えば、ビーフ、つまり牛肉の事だと思うのが一般的である。
しかし・・・ビフテックが語源のビフテキは、今は聞くことが少なくなった。
賄い場をのぞくと頭に鉢巻きをした三人が何やら密談をしている。
何故、密談かと思うのは、私がそばを通ると急に黙るからだ。
メンバーはたぬき屋物産店の店主椎名さんと、
山原屋旅館の板前羽柴さん・・そして親父だ。
たいしたメンバーではないと思いつつ、
「ははー、親父たち何か企んでいるなー」
私は引き返し、物陰から様子を伺うことにした。
「どうする?羽柴よ」
―たぬき屋の旦那は真剣な顔であるが・・真剣になればなるほどタヌキに見える―
「いやー」
―頭を抱える羽柴さん―
またもやフグ中毒事件?いや今度は客にトリカブト料理を出したのか
「しょうがあんめ、てやんでー」と、立つ親父。
―仕方がないから頑張るかと言う意味である―
「なに一人でナレーション、付けてるのよ」と、お袋が側を通り過ぎて行った。
声に出していたのか?
親父は調理場からナイフとフォークと草履?を持ってきた。
それを自分と羽柴さんと椎名さんの前に置いた。
全く不思議な人たちである。
「それでは一同、礼」鉢巻きを首に掛け直し、親父に合わせて礼をした。
「只今より、第一回洋食マナー大会を始めます」椎名さんが司会進行役か。
「先ずはじめに大会委員長寿屋さんの挨拶」
お!親父が委員長か、挨拶が長そうだな・・・
「えー只今、ご紹介を頂きました寿屋です。寿屋は苦節・・・」
店の創業から始めてしまった。
「・・・と言い訳で現在が有ります。」
―15分経過―
「・・・ご清聴ありがとうございました」
終わった。
いまさらそのメンバーで紹介も挨拶もないだろに?
他の従業員の食事の邪魔をしているだけである。
しかも第一回ということは次もあるのか?
しかし内容は理解した。
ようするにだ観光協会の大会(宴会)が山の温泉ホテルになった。
今までは旅館で和食だったが、
今度の協会長がハイカラにも洋食フルコースにすると言いだした。
当日、山原屋旅館の旦那さんは法事で出られない。
勉強の為だと言われ、羽柴さんが出席することになった。
しかし羽柴さんは和食一筋で洋食を食べたことが無い。
そこで親父と椎名さんが特訓をすることになった。
と、言うことであった。
特訓は順調に進み、ナイフとフォークの持ち方は出来てきた。
「良いか羽柴、ナイフは右だぞ、フォークは左だからな、決して離すな」
いささか乱暴なコーチである。
「ホークを刺して1、2、3、今度はナイフで1、2、3、間髪いれずに口に入れる」
「ペっ、ペぺ」三人同時に吐き出した。
そりゃそうだ、草履だし。
今度は調理場からご飯を持ってきた。
ご飯は本物である。
「旦那ー、何で皿にご飯が有るだ?」
羽柴さんは不思議そうに質問した。
「それはご飯と言わねー、皿に盛ることをライスと呼ぶ、洋食の常識だ」
言い切った親父。
・・・私???
「フォークの背面にご飯を乗せる。ホイ、やってみろ」
言われて羽柴さんはやってみるが中々出来ない。
見かねた親父は名案を思い付いた。
「よし、羽柴、オメ―に名案を授ける。無理にライスを食べる必要はねー。
何故なら俺たちは酒を飲む。だから『ライスは抜きで』と言えばよかんべ」
確かに名案のように思えるが、その場しのぎにも思える。
やがて待ちに待ったその日がやってきた。
私は親父に頼みこんで宴会?に出席したのだ。
当然だが羽柴さんの見学である。
「おー、いるいる。羽柴さんの席に行こう」
私は自由席の丸テーブルに座る羽柴さんを見つけ側に座ることにした。
「こんにちは」羽柴さんに挨拶をした。
「あ、こんちは、今日は旦那さんじゃないのケ?」
「はい!」と簡単に答えた。
長ーい、挨拶が終わり、乾杯の音頭で宴が始まった。
テーブルの上にはナイフやらフォーク、スプーンなど、
本当に必要なのかと疑ってしまうほど置いてある。
「おー発見!あそこで働いているボーイは見たことあるぞー」
先だって居酒屋で一緒になったホテルマンである。
川エビを虫のから揚げと間違い店中駆けずり回ったホテルマンである。
その後、彼は「川エビ君」と呼ばれるようになった。(手長エビ参照)
「ほーあいつ、レストランのボーイか。へー務まるのか?」
その時目が合い軽くお辞儀をしてきた。
偶然にも私たちのテーブル担当はカワエビ君だった。
やがて食事も進みメインの時がやってきた。
「ほう、メインを選ぶことが出来るんだ」
さすが山の温泉ホテルである。全国展開はダテじゃない。
「ビフテキの他は・・・
伊勢エビのアメリケーヌ・ソース、
タラバガニのガーリックピラフ仕立て、の3種類か・・・結構迷うな。」
私が考えていると、羽柴さんに「たっちゃん、たっちゃん」と呼ばれた。
「たっちゃんは何にするんだい?」
その顔はステーキ以外にするつもりだなと察しがついた。
そして言うことには草履のシュミレーションしかしていないので、
ビフテキを飛ばしてしまいそうだというのだ。
理屈である。
私は伊勢エビ、羽柴さんはタラバガニにした。
山育ちの人間は最後は魚介類に弱いのである。
折角の親父たちの特訓も無駄になってしまったということか。
カワエビ君がオーダーを取りに来た。
「伊勢エビをお願いします。パンで」顔見知りとは言え、礼儀正しくいう私。
「かしこまりました」カワエビ君
「タラバガニをお願いします。ライス抜きで」???
ライス抜き?ピラフだってばー羽柴さん・・・
「かしこまりました」カワエビ君。
私・・・は~?今たしか「かしこまりました」って?
やがて登場したタラバガニのガーリックピラフ仕立て、ライス抜き?
本当に出てきてしまった。
それはお世辞にも豪華と言えない代物だった。
ガーリックのスライスと刻み込まれた野菜たちそして解されたカニの身だった。
「なにこれ?」目が点になっている羽柴さんに私が代わってカワエビ君に聞いた。
するとニッコリして、
「礼には及びません、料理長に無理にお願いして作って頂きました。
お客様のご要望に出来る限り沿うように研修で教えていただきました。
それを実行したまでです。」
胸を張って言っている。
しかも訛らずにだ。
マニュアルの丸暗記である。
そして最後に、
「お客様、いつもこのようなお召し上がり方でいらっしゃいますか?
通でございますね、今度私も模倣させていただきます」
背筋を伸ばして去って行った。
・・・君とは絶対に食事に行かないと強く私は心に決めた・・・
羽柴さんはフォークの背面に細かく刻まれた具をのせている。
ライスより難しそうである。
ガンバレ羽柴さん・・・私は彼の一生懸命さにエールを送り、小さな拍手をした。
山の温泉は今日も平穏無事の一日だった・・龍
絵・文 君島龍輝

