S県K市は人口密集地帯である。
百貨店の客足も多く初日から幸先よいスタートを切った。
今回の企画展は成功の兆しが濃厚であった。
しかし・・・「頂点には魔物が住むと言う」・・・この言葉を思い出す事になろうとは・・・
午後5時を過ぎた時点で私の体は居酒屋モードに突入していた。
階段わきの窓から見えるK市の繁華街は、両手を広げて、私を待っているように映った。
「待ってろよ!ビール達」思わず口にした。
本当の気持では有るが百貨店閉店まで未だ2時間前の事である。
そしていよいよ「先生、お疲れ様です」
「お疲れ様~」時計の針は7時の閉店時間を15分上回っていた。
本当に今日は人の多い一日であった・・こういう日はビールが美味い!
展示会は作家来場と言うのがあり、作家を招待するのだ。
大御所作家になると長くて一時間程度の来場である。
しかし私の場合、開店から閉店まで会場にいる。
「先生といると楽しいです」と画商に言われついつい居てしまう。
騙されているようにも思えるが結構自分も楽しんでいる。
生れ持って客商売が好きなのだある。
「ところで沢谷君、今日はどこに行こうか?」
「先生、すみません。私今日は事情が有り、家に戻らなくてはなりません」
「え?君の家C県だよね。今から」
「はい、初日なのに申し訳ございません」
「良いよ、良いよ、気にしなくて」
とは、言ったものの・・
私は初めての土地で一人で夕食をする事になった。
地方に来て一人での食事ほど大変な事は無いのだ。
最近の居酒屋は個室になっており、話し相手がいない。
昔ながらのカウンターのある店を探すだけでも大変な事である。
されど居酒屋モードの私を止める理由は見当たらない。
いざ、繁華街へ!
7時20分・・・社員通路を抜けると歩道橋を渡った。
県道を挟んで繁華街の入り口が所狭しと並んでいる。
入り方を間違えるととんでもない場所に連れて行かれる。
初めての土地であり用心が必要である。
私は生まれつき感が良い方だ。
「よし!この入り口だ」
いよいよ繁華街に足を踏み入れた・・・7時25分
目指すは居酒屋、客引きには注意を払う事と自分に言い聞かせる。
しかし・・・あたりを見回すと・・?
「あれ?ここには客引きがいない?なんて健全な街なのだろう」
そして、気付く、客もいないのである?誰も歩いていない
ビルの明りは夜空を照らし、ネオンサインは夜の栄華を思わせる・・
しかし人がいない。
とっ言うか、この街には、私一人しか、いないのである。
ドッキリカメラの収録かと思わせるシチュエーションである。
どの店にも入りづらい。
どの店が営業しているのかも分から無い状況である。
30分前には溢れんばかりの人と接してきた。
しかし、今は誰もいないのである。
私は余りの不思議さにビールを忘れ、街を徘徊した。
1時間は経っていただろうが一人にも遇う事は無かった。
やがて疲れ果てた私は引き込まれるように地下のショットバーに入って行った。
「バー虎の穴」・・・8時25分
重い扉を開けようとしたその時、
「誰!」店の奥から聞こえて来た。
店に入るのに名前を聞かれるのは初めてであったが、根がまじめなので
「君島です」と名乗った。
「水道課の君島さん?」
「いいえ違いますが」
「じゃ、どこの?」
「???生れは栃木ですが、今は広島に住んでます」
ドアの前と店の中でしばらくのやり取りが続いていた。
流石に帰ろうとした時、階段を下りてくる人たちがいた。
彼らは私を横目に叫んだ「マスター俺達だ開けてくれ」
重い扉はいとも簡単に開かれた。
どうやら鍵が掛かっていた様であった。
「マスター無事だったか!」
「助かったよー、皆が来てくれて」
「・・・」私は分からないが一緒に店に入っていた。
「この人は?」彼らの一人がマスターに尋ねた
「こちらは君島さん、Y百貨店で個展を開いている方です」
「そうですか初めまして、マスターのお友達ですか」
わたしは照れ臭そうに「いえ初めて来ました」
「え?だって私たちと同時に入ったでは無いですか?」
彼らは不思議そうであった。
マスターが訳を皆に話すと納得した。
私はドアの前で質問に全て答えていたのである。
そして街の状況を知る事となった。
何と、凶悪事件が発生したのであった。
帰宅途中の会社員が暴漢にあった。
その犯人は4人で繁華街に入り込んだそうである。
武器を持った犯達人は道行く人を襲いながら街中を回ったそうである。
客は店内に逃げ込み戸閉めをした。
そして警官が街を包囲したのである。
繁華街の道路は4人の犯人だけとなり、緊張状態がつづいた。
警官が包囲網を狭め犯人達を追い詰め、無事に逮捕したのである。
「バー虎の穴」の店先の出来事であった。
彼らは自警団のメンバーであった。
午後 5時05分 事件発生、会社員が襲われる(居酒屋モード突入)
7時15分 犯人集団が繁華街に現る(仕事終了)
警察に通報
7時20分 緊急事態による一般人の避難(龍=社員通路を通過)
7時27分 緊急包囲網発令、繁華街封鎖(龍=2分前に繁華街に入る)
8時30分 犯人グループ逮捕(龍=虎の穴のマスターと長々話していた)
彼らの話に私の行動を重ね合わせて、初めて怖くなってきた。
調子のいい時は魔物に気を付けろと親父に言われた。
私は決して感が良いのではないとその時思った。
ただ・・単なる運が良いだけなのである・・龍

