天高く馬肥ゆる秋・・私の季節がやってきた。
食欲ではなく本業の画業のことである。
両者を比較すると6対4の割合だろうか・・ただし食欲が6割である。
私の生家は蕎麦屋であり、二八の割合を重視する。
小麦粉2割を蕎麦粉につなぎとして入れるわけである。
オヤジの言付では、10割蕎麦では硬すぎてのど越しが悪いそうで、
人間も仕事が8割、遊びが2割ぐらいないとカチコチの人間になってしまうそうだ。
その点私は心配ない。仕事が2割で、遊び&食欲が8割なのだから。
十分にのど越しの良い人間であることは間違いない。
「長命そば」と大きな一枚板に彫られた文字は温泉神社へと続く坂道を揺るいでいた。
参拝後に立ち寄ることのできる安心なのである。
民宿から本殿までは急な坂道と階段が続いている。
喜寿を迎えるハルさんと傘寿のタネさんの美人姉妹には、いささか難儀であった。
「おハルや、今日は先におそば屋さんへ寄りましょうか」
「そうですね、タネ姉さん」
東京からこの季節、必ず湯治に来ては参拝をして蕎麦を頂く。
きのこ蕎麦が大好きな姉妹であった。
「いらっしゃい、ハルさん、タネさん。今日は早いですね」
まだまだお昼には早すぎる時間である。
「いやね、今日はお参りの前に休ませてもらおうと寄ったのよ」
「どうぞ、どうぞ、蕎麦茶ですがめしあがって下さい」
「ところで、これから神社ですか?」蕎麦茶を置きながら不安そうな顔をする。
「ええ、そうですよ」美人姉妹も不安そうに答える。
「気を付けて下さいねお参り」晴れた秋空に似合わない暗い顔である。
「ゴク・・・どうかしましたか」ハルさん、タネさんののどが鳴る。
「実は・・・」そば屋の女将が話し始めた。
それは昨日の事だった。
一人息子が小学校から帰るなりにランドセルを投げ捨て遊びに出て行ったそうだ。
神社にはスケート場があり、冬のシーズンまでは子供たちの格好の遊び場であった。
女将は何時もの事と呆れていたが、その日に限って違っていた。
息子が神社に着いたときそれは行われていた。
友達が大勢で手を振り駆け寄ってきた。
息子は歓迎に答えて手を振りかえした。
そして友達は息子を通り過ぎて行った・・?
子供たちは禁断の遊びをしていたのだ。
その名は「蜂の巣突き」である。
友達の過ぎ去った後をスズメバチが追いかけていた。
・・・・息子は刺された。
この話を聞いてハルさん、タネさんは驚き呆れて開いた口がふさがらなかった。
その様子は「なんて間の悪い息子」という顔であった。
しばし店内は静まり帰っていた・・
「息子さんはどうしたの?」ようやく聞いてみた。
女将は座敷の片隅を見てうなずいた。
二人が振り返ると・・そこには酒まんじゅうにススキで切って目を付けたような息子が座っていた。
「ひぇー」二人の悲鳴が店内に響き渡った。
「すみません。息子は妖怪では有りませんので・・」か細く女将は答えていた。
ハルさん、タネさんは神社の参拝を止めて温泉浴場に行くことにした。
その日はいく人もの観光客がスズメバチの犠牲となり、消防と村役場で駆除が執り行われた。
幸いにも皆さん命の別状は無かったものの高齢者では最悪の事態が予想された。
常連の美人姉妹は帰りに好物のきのこ蕎麦を食べて翌日は無事に東京に帰ったのである。
「長命そば」の看板は仲の良い姉妹を見守ったのだろう。
今の季節からスズメバチの活動が激しくなる。
私はきのこが大好きなのだが、採りに行けない。
トラウマなのだろうか、防衛本能なのだろうか?
因みに私の成績は次の通りである。
スズメバチ=1回、ミツバチ=1回、熊バチ=1回、足長バチ=1回 ・・・後がない。
念の為に付け加えるが、私の顔は完全に戻っている。
決して目が細いのはハチのせいでは無い・・龍

