澄み切った水面には人間の煩わしさなど無縁の様な気がした・・
一人佇み反映を感じ、終演を待つ。
ああ、これが生きると言う事なのか・・
緑心の精悍さは私の心深に足跡を残す。
僅かながらの水泡が光を受けて幸せの福音を奏でた・・
「先生!もう食べごろです!」
・・・?
「え、もうできたの?せっかく感傷に浸っていたのに・・・」
「はいー!セリ鍋はこのくらいが美味いんです」
私の目にはセリといううより唯の根っこの様に映る代物であった。
この店の名物らしい・・地鶏とセリの根の鍋である。
店に入る前は想像が付かなかった。
「今日はせりの根を食べましょう!」
私の想像では根野菜を想像していたのである。
しかし出てきた物は想像を遥かに超越したものであった・・
髭と言うか、いや完全に髭である。
しばし鍋が沸騰するまで私流に表現をしていたのだが・・
大東君といると調子が狂うのである。
または食に対して調子が合うとも言える。
「わ!半分無くなっている」
彼の前では考えている暇などない。
「追加!2人前」
私は完全に遅れを取った・・
「美味い!地鶏の出汁がセリの根と一体となっ・・・てって!オイ」
ふと鍋を見ると追加分が既に投入されているではないか。
しかも大東君は半生状態でセリを食べている。
「大東君、それは止めた方が良いよ」
「・・・」聞く耳を持たない。
「だから、それは鶏肉だって!生だって!」
「・・・」完全に放心状態であるが左手でピースをしている。
しばらくすると「お待たせしましたセリ鍋二人前です」
左手はピースでは無く二人前の合図で有った。
その後ピースは幾度となく出るのである・・
「お、お、おー!」
久しぶりに大東君の秘儀「小蝶の舞」が披露された。
両手に箸を持ち、片方で鍋に具を入れ、そしてもう片方で口に運び入れるのである。
その様はまるで2匹の蝶が舞うよに見える事から彼の奥さんが命名したのである。
しかし、今日はセリの根っこの為か、どう見てもずぶ濡れのケムンパス にしか見えなかった。
そして戦い?は終焉を迎えた。
私は完全敗したのである。
18人前の内の3.5人前ほどの実績で有った。
「ご馳走様でしたー」
大東君は満足そうであった。
確かに美味かったのは事実である。
そして私は会計の伝票にメモを挟んだ。
帰り際に店長が挨拶に見えた。
「メモを見ました。ははは・・本当ですね」
しばらく二人で笑っていた。
大東君は首を傾げている。
「先生、メモに何って書いたのですか?」
「ははは、それはね・・内緒」
「えー、教えて下さいよー」
「ダメ、ダメ・・」私は敗北を取り返した気分であった・・龍
PS:メモには「競鍋だけに焦ります、美味しいからでしょう根、ごち草さま」と書いたのである・・
