人生好転させ屋 -3ページ目

人生好転させ屋

こんなはずじゃなかった、もっといい人生を送りたい。
そう思っているのに…
どうしてそうならないの?
そんなもやもやを解決するブログです。

そのせいで男の子はどうしても思うように身動きが取れず

たくさんの失敗を繰り返してしまいました。

 

それでも男の子はみんなに好かれようと

仲間に入れてもらおうと必死でした。

それなのに失敗してしまうのです。



そんな男の子は村人から

「やる気がないからだ」

「努力が足らないからだ」

「怠けているからだ」
と厳しく非難され叱られました。


そして男の子もまたそんな自分を嫌に思いました。
「このままではダメだ」

「もっと努力しなくちゃ」

「どうして僕はこんなにダメなんだ」
そう自分で自分を厳しく叱り付けました。


そして「みんなから好かれるような,尊敬してもらえるような,立派な人間になりたい」と自分に鞭打ちました。

しかしなんと言う事か「目には見えない傷」は自分で自分を嫌う度に,自分の事を厳しく叱る度にさらに広く深くなっていくのです。


しかし…

男の子の感覚は麻痺していてそのことに気づけないのです。
それに、どんなに努力しても努力してもその傷のせいで思うような成果は出ません。
そして、ますます自分を嫌いになっていきました。

そしてついに…

そんな事や無理な努力がたたり男の子はぼろぼろになってしまいました。



しかし,男の子は誰にもそのことを相談できずにいました。
それどころか,そんな事がばれて叱られたり,見捨てられたりしては大変と平気な振り,元気な振りをしました。



ところが日に日に男の子は元気を失い,
とうとう動けなくなってしまいました。


すると村人達はそんな情けない男の子に愛想をつかし男の子の傍からいなくなってしまいました。


男の子は一人取り残され寂しくなって泣き始めてしまいました。


それを見た村の人たちはますます男の子を嫌いました。

 


そして男の子はついに居場所をなくし独り別の村を探しに出かけました。しかしどの村に行っても,どんなに努力しても,男の子は同じ失敗をし,同じように嫌われました。

 



そしてますます自信を失い,自分を嫌うようになっていったのです。


そしてもう何もかもダメだと諦め始めたとき

 

 

つづく

 

光の男の子Ⅲ | インナーチャイルド愛100% (ameblo.jp)

 

むかし,むかし,

小さな村にとても勇敢で賢い男の子が住んでいました。


ところがその男の子はとても深い傷を負っていたのです。


そのせいで男の子は思うように身動きが取れず苦しんでいました。


そこで男の子は言いました

「傷が痛くて苦しいよ,助けて」と


ところが,村人達はその男の子を
「仕事をしたくないからそんな嘘をついて怠けようとしているんだ」「とんだうそつきだ」と非難しました。


それでも男の子は自分を信じ傷が痛くて苦しいと言いつづけました。


すると村のみんなは男の子を厳しく叱りつけ,もう二度とうそをつけないようにする為にと,悪い大人になってしまわないようにと怖い,怖い罰を与えました。


もちろん村の人たちは,悪い人達でも薄情な人達でも有りませ。本当にその男の子のことを思って、心を鬼にしてそうしたのです。それに…村人達の目には,その男の子の傷は見えなかったのです。ただ自分達の目を、周りの言うことを信じただけです。

男の子は自分以外の全ての人が自分には傷がないと言うのでもしかしたら僕の思い違いなのかもしれない、間違っているのは僕なのかもしれないと思い直すようになっていきました。


なぜなら,男の子にもその傷は見る事が出来なかったからです。


・・・以前は確か見えていたような気がしていたのに。


そして,傷は無いのだと自分自身に言い聞かせていくうちに,徐々に痛みを感じなくなっていったのです。


そしてついには自分にはやはり傷はなかったのだと思うようになりました。

 


なぜならそう思う事で村人の仲間になれたからです。
みんなと仲良くなる事が出来たからです。
男の子は村の人たちが大好きだったのです。
みんなに仲良くしてもらいたかったのです。

しかし男の子は「目には見えない深い傷」を負っているのです。


 

つづく

 

光の男の子Ⅱ | インナーチャイルド愛100% (ameblo.jp)

 

 

 

涙には三種類あります。

①目の粘膜を守るためのもの
②目に入った異物を洗い流すためのもの
③痛みや感情に反応して出る涙


今日は③の涙についてお話したいと思います。


この涙は人間とラクダが流します。
他にもいるのかもしれませんが私の専門外なのでご容赦ください。


ラクダは自分の子供を亡くした時や出産でひどく辛い思いをした時など
何日間かの内に涙を流せないとそのストレスから死んでしまいます


なので放牧民はラクダに涙を流させるために「ホーミー」を歌うのです。放牧民にとってラクダは命です。死なれては大変なのです。なので家族のだれが歌っても子供を亡くしたラクダが涙を流さない時は、急いで馬を走らせてホーミーが得意な人を連れて来て歌ってもらうのです。


神戸の震災の時、震災後に脳梗塞などで亡くなる人が多いことが気になった医師が、なぜだろうと疑問に思い調査・研究したところ、強いストレスを感じて、体に傷口が出来た時と同じような血液状態になっている事を発見されたそうです。


体に傷口が出来たとき、血液の中の血小板がかたまり(血栓:けっせん)をつくり、傷口をふさぐごうとします。

このことから、精神的な痛みにも、同じ痛みとしての機能が働いているのでは?というのが、この医師の見解だそうです。数年前に知人から聞きかじっただけなのであいまいな情報ですみません。せめて、医師の名前を思い出せれば良いのですが…


涙の成分の中には中枢神経と副腎皮質でしか産出されないとされていたロイシンーエンケファリンという物質が確認されています。


この物質は,痛みを軽減するとされている脳内化学物質エンドルフィンの仲間でありストレス(身体的疲労感や精神的圧迫感)によって生じた免疫系の変化,気分,不安,発作などに対する神経反応を和らげる事で知られています。


このことから、心身で感じ脳内で分泌されたストレス成分の排泄口が涙なのではと言われています。

精神的安心感が得られ『もう緊張は必要ない』と、心=脳はゆるみ、そうしたものを解放するようです

子供が迷子になったとき、母親の顔が見えて初めて泣くのは安心感からです。緊張体制は必要なくなった!と、それまでの分泌物を排出するのです。


ところが私たちの多くは…外部からの刺激により体内に発生した身体感覚や感情をどのように扱うべきなのか適切な方法をいまだに知らないままでいます。


本来ならば悲しい時は…悲しみが晴れるまで泣くこと。
その悲しみに誰かに付き添ってもらったり
 (一人では心細くて向かい合えません)
抱きしめてもらったり、
 (一人では心細くて感情消化を行えません)
気持ちを理解してもらい
慰めてもらい
心を…緊張前のようにまた緩められることが大切です。


ところが、残念なことに【泣く事は「おかしいこと」「かっこ悪いこと」「恥かしい事」という概念】がまだまだ根強く残っています。超残念(T▽T;)


「悲しい時こそ、楽しいことを思い出して楽しくしよう」とか
「そのくらいの事で負けちゃいけない」とか
「泣いてどうなる」だとか
どれも体内に発生した身体感覚に対する否定的な考え方です。

早くこうした考え方がなくなることを望んでいます。

代わりに、
「いいよっ、いっぱいないて。泣き終わるまでずっと側にいるよ」
「悲しくなったらいつでも呼んですぐに駆けつけるよ」

こうした、やさしさを受け取ることは大事なこと
決して恥ずかしいことじゃない
提供されたら素直に「ありがとう」と言って受取ろうね。


また、必要な時は声を出すこと♪
「なんだか、寂しい、元気が出るまで傍にいて」
大事なことだから、恥ずかしがらないでね。


恥ずかしいことだと思って健康を害したら
もったいないよね♪