ガキの頃、確か土曜日の深夜だったと思うが、そろそろ寝ようかどうしようかと考えていたオレは、何気なくテレビをつけた。ちょうど映画が始まるところで、どうやら日本映画らしく、松竹の富士山マークが映った。そして警察の取調べ室のシーン、我の強そうな、人相が悪くて目つきがやけに鋭い犯人のオッサンが、九州弁でふてぶてしく、刑事に向かって喋っていた。どうやらこいつが主人公らしい・・・
そしてドーン!と出てきたタイトル、

「復讐するは我にあり」

(あぁ、前に大評判になった映画だな、あ、さっきの犯人、緒形拳か)


眠気はどこかへフッ飛んだ。怖かった。モノ凄いもんを観てしまった。オレは馬鹿みたいな顔をして16インチのテレビの画面を眺めていたに違いない。観終わった後も映画の事を考えて、なかなか寝つけず、眠ったら映画の夢を見た。さっき観た映画がリバイバルされた。

生きたいように生きる殺人犯、榎津巌(えのきづいわお)。人を殺した後、血で汚れた手を自分のションベンで洗い流すシーン。死体がある部屋で美味そうにすき焼きを喰らうシーン。狂気。怪物。でも最も人間らしいかもしれない。緒形拳=榎津巌。とても演技には思えなかった。ニヤッとした笑顔が怖かった。しばらくは、インタビュー記事の写真や、テレビなどで緒形拳を見ても怖かった程だ。緒形拳=榎津巌。とても演技には思えなかった。頭の中に緒形拳という名前が強くインプットされた。(監督の今村昌平も)「復讐するは我にあり」は大好きな映画だ。

それから「砂の器」を観る機会があった。
緒形拳が、心の優しい善良な巡査役で出演していた。善良ゆえに殺害される役どころだった。
緒形拳=善良な巡査。ニコッと微笑む笑顔は優しかった。とても演技には思えなかった。

本物の役者だった。

合掌。


KOU