K社長が事務所に立ち寄られた際に

「矢野くんはこの、ビジネスをやる限りは一生逃げ切れるやろうね。顧客にとっても魅力を感じるだろうし、視点がクルマ屋じゃないのがいいよね。」


この頃はほんの少し営業に対しての自信が出てきていたので、満足げにK社長の言葉を聞いていた。
次の言葉を聞くまでは…。

「でもさ、いつまでそこに座ってるの?」

お気に入りのドイツ製のチェアは座り心地がよく、いつまでも仕事してても疲れない優れものだったが、そこに居続けることは自身の生き方として満足なのか?というような問いをされたようで、即座に

「いつまでもここにいるつもりはありません。」

と答えた。

その頃は従業員が2名で僕も含めて3名に増えていたので、少し視野を広げてみたいという思いを密かにもっていた時期でもあった。

お客様でベトナムでビジネスを展開しているI社長の誘いでベトナムに視察に行った。

バイクが行き交うハノイの風景は衝撃的で、若い人たちが上昇志向をもって生きているというのが、ひしひしと伝わってきたのを覚えている。

バブルを経験していない世代なので、日本全体が好景気に沸いたあの感覚を、海外なら味わえるかも知れない、ひょっとしたら、その一翼を担えるかも知れないという淡い期待とぼんやりとした夢をもって帰国した。

帰国したら、タイムリーにバングラデシュに行ってみないかという話をいただいた。

日本で知り合ったバングラデシュ人と一緒にダッカに行き、持ち前のバイタリティーとちょっとだけ実績を重ねてきた自信を武器にビジネス構築に奔走した。

ダッカ市内には日本車ばかりが走っていて、新日国でもあり、行くところ行くところでビジネスの話が転がっていて、夢がさらに広がった。


夢中になると周囲の景色が見えなくなることがあるが、当時の僕はまさにそんな感じだったと思う。

何かのビジネスを立ち上げて、とんでもない稚拙な事業プランでも、成功することが決まっているかのように周囲を巻き込むような人を見かけることがあるが、当時の僕はまさにそんな感じだったかもしれない。


ジョイントベンチャーの法人を立ち上げ、必要な資金は銀行の支店長が即座にバックアップしてくれる約束をしてくれて、料亭で接待までしてくれた。

まさに銀行までを巻き込んでのビジネスのスタートは意気揚々の滑り出しのように思えた。

あの事件が起こるまでは…。

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