売込隊ビーム若手公演「マーチ!」
in→dependent theatre 1st
1月30日ソワレ 1列目下手側端
1月31日千秋楽 1列目上手側中央
テーマとしては、受け取り方がいろいろとあると思いますが‥‥
私としては、コメディというよりも不条理作品として受け取りました。
デルマスタン自治国で、訳もわからないまま牢に入れられた日本人観光客の時夫と山県と現地ガイドの朽木。
原因は写真を撮ろうとして、軍隊を撮ってしまったのが原因。
なんの意図もなく写真を撮ってしまっただけなのに、牢に入れられるなんて‥‥
一方外では時夫の妻の迩志子と時夫が牢に入る原因となったバックパッカーの葉椰子、朽木の同僚の後藤田が牢を開けてもらえるよう交渉中。
けれど、番人は一切取り合ってくれない。
そこへ現れたのはデルマスタンの軍人のデギー。
迩志子に一目惚れしたデギー。
葉椰子が集めてきた情報によれば、牢を開けるには許可証が必要。
軍人ならば、許可証を入手しやすい。
なんとかデギーに嘘をついてもらって、牢をあけてもらおうとする迩志子と後藤田。
けれど、デルマスタンでは嘘をつくことは大きな罪。
渋るデギーに、迩志子に惚れた弱みと言わんばかりに頼み込む。
「許可証を手に入れてきてくれたら、迩志子が恋人になってくれるって」
「成功したら恋人になってあげる」
自分たちのためにデギーをだまして何とかしようとする後藤田と迩志子。
デギーもまた、迩志子のために‥といいながらも、自分のために嘘をついて許可証を入手してくる。
「嘘をつくときは、誰かを殺すときか、自分が死ぬときだけです」
嘘をついてまで迩志子のために頑張るデギー。
だからこそ、デギーは迩志子に見返りを求める。
「恋人のために頑張ったんだから!!」
けれどデギーの望むことなどできるはずがない。
「私はデギーの恋人にはなれないの!!!」
打ちのめされるデギー。
迩志子のために頑張ってきたデギー。
迩志子たちの隙を突いて、牢の中に忍び込むデギーは、時夫たちに嘘をつく。
外は内乱が起こり、とても危険な状況であると。
反乱軍が日本人を殺そうと牢にやってくるから、牢の扉が開いた瞬間に刺し殺せと。
「嘘をついてだましたこと、思い知れ」
外で内乱など起きていない。
牢を開けるのは迩志子。
けれどそんなことを知らない時夫と山県は、槍を構える‥‥
大きなあらすじはこんな感じ。
最後の結末は、ご想像にお任せ。
ええ。
見た者の想像次第。
さあ、ここで一番悪いのは誰なのか。
デルマスタンという国が厳しすぎるのが悪いのか
無知な日本人観光客が悪いのか
弱みにつけ込んで何とかしてもらおうとするのが悪いのか
だまされた仕返しにだまし返そうとするのが悪いのか
勝手に一目惚れして、断ってもアタックしてくるデギーは確かにウザい。
けれど、純粋なんですよね。
それでも、やっぱりウザいものはウザいです。
けれど、そんな強引さがあるからこそ、利用しようとするのもよくわかる。
私自身なら、面倒なのでズバッと切り捨ててしまうだろうけれど。
ちょっと狡賢さがある人ならば、利用しようとするでしょうね。
でも、やっぱり怖いのはそのあと。
利用すればするだけ、そのあとのしわ寄せというか反動は大きいわけです。
今回のはその典型と言えるんだろうな。
ただ、郷に入らずんば郷に従えっていうでしょ?
海外に観光に行くからには、そこの土地柄もちゃんと知っておくべきなんですよ。
最低限のルールは、ガイドに教えてもらう以前に自分が知っておかなきゃいけないもの。
それを怠るから、トラブルになるんです。
旅行とはただ楽しいのではなく、勉強なのです。
それを忘れてはいけないと思うのです。
だからこそ、私はデギーが可哀相‥というかなんというか。
デギーの気持ちがよくわかるのです。
確かにデギーは嘘をついた。
迩志子の手助けをしたのはデギーの勝手かもしれない。
でも、確かにそれを嘘で利用した。
その仕返しをするのは、もちろんのことなのではないか。
嘘をつくことがどんなことなのか、思い知ればいいとおもうのは当然のことではないのか。
だって、デギーは最初に言ったのだから。
「嘘をつくのは、誰かを殺すときか自分が死ぬときです」って。
彼はそれを実行したに過ぎない。
させたのは、利用した日本人。
彼はきっと、このあと酷い後悔と重い罪と罰を背負っていかなければいけない。
それはあまりにも不条理だと思うのです。
だから、私はデギーという存在があまりにも哀れだった。
不条理から不条理を生み出す。
そんな作品だったと思う。
コメディとしては見れなかったな。
あくまでも制作の方としてはコメディタッチで作ったのだろうけど、最初からどうしてもコメディとしては見れなかった。
作品として、あり得ない話ではない。
十分にありえるはなしであるからこそ、いいのかもしれない。
そう思った‥‥かな。
秋華