ソ連との 分割統治を 嫌いし米
命を無視の 原爆二発
原爆を何故、死に体の日本の広島と長崎に続けざまに落としたのか? 原爆を実験したかった、戦争を早く終結させたかった、アメリカ兵の犠牲者をこれ以上出したくなかった、なんて言われますね。でもこの本では、別の見方が示されていました。
ヤルタ会談では、ドイツの敗戦後3カ月経ったらソ連は日本に参戦する、というのを米ソで結んでいたんですね。今調べたら、ドイツの降伏は1945年5月8日とあります。そしてまたソ連の対日参戦を調べたら、そのものずばり、ドイツ降伏の3カ月後、同年8月8日に対日参戦布告をしています。
なのでアメリカとしては、日本を早急に降伏させないと、ソ連が北から日本を攻め、今の朝鮮半島のように分割統治になるかもしれない、と切羽詰った事態になったのですね。それでアメリカは、原爆投下を決意したようです。
一方日本は、絶体絶命の危機に瀕しているのに、朝日やNHKは連戦連勝を伝え続け、国民の老若男女を、鬼畜米英、一億総玉砕等と教育し、銃後では竹槍でとことん応戦なんて訓練もしていました。こんな状況下では、原爆を落とし、彼我の戦力の差を徹底的に示すしか他に考えが及ばなかったのかもしれません。
そしてアメリカの目論みは成功。8月15日、日本は40万人に及ぶ犠牲者を出した末、無条件降伏。北方領土はソ連に奪われたものの、アメリカ単独の統治となりました。
~~~~~~~~~なうBGM~~~~~~~~~
バレー音楽「火の鳥」/ストラビンスキー/ピエール・
ブーレーズ/ニューヨーク・フィルハーモニック
※ストラヴィンスキーは、サウンドが、どれも楽しいですね。
~~~~~~~今日のジョグデータ~~~~~~~
39分16秒/田名田園5㎞/bmi:23.2/ppm:156/靴:スポルティング(★★★★)
※ジョギングへの途中シュウメイギクを、コース沿いでは相模川河川敷でマンジュシャゲを初見しました。