思い出す中で言わなくてもよいことがあったなと回想する。
仕事
年齢
普段の過ごし方
大学の専攻など
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一般論として、仕事の話をしたとしてパターンの反応が返ってくる。
なら、そこは秘密で通した方がいいのだろう。
聞かれてもはぐらかしたり話題を変える。
あと、名前がまゆだったかまやだったかうろ覚え。
頭の中に怒りが渦巻いていて、その正体を考えているうちに名前を忘れてしまった。
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怒りについて、本棚の奥からセネカの本(怒りについて)に目を少し通したが迂遠でよく分からない。
おれはこう思う。
他者に期待をするからがっかりしたり傷ついたり、怒ったりする。
どうだろうか。
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期待をする。
期待がなければそもそも人と関わらないだろう。
仕事の付き合いなど必要に迫られた場合を除けば。
おれの期待はこんな感じ。
・いい人にみられたい
・面白い人にみられたい
・話しやすい人にみられたい
・また話したいと思われたい
・もっと仲良くなりたい
・というよりセックスしたい
・一緒に笑うだけじゃなく真面目な話もしたい
・喜怒哀楽をシェアしたい
マズローの欲求階層説に上記の期待を当てはめると、自分は第三層、承認欲求の下にある社会的欲求つまり「所属と愛の欲求」を求めている段階にあると言える。
所属の欲求と愛の欲求はチャーミングに違う。
おそらく、その二つをセットで一人の人に求めるのは欲張りなのだろう。
所属の欲求はサークルやコミュニティ、習い事で仲良くなったグループに属することで満たしていけばいい。
んで、それとは別に、あるいはそれの延長で愛の欲求を求める。
なので、所属の欲求を満たしつつ愛の欲求を求めていけばいいのではないか、と思っています。
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話を戻そう。
怒りは、上に書いたこととは別に、自分の無意識を反映したゆえの怒りだと解釈すれば、問題は自分にあるとわかる。
・孤独であると思っている
・人と繋がりたいと思っている
・誠実な自分でありたいと思っている
・セックスしたいと思っている
など。
このあたりのもつれた糸を自分の中で整えられれば、人間関係が上手くいかないことから怒ることも減り、今よりは少しラクに人と関われそうな気がする。