昨日 色んなことに挑戦してきた、とおっしゃるお客さまとお話ししていて

共通しておもったのが

『体感しないとわからない』

でした^_^

これは私も本当にその通りだなと実感 体感もしていて 笑。


いくら世間の風評や 頭でこうらしい
と思ったところで 
【体感をしないと本質はわからない】

という事。

私も 救急車で3回運ばれたり、100時間くらい残業休日出勤夜勤やったり
毎月100枚ノート埋めて腱鞘炎なって吐き気しながらでも絵を描き続けて

わりと頑張ってきた方だからなのもあるのか
(ちょっと馬鹿なのかもしれませんが)


辛いことも 悲しいことも

嫌なことも 体感することをあまり恐れません。

しないより した後悔。

いつ死ぬかわかんないなって思ってから

【とりあえずやってみる】を
意識して 脱サラしたり 18年続いた旦那さんと離婚しようとしたり 借金したり
夢を叶えたり 好きな時に好きなことをしてみたり
会いたい人に会いに行ったり。

たくさん挑戦してきました🙂


経験は お金で買えない。

失敗しないようにって思ってた人生より
すごくよかったなって思う反面

その先に 中庸。

相手も思い遣るって 自分の意見も言う。

【擦り合わせる】という過程があって

それによるお互いを思い遣る心。

みたいなものを、学びました😌


これは一人では出来ないこと。

人によったらしんどいのかもしれない。

でも私は、それを乗り越えた先にしか
見えない風景もあるなって感じています☺️


大阪造幣局の桜。


バカみたいと思うかもしれないけど


幼稚園とか小さな頃は風邪とか引かなくて皆勤賞で。

怪我したり 体が弱い子が優遇されてるのみて、いいなって思った。

無意識にだけど
体が弱いと 優遇される
が私の中に入ってたので

そこから本当に身体が弱くなる

というか弱いフリをし始めてたら
そんな現実やフォーカスが大きくなった。



その思い込みを今払拭させてるところですが 笑


仕事と他の兄弟のお世話で忙しかった母が、
風邪をひいたら
セーラームーンの塗り絵とモモ缶🥫買ってきてくれたりしたのもある。


病気の母の気持ちを知りたかったのも少しあるし
母を独占したかったんだろうなっていうのと

優等生で手がかからない私
より
劣等生でも手をかけてもらえるって言うのも 羨ましかったんだなって今 記憶を辿って思った。


優等生の時は、周りから
【お母さん病気だから頑張らなきゃね】
【いつも自分でできてえらいね】

って褒められて
褒められるのが嬉しくてやっていた。


今 深掘りしていくと

嬉しかったものの、
やっぱりどこか寂しくて我慢してて。

素直にそのままに、こうしたい!って駄々を捏ねられる子のことが

甘えられる子が羨ましかった。

その頃の私は 拗ねてて
寂しかったんだねって 深掘りしてて気づいた。


もっと 私を見て欲しくて頑張ってたし
母からの愛が欲しかった。
(実際は愛は与えてくれてたんだと思うけど)
愛を感じたかったんだと思う。

だから 後回しにされたって感じると腹が立つことがあるし 笑。
【⭕️⭕️ちゃんはしっかりしてるから大丈夫だよね】

って ほんとはさみしいのに我慢させられて
言えなかったし


なんにもしないでも
頑張らないでも愛されたかった
愛されてるって感じたかったんだなって

ふと 気づいた真夜中。

しあわせなるのは
こわい。
この感覚はマイノリティらしい😲
躊躇なく掴める人がうらやましい。


でも 怖いけど
進みたいから、進む🙂


やらない後悔より
やった後悔。

そんな私は月星座おひつじ座★