この歳になって、一人は辛いですね・・・

また、悪化して明日病院に行きます。

12月に入って、先生に提出する日々の記録表があります。

12月4日・・・「寂しい気持ちになる」

12月7日・・・「身体が著しくだるい」

12月12日・・・「人間不信になる」

12月14日・・・「情けない」

12月17日・・・「不安定感」

12月19日・・・「弱い自分が居る」

12月20日・・・「無縁仏になるんだ、哀しい」

・・・と書いていた。

明日、先生に会って、この記録表を見せても「頑張って下さい」と、だけ言うことだろう。

何の為に病院に行っているのか、時々、解からなくなる・・・

もらう薬は「アモパン・・・は熟睡できる薬」「マイスター・・・は寝つきを良くする薬」

「ユーロジン・・・これも寝つきを良くする薬」「セロクエル・・・気分を落ちかせる薬」等です。

これを毎晩、寝る時に飲んでいます。

ある時、この薬を一瞬に全部飲んだら「楽」になれるのかと、思うと時もあります。

リストカットより「楽」になると思いますが、後のことを考えるとなかなか勇気がありません。

この辛さは、誰もがわかってはくれないことです。

このままでは、いつかは、自室で死んでしまうと思います。

自殺後、後の始末には損害賠償が発生してしまうからです。

誰にも迷惑をかけずにと、やはり山、か、海かなどと・・・・

そんな、ことを思うと寂しさが募ります。

今のわたしには、最大の要因は「寂しさ」です。

このまま、死んでこのまま、発見されず、無縁仏になることが一番の悲劇です。

まだ若い60歳ですが、なんか、このままの人生の終わりを感じています。

「バカやろ!お前は甘い!」などと言われるかも知れませんが、

今の私には、自分をコントロールできないのです。

東北大地震で被災にあった人たちに、申訳ありませんが、今の自分の気持ちなんです。

それぞれの「絆」があると思いますが、私にはありません。

実姉や、長男、長女は私が死んだら、悲しむのでしょうか?

実姉が、私を引き取りしなければ、私は「無縁仏」になります・・・。

そんな事を最近、特に感じています。

そして、「無念」です。

長男の結婚、そして孫の顔、長女の結婚、そして孫の顔すら見えることはできない・・・。

毎日、寂しさと辛さを感じて生きているのが、とても苦痛になる日もあります。

今でも、元家内が言った言葉「貴方には愛はない」「この家から出て行って!」「死ね!」と

言ったことで、精神的に、この病気を引きずっています。

毎晩寝るときに、その言葉が蘇ります。呪縛のように・・・

もう、生きていても仕方がないと、思う時もあります。

本音をいいますと、どうしていいのやら分かりません。

社会の「くず」かもしれないと、思うときもあります。

このメッセージが、私と同じ共通と感じているならば、答えはひとつです。

「うつ病」でない人には、わかりませんが、「うつ病」の人ならば理解してくれると思います。

もう、疲れました・・・

生きていても、何も希望もないし、ヤル気、勇気もありません。

このまま、「無縁仏」になるのでしょうね・・・・・・・・・・

死んだ父、母、祖父、祖父母に、ただ、ただ申し訳ない気持ちです。

供養の為に、毎年、「塔婆」を送っていますが・・・許してはくれないでしょうね。

覚悟はできています。

この年末には、特別なことがあるので、しっかりとして過ごそうかと思います。

1月2日には、半年ぶりに「お風呂」に入れます。

年に2回です。(2日に一度のシヮワーです)楽しみです。

そして、長年、付き合った「ひげ」を剃ろうと思います。

心機一転、新しい年を迎えようと思いますが、ただ不安なのは、今いる自分なのです。

時々、ハローワークの求人の概要を見ます。

60歳以上の私には、なかなか条件等に値することはありません。

ただ、この状況から脱皮したいと思うのですが・・・

このままですと、「引きこもり」「社会の屑物」「不安感」「罪悪感」などの事がどうしても頭から離れません。

ただ、一日を、無駄に過ごしている自分に「情けなさ」を感じています。

もう、これで、終わりにします。

あなたも苦しいでしょうが、頑張ってください。  拝


先日、無縁仏の話しをしましたね・・・。

あれから、思いつめて、精神的にダメになりました。動悸や、怖さ、また、辛くなり寂しくなりました。

若い時の独身は、華やかでいいのですが、この歳になると違います。

寂しさ、孤独、人とのつながりもなく、毎日をこの部屋で一人で過ごしています。

何とかしなくては・・・と思いつつ何も行動ができません。

このまま無縁仏になると、思うとなぜは、動悸が起こり、辛い毎日を過ごしている自分が居ます。

無気力、脱力感、身体のだるさ、恐怖心、罪悪感、いろいろと考えてしまいます。

何事にも集中力がなく、なんか無駄な毎日を過ごしている。。。

これで、いいのか・・・・自問自答の日々です。

本来なら、悠々自適な老後を送るはずでしたが、どこかに私の「甘さ」があったと思います。

それは、人を信じること・・・ですが、全て裏切られてしまったことです。

平成14年に会社を作りました。私が50歳の時でした。

私と事務員、WEB担当のスタッフ3名でスタートしました。

地元新聞社の子会社の広告代理店でのスタートでした。

意気揚々とスタートしたのですが、「新聞社」の看板があってそれなりに結果を出しました。

私以外の営業スタッフが欲しくて、営業派遣スタッフの男性を採用しました。

しかし、表向きは貢献していると思いましたが、数ヶ月後、新人の女性営業を採用した時、

彼は、ホテルに連れ込んだのです。

新人の営業女性は、労働監督署に抗議しました。

そこで、監督責任で、私は罪になり、その子のに罰金を払うことになりました。

同時に、彼も罰金対象に課せられ、会社が立替をして、月々の給料から、天引きをしました。

そんな彼に、「これから頑張って欲しいと言いました」・・・そこが甘かったのですね。

温情をかけたつもりでしたが、更に事務員、WEB担当の女の子にも、言葉でねじ締めていました。

私が、いない時に、彼は、女の子に「脅し」をかけていました。

「社長に言ったら、どうなるのか!解かるだろうな・・・」と。

後で解かったのですが、事務員は「寿退社」と言って辞めました。

しかし、彼の恐怖に怯えてたに違いがありません。

彼は、言葉使いといい、営業推進で約束したのですが・・・しかし、私は彼を信じたのです。

「社長、求人雑誌」をつくりませんか・・・と。

これが、最後に致命的な結果になったのです。

いままで、12坪の事務所から30坪の大きな事務所に移転しました。

求人スタッフを派遣社員4名採用して、全て彼に任せました。

しかし、当初はすぐにはクライアントはつかず、私は翻弄してしまいました。

彼は言った、これからですよ・・・と。

その彼の言葉を信じてまい進しましたが、結局、無駄に終わりました。

彼からは私は「この社長」はどうにでもできると思っていたと思います。

結局、提携していた会社に彼と営業スタッフは移動させました。

でも、いい結果は出ずに、求人雑誌は休刊しました。

ここで言いたいのは、人を信じていいのか、と言うことです。

雇用者を信じることは大切ですが、全てを信じるのには御幣があるということです。

彼のホテル事件の残債が7万円ありました。

そこで彼の実家に電話をして、返済を要求したところ、

彼は態度を一遍して、こう言いました。

「もう、関係ないだろう!ばかやろう!ふざけるな!」・・・と。

人を信じていたのは、まさに私の「甘さ」だったのでしょうか?

その後、トヨタベンチャーファンドで一緒に闘った友人を誘いました。

月収は60万円・・・それなりにしてくれるとおもいました。

部屋も会社名義にしていましたが、彼は、考古学に興味があり、

宮崎の西都原に関心を持っていました。

非常務職でしたが、窓側にデスクを自分でしました。

人知れずに、西都原の研究をしていました。2ヶ月で辞めていただきました。

彼の売り上げは、7,000円でした。それも行きつけのスナック、なんと・・・

なんの為に雇ったかわかりません。

その当時、新たに雇った事務員も、勝手に出金をして、自分の自宅に金品を送金していました。

これでは、私は社長は続けないと思いました。

「甘い」の一言でしょうか・・・

人を信じることは、この世では難しいことなんですよね。

結局、家庭も崩壊してしまい、現在の自分がいます。

なぜ、もっと、厳しくなかったのか・・・

私を最も、感謝してくれている人がいます。

その人は絶対に、褒めない、愚弄して、社員、会社を成長させました。

厳しく、全く笑顔がない人です。でも、まだ私の事を気にしています。

そんな一人で、この世の応援団なんですが・・・。

これからの人生には、厳しく生きて行こうと思います。

人間の「かけひき」だと今、そう思います。

私が、無縁仏になるのか、両親の墓に入れるのは、私の死後です。

その時は、何もわからないのですから・・・。

寂しい人生ですよね。

これから、どんな顛末が待っているのか、オドオドしています。

私はいいから、あなた達に幸せあれ・・・・・・・。








孤独死・・・・・・

先日のテレビ「報道特集」にて、孤独死について特集がありました。

身よりもない方が、孤独死になることが、多いという社会現象で、観ていました。

私も、その中のひとり・・・なんだなと思いました。

こんな病気で、何ひとつできないのが、とても辛い日々を過ごしています。

「孤独死」すなわち、誰にも発見されず、「死んでしまう」事なんです。

死後、発見されても、兄弟や自分の子供達にも、遺体を引き取ってもらえなければ、無縁仏になります。

東京に住む実姉とは、疎遠にしています。

また、子供ともあれから、音信普通状態になっています。

万が一、この部屋で、動けなかったら、死後、3ケ月は経っていると思います。

それは、この住宅の家賃の滞納で、調べることになります。

「報道特集」を観て、なんだか、この人生になるせなくなりました。

きっと、孤独死になると思い、発見された時の為に、

愛する、長男、長女、そして実姉の電話番号を、大きく書いて壁に貼りました。

願わくば、親不孝の私だけど、父、母、祖父母が寝る東京の高尾霊園の墓に入りたい・・・。

だから、長男が解かるように、墓苑の番号まで書きました。

昔、私が、高校生時代に、自宅に電話がありました。

父が対応したのですが、弟さんが大阪で死んでしまったと・・・

父は、無縁仏にしてくれと・・・

私にとっては、叔父さんなんですが、父と何か、確執があったようです。

そんな事は、何も気にせずにいましたが、今、叔父さんのような、自分の姿があります。

毎日が辛くて、もう、いいかな・・・・「私は、無縁仏になるのだろうか・・・?」

そんな事を毎日感じながら生活しています。

先日、身体がだるくて、また内科医病院に行きました。

肝臓が悪いと言われました。

先生には隠していますが、朝食はヨーグルト、クロレラ、そしてコーヒーのみ・・・

昼食は、毎度のカップ麺、夜は、せんべい、ベビーチーズ、そして納豆、、、たまにおでんです。

毎日、ビール、焼酎を飲みます。そして、煙草です。

これでは、いい身体にはなる事はありませんよね・・・。

先生から、焼酎はどのくらいの飲みますか・・・と聞かれたとき、偽ってしまいました。

2合づらいです・・・

実際は、3合以上は飲んでいます。

寂しくて、辛くて、やりきれない思いで、酒に依存していています。

この後、私はどうなって行くのかが不安で仕方がありません。

社会の、のけ者となるのでしょうか?

以前、都城から宮崎に通勤していた時、ホームレスで国道を歩いている人を何度も見ました。

とぼとぼと、歩くすがたは、家庭を捨てた人のように感じました。

あんな、姿には、絶対にならない・・・・・・・

でも、今の私は、そんなホームレスの気持ちがわかります。

家族の「絆」・・・・・・・

それを失って、家を出たのでしょう・・・哀しいですね。

運よく、私はホームレスにはならなかった。

天と地を味わったひとでないと、この苦しさはわかりません。

死ぬことは恐怖ではありません。以前、そんな体験をしたから・・・

「陽はまた登る」・・・また、明日はやって来る。

何も希望もなく、ただ、毎日を過ごしている、自分が情けないと思う日々です。

また今年もクリスマスがやってくる。

子供達が小さい頃、ケンタッキーに並んで、またケーキ屋さんでも並んだ。

買って帰ると、子供たちも喜んでくれた。その笑顔が忘れられない・・・

もう、二度とないクリスマス・・・

引きこもり、億劫、人間不信、怖さ、罪悪感、不安、寂しさ、生きがい、

何をとっても、自分のせいだと思う。

そんな、やるせなさで、また酒を飲んでしまう。

もう、十分だと思うようになった。

もし、ここで死んだととしたら、緊急の、長男、長女、実姉の携帯電話を明記した。

これで、いいのだ・・・。

でも、無縁仏だけはしないで欲しい・・・。

子供には、私の「血」が繋がっているから・・・

頑張れよ・・・子供たちへ。。。何も出来ない父より・・・。