ある女性のうつ病手記(4)
平成19年3月~
抑うつな状態が続く日々の中で「このままでは生活していけない。主人はあてにならない・・・。
医者代も生活費も、自分で稼ぐしか方法はないんだ・・・」と思い、うつ病である事だと隠し、コンビ二店の深夜
(22:00~8:00)で働き始めた。深夜のコンビ二と言うと、お客も少なく、ヒマそうに見えるが、
裏方の仕事が多く、レジをやりながらの検品・品だし・補充・掃除・・・等、かなりの労働力を使う。
接客業の為、常に笑顔でないといけない。うつ病の私にとっては、つらいものである。
責任感の強い私は、仕事をする以上は、完璧に仕事をこなし、常に笑顔で対応し、
トラブルが起きないよう心掛け、必死に働いた。家族の為、生活の為に仕事を休むことなく、
盆、正月、ゴールデンウィークなども出勤し、仕事明けのまま、家族で遠出をしたり、
買物に行ったり、温泉に入ったり・・・と、自分の睡眠を削って家族の時間に合わせていた。
睡眠も3~4時間が当たり前のようになり、重い体を引きずるように仕事に行き、
店では普通の人を演じながら、常に笑顔で接客し、過度量の仕事を朝までに終らせ、
引継ぎをして、自宅に帰る日々を送っていた。
疲れも溜まって行く一方で、食欲もなく、真昼の中で熟睡できるはずもなく、寝不足のまま
夕飯の支度をし、家族に食事を取らせ、自分は少ししか食べず、仕事の身支度をする。
次第に疲労感、抑うつ、気分の落ち込み(何で私だけばかりが、深夜で働かなくてはならないのか?)
これからの先の生活に対しての不安などが強くなり、家事もだんだん出来なくなって行った。
お風呂に入るだけでも体力を使い、もう何もかがイヤ!になり、精神的に落ち込んでいった。
それでも仕事は続けないといけないと生活していけないので、、ただ、がむしゃらに働き続けた。
そうして3年経った夏、勤務中(深夜)に倒れてしまい、そのままタクシーで帰宅。
翌日、総合病院に受診し薬を処方してもらう。
生活の為にと思い、薬を飲みながら仕事は続けるが、めまい、立ちくらみ、過呼吸などの
発作が度々起こり、不安感が次第と強くなる。睡眠も不十分で体力が落ちていくのが
分かっていながらも、生活の為に、仕事は続けていた・・・。
つづく
平成19年3月~
抑うつな状態が続く日々の中で「このままでは生活していけない。主人はあてにならない・・・。
医者代も生活費も、自分で稼ぐしか方法はないんだ・・・」と思い、うつ病である事だと隠し、コンビ二店の深夜
(22:00~8:00)で働き始めた。深夜のコンビ二と言うと、お客も少なく、ヒマそうに見えるが、
裏方の仕事が多く、レジをやりながらの検品・品だし・補充・掃除・・・等、かなりの労働力を使う。
接客業の為、常に笑顔でないといけない。うつ病の私にとっては、つらいものである。
責任感の強い私は、仕事をする以上は、完璧に仕事をこなし、常に笑顔で対応し、
トラブルが起きないよう心掛け、必死に働いた。家族の為、生活の為に仕事を休むことなく、
盆、正月、ゴールデンウィークなども出勤し、仕事明けのまま、家族で遠出をしたり、
買物に行ったり、温泉に入ったり・・・と、自分の睡眠を削って家族の時間に合わせていた。
睡眠も3~4時間が当たり前のようになり、重い体を引きずるように仕事に行き、
店では普通の人を演じながら、常に笑顔で接客し、過度量の仕事を朝までに終らせ、
引継ぎをして、自宅に帰る日々を送っていた。
疲れも溜まって行く一方で、食欲もなく、真昼の中で熟睡できるはずもなく、寝不足のまま
夕飯の支度をし、家族に食事を取らせ、自分は少ししか食べず、仕事の身支度をする。
次第に疲労感、抑うつ、気分の落ち込み(何で私だけばかりが、深夜で働かなくてはならないのか?)
これからの先の生活に対しての不安などが強くなり、家事もだんだん出来なくなって行った。
お風呂に入るだけでも体力を使い、もう何もかがイヤ!になり、精神的に落ち込んでいった。
それでも仕事は続けないといけないと生活していけないので、、ただ、がむしゃらに働き続けた。
そうして3年経った夏、勤務中(深夜)に倒れてしまい、そのままタクシーで帰宅。
翌日、総合病院に受診し薬を処方してもらう。
生活の為にと思い、薬を飲みながら仕事は続けるが、めまい、立ちくらみ、過呼吸などの
発作が度々起こり、不安感が次第と強くなる。睡眠も不十分で体力が落ちていくのが
分かっていながらも、生活の為に、仕事は続けていた・・・。
つづく