と聞いて、ぼいるしゃるるのほうそく、と答えたとき、なぜ知っているのか不思議になった。30年間、一度も思い出したことがないのに。長期記憶は必要な時にボンと答を与えてくれるので、青年時代の勉強というのは恐ろしい。

論語や、聖書やコーラン学習を基礎学問としている地域では、大人になっても、必要な時にポンと答を与えてくれるのだろう。理解できなくても、詰め込むべき価値があるものは、詰め込んでおくべきという昔ながらの教育は間違っていないと思った。

世間に渦巻く怪しい落とし穴をみぬかせるのも教育。問題点を発見させ、議論を重ねる訓練が行われている。確かに、情報量がおおい今は実用的だと評価はする。→現実には人を言い負かせ、知識を披露する少年が優秀であると評価される。それ以外に評価の物差しは無いからだ。

しかし迷ったときの寄る辺と引き替えにするほどの価値はない。青年時代の長期記憶は、その後60年間、守護霊になって耳元でヒントをささやいてくれるからだ。

日本にとっての聖書やコーランはどれに該当するのか。論語か教育基本法か、あるいは、司馬遼太郎の「21世紀に生きる君たちへ」か。日本人共通の価値ある「長期記憶」を、打ち立てられないから悩みが多いのではないか。

教育の目的は、教育基本法では


正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

教育勅語ではより具体的です。

教育勅語は昭和に入ってから神聖視され、20年間、暗唱を義務づけられました。父曰く「戦後だって正しいことは正しい。」その当時から民族主義的な熱狂は、憲兵に注目されないためのポーズだったそうです。まったく民族主義的な人ではありませんでしたが、これは正しいと。


孝行こうこう 親に孝養をつくしましょう
友愛ゆうあい 兄弟・姉妹は仲良くしましょう

夫婦ふうふ

夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友ほうゆうしん 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜けんそん 自分の言動をつつしみましょう
博愛はくあい 広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学しゅうがく習業しゅうぎょう 勉学に励み職業を身につけましょう
智能ちのう啓発けいはつ 知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器とくき成就じょうじゅ 人格の向上につとめましょう
公益こうえき世務せいむ 広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
遵法じゅんぽう 法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇ぎゆう 正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう


暗唱を義務づける名文!!司馬さんならかけただろうにと今更ながら悔やまれます。