ブロ友さんが東北への素敵旅をアップされているのを拝見し…私も岩手ひとり旅が懐かしく…昔のブログで旅日記を探してみました。2019年の秋の日記でした。
まず目につくのは…写真の画質がめちゃくちゃ悪いですよね😨今も、この時もスマホ撮影ですが、こんなにもスマホカメラの性能はアップしているのだと、改めて驚き…カメラセンスが一緒にアップしていないことが、残念…
岩手銀行赤レンガ館
なんとなく、見覚えのある建物ですよね?
東京駅を設計した辰野金吾氏と盛岡出身の葛西萬司氏の設計だそうです…
見覚えのある感じ…ですよね?😊
当時の建物って趣がありますよね…
今からどれくらい前?😅
1911年の完成だそうですが…明治の終わりですよ?
盛岡を訪ねたかったのは勿論、宮澤賢治の街だから…
子供の頃に読んだ「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」、「やまなし」の不思議な世界観、あまりにも有名な「雨ニモマケズ」、「永訣の朝」に涙して…
農業は勿論、天文学にも詳しく、チェロまで奏でてしまうなんて…
どれだけ魅力的な人物だったのかと…
当時の平均寿命はどれくらい?とAIにきいてみますと、40代から長くて50くらいだと教えてくれましたが、賢治も30代後半で他界したそうで…本当に惜しまれます
盛岡ではやはり、
冷麺はひとりで並んでもいただき😅
季節は晩秋…
この旅の直前、こちらでは台風により、千曲川が氾濫し
呑気に旅してもよいのか?と躊躇われましたが、
盛岡でタクシーに乗ると、どちらから?の運転手さんの問いに長野です、と答えると、
「大変だったねぇ…」
と声を掛けていただき、胸が熱くなった、と日記にありました。
岩手県こそ、その前に地震で大変な被害を受けたのに、と。
そんな、人情というのですよね?
痛みを知るからこその、温かい言葉に触れて…やっぱり来て良かった、と
先程の、AIとのやり取りの中で、宮澤賢治の頃の平均寿命が短かったのは結核などの流行性の病気に対する手立てがなかったからだと言われ、
確かに、私の父は2人の兄を結核で亡くし、忘形見の幼い甥も疫痢で亡くしたと聞いています。
更には、太平洋戦争の犠牲になった方も多く…今の時代でも、勿論いろいろあるわけですが、遠くに旅して、その土地の方の温かい心に触れたり、ブログでも様々な温かいお気持ちを垣間見ることができて…良い時代になりました
また行きたいです!東北🩷


















