悶々とした時間が続いた。

空腹なのに何も食べる事ができず、食べようという気持ちにはならず…スカートのウエストはぶかぶかになり、あんなに努力しても痩せなかったのにな、と私は苦笑いした。


木曜の夜、部屋の電話が鳴った。

「もしもし」Aの声だった。

「ごめん、ユミちゃんに番号教えてもらったんだ。今、話せるかな?映画行かれる?」


私は思いもしない展開に高鳴る鼓動を鎮めようと、ゆっくりと息を整え、絞り出すように、はいと答えた。

「昨日から出張でね、今、秋田なんだ。

明日には帰るけど…大丈夫かな?」


私はいよいよ、Aの気持ちをはかりかねた。結婚の話は間違いなのか?間違いでないのなら、なぜ誘うのだろう?間違いであって欲しい…。


「あの…お話したいことがあるんです。」

「了解、明日でいいのかな?今でもいいよ。僕なら時間は大丈夫。」

Aの声はいつもと変わらず、いやむしろ優しく聞こえた。

「いえ、大丈夫です。明日にします。」

「じゃあ、また7時にレフティにしようか。」

はい、とやっとそれだけ答えると私は、おやすみなさい、と受話器を置いた


この1週間でAの存在は、自分が思う以上に自分の中に大きく居座るようになったことを認めざるを得ないと、私はやっと気づいた。

ずっと何の感情もないと心の揺れを否定しようとして来たけれど、受話器の中に響くAの声にこんなにも気持ちが高まるなんて…初めて自分の気持ちと向き合い、否定しようとしても、否定しようとしても、もうどうする事も出来ない自分を認めた時、ポロポロと涙が溢れた。


どうしよう、もう止められない。

涙を拭いながら、私はそれが本当なのか、明日こそ訊いてみようと自分に言いきかせた。


名画座は色褪せた飲み屋街の中程にあった。千鳥足のサラリーマンや何やら大声で叫ぶ学生たちの間を抜けると、名画座に着いた。


金曜日のせいか、古い作品にも関わらず席は半分程埋まっていた。Aは中程の、通路から二つ目の席に座ると、振り返って手招きした。


上映時間2時間半はあっという間に過ぎ、物に憑かれたように私はスクリーンに釘付けだった。

とりわけ終盤、病の為に親子があてどない旅を続けるシーンは、様々な問題を孕みながらもあまりにも美しい映像で描かれ、私は息苦しいまでにスクリーンに見入ってしまった。


本編が終わりエンドロールが流れると、私はやっと、思い出したように大きなため息をついた。