我が母は美人で、とよく書いていますが、それって自分もよく似た美人と自慢している?と思われるかもしれませんが、残念ながら私は、祖母にそっくり!とイヤになるほど言われてきました。

なぜイヤか?

祖母は、大柄で肥満、頭はいつかけたのかわからないような、もしゃもしゃパーマで、顔はオッさんのようにふてぶてしく…

小さな頃、おばあちゃんにソックリ!と言われるたびに私は、イヤでイヤで泣いたのでした…その場で、もちろん、祖母の前でも。

祖母はかなりの肥満で、冬は着物、夏は

アッパッパ?という寝巻きのような、ゆるゆるのワンピース擬きを着ていました。普通の服は着れなかった…入るサイズがなかったのでしょうね😱


祖父は桶屋、毎日、作業場で風呂桶などなどを作っていました。私はその一連の作業を見るのが好きで、毎日、祖父がトントンやっている横で切れ端を切ったり叩いたりしていました。ひょっとしたら桶が作れるかも?(笑)


先日、子供の頃に暮らしたその家付近へ行く機会がありました。家は、父が子供の頃から住んでいた長屋でしたから、もちろん今はなく、キレイな家が並んでいました。


驚いたのは、道が狭いこと!恐ろしく狭く、車はすれ違えるのか?という幅しかなく、当時はバスがこの道を走っていた、なんて話したら、嘘つき!と言われそう😨


近くにはパン屋さん…パン工場があったのですが、その場所にはマンションが建ち…調べてみますと、パン工場は負債を抱えて倒産したようです。幼稚園の時には見学させていただき、あんぱんをいただいた思い出があります。まだまだパン屋さんが珍しい頃、よく買いに行ったものです。


そして、そんな事を姉宅で話したら、

「おい、あそこだろ?そのマンションは、俺がやった現場だぞ!」

と義兄もびっくり。義兄はかつて建設会社勤務、現場代人をずっとしてきたのです。

あの辺だったのか、昔の家って…と、最近、実家へ行く…としばしば徘徊の旅に出る、認知症の姉の行き先を初めて知った様子でした。


私も通った近くの小学校の体育館は若き父が設計したのですが、父が音響を考えて壁面がジグザグになっている事や、ステージ横には梯子があり、上がると、劇で雪を降らせることができる体育館は、既に古く、新しい、ひとまわり大きな体育館が建設されていて。しかも凝すぎた体育館は、実は使いにくくて不評だったことは父には内緒にしてあります😅


懐かしい、街。そして、昭和。

またいつか、ゆっくり歩いてみたいものです…ひょっこり年老いた同級生に会えるかも…。