「おかあさん、雨しってきたよ~!」
長男は幼い頃、雨が「降ってきた」と言う時、どういう訳か「しってきた」と発音していた。それは、正しく言っているつもりが上手く発音できずにいたのかもしれないし、雨は「しる」ものだと覚えてしまっていたのかもしれない。
長男が2歳になって間もなく、夫の転勤で私たちは、やっと住み慣れお友達も何人かできた岐阜県から新潟県へと引越した。季節は冬を迎える準備をしている頃だった。
北陸地方の冬は長い。11月も下旬になると、毎日のように雨が降った。冬の間も、十日雨降りが続いて、雪の日が二日続き、その後、やっと青空が覗く。豪雪よりも雨降りのほうが印象深い。春までずっと、その繰り返しだったように記憶している。
珍しく朝から晴れているからと洗濯物を外に干そうものなら、2,3時間のうちには強風が吹き荒れ、白い発泡スチロール様のものが、パラパラと音を立てて降ってくる。アラレだ!慌てて洗濯物を取り込む。そんなことを繰り返すうちに、晴れていても洗濯物は屋内に干すようになった。冬中、加湿器は無用、むしろ、除湿機がフル稼働していた。
私の生まれ育った所も雪の多い地方だけれど、冬に雨は降らない。雪の後は必ず晴れる。寒さこそ厳しいけれど、快晴の日も多い。だから、この冬の雨降りには、かなり参った。
そして、その頃の私は、お天気のせいだけでなく、酷く参っていた。2歳の長男と、生まれて間もない次男の世話に追われる毎日。今にして思えば、幼き無垢な魂が日々成長していく様子を、間近でつぶさに見ることができるのだから、人生にこんなにも面白くて楽しい時間はないと思う。
しかし、渦中にある当時はそんなことはわからず、自分は社会から隔絶されているという不安が常にあった。小さな家の中で子どもたちと一日を過ごすことに、言い知れぬ不安を抱いていた。かといって、小さな二人を抱えて外へ出て行くバイタリティーもなかった。日常に追われ、一日が終わる。来る日も、来る日も。
子どもは日々成長していくのだから、そんな日が永遠に続くわけでもないのに、あの頃の私は、霧の中で眼鏡を掛けて、一生懸命に目を凝らして道を探しているような、そんなところがあった。少し我慢して霧が晴れるのを待てば、再び快活に山道を駆けていく事も出来るのに、その少しが待てず一人じりじりと焦っていた。
「おかあさん、雨しってきたよ!」
窓際に置いてあるソファに乗り、外を向いて、背もたれに腕を乗せる。電車の中で外を見ようと、子どもが外向きに座る、あのスタイルで、長男は外を見ていた。
その時、私は何をしていたのだろう。食事の用意をしていたのかもしれない。次男を抱っこしていたのかもしれないし、コーヒーを飲んでいたのかもしれない。
「どれどれ!」横に座って、時には私も電車座りでもして、一緒に雨を眺めればよかった。ちょっと首を傾げて話しかける2歳の長男はとっても可愛らしくて、ぎゅっと抱きしめてあげればよかったのに…。膝の上に抱っこして、しばらくお話をするのでもよかった。
なのに、あの頃の私には、そんな気持の余裕がなかった。私は、長男になんて返事をしたのだろう。果たして、返事をしたのだろうか。
冬の初め、しとしとと降る雨音を聞くと、あの頃を思い出す。
「雨しってるね」と話す、長男のかわいい声を思い出す。
あの頃の私に、「そんなに慌てなくても大丈夫!今は、二人を愛することだけでいいんだよ。自ずと道は見えてくるから」と、教えてあげたいけれど、時間を遡ることは出来ない。