高校入試当日、私は勤務を早目に切り上げ、次男が試験を終え帰宅するのを自宅で待っていた。
すると、電話が鳴った。ちょっと早いなと思いつつ電話に出ると、中学校の担任からだった。
「今、A高から校長あてに電話があって、次男君に少し事情を聞きたいから帰宅が遅れますということです」
「事情って、なんの事情ですか?」
「まだ詳しいことはわからないんですよ。わかり次第連絡しますから、待っていてください」
いつにない上ずった声と早口が、担任の動揺を伝えた。
再び連絡が来て、どうやら次男は不正行為を疑われているということがわかった。
しかし、それは絶対にない。うちの子に限って、という親の欲目ではなく、そんなことを準備するのがめんどっちい、という子だからだ。それくらいはわかる。
電話の向こうの先生の声も、先程よりはぐっと落ち着きを取り戻していた。
「次男君がそんなことをする子ではないことは、私も教頭もよーくわかっています。おかあさん、落ち着いてくださいね。今、校長がA高の校長に説明してくれていますので。
ただ、数学の時間だったんですが、ことによると数学は零点になるかも知れません」
最後の一言は堪えた。零点があったら、まず合格はない。他の教科がすべて満点だとしても400点。頭の中が真っ白になった。
程なく次男から連絡が入り急いで駅へ迎えに行き、中学校へと向った。
何があってどんなことを訊かれたのか、先生と一緒に質問攻めだ。
そしてわかったことは、次男は数学試験用に直定規が必要なところ、三角定規を持参していたらしい。指示通り試験開始前から机に並べ、最初の国語の試験の時もそのままだったが、次の数学の時に監視の先生が気付いた。
その時は、「こちらを使うように」と取替えられただけだったので次男は何が起きたのか、何かいけなかったのかもよくわからなかったようだ。だからその後の3教科を動揺することなく受けることが出来た。そして、全て終了した時に残るように言われたらしい。
高校側の質問には、
「先生から説明を受けていたかもしれないが、この前の学校のテストもこれで受けたので、三角定規ではいけないことを自分は知らなかった」と話したという。
「おそらくは角度に関する設問だけは採点対象から外されるのではないかと思います。でも、零点ではないですし、他の教科は出来たようですから、お母さん、落胆せずに」帰り際、担任が私に耳打ちした。
「あ~疲れた。じゃ、携帯買いに行こう!」
はぁ?もうてっきり帰ってしゅんとするのかと思いきや、割と淡々としている。無理しているようにも見えるし、そうでないようにも見える。事の重大さがわかっていないのかもしれないとも思った。
「数学はどうせ出来なかったんだ。採点されなくても、点数に大差はないな」
本心なのか、強がりなのか。そう言う次男を乗せて、既に暗くなりかけた3月の夕暮れ時、私は携帯販売会社へと車を走らせた。入試が終わったら携帯を購入するのが約束だった。
当然、それから発表までの2週間は上の空、何の記憶もない。ただ、次男の手前、普通に振舞う努力はした。でも、秘かに中学浪人生の通う塾の案内をパソコンで調べたりはした。心の準備だけはしておこうと思った。
正直、もう、卒業式もどうでもよかった。結果が出るまではどこの親だって心配だ、当然。でも、これだけ決定的な不安材料を抱える受験生は、そういないだろう。
そして、発表の朝。電車で見に行くという次男をなんとか説得した。「落ちた時に(その可能性が高いんだから…)合格した子も一緒の電車じゃ辛いじゃない」とは言いにくく、半ば強引に車に乗せた感じだった。
しかし、次男は合格した。成績開示すると、確かに数学は酷かった。
次男は「そんなもんでしょ。わかんなかったもん」誰よりも本人だけが知る試験の手応え。あいつなりの計算はあったんだ…数学苦手だけれど。
かくして、次男はどうにか「春」を手にした。早速、他中学の剣道仲間に声を掛けていた。
「やっと剣道できるね!いい仲間も揃ったし」
今思い返しても長い長い発表までの2週間。
高校側の寛大な対応と中学校の先生方には本当に感謝している。
おまけ:
高校剣道部入部後の保護者会にて、顧問の先生に挨拶をすると、
「いやぁ、大変でしたね!あの時は」ニヤニヤと薄笑いを浮かべる顧問。
「えっ?あの時って…あの時?」
そういえば、顧問は数学の先生…。しかも、入試担当だったと聞いたような記憶が甦る。
「そう、あの時。もう、入学の時は、『お~、どいつだ!どいつだ!』なんてね、みんなで注目ですよ」と笑う顧問。
どーっと冷や汗が出たのは、言うまでもない。(再掲)