長編物語ブログ -8ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 ロードスの二次創作について

 少し考えましたが、更新を停止、記事を削除します。
 オリジナルの登場人物をそのまま乗せているので、不味いのは理解していました。
 どうしても、フォースがライデンの盗賊ギルドの長になるお話しを描きたかったのです。
 相方さんもそれには触れていました。
 内容の質的にも不味くなるかもしれないと。

 最後のあがきとして、なんとなく頭にあったプロットだけ書いていきます。

 ナルディアと、アイシクルが戦う場面の後からです。
 そこから場面転換して、
 
 マーシュとジゼルにスポットが切り替わります。
 二人は海賊と別れ、針山のアジトに向かいます
 向かう途中で、ジゼルの剣の文様が光り出します。
 狼か(ケルベロス)決めてません。
 二人は追い詰められていきます。
 そして最後は崖の上で、ジゼルが落とされギリギリの所で踏みとどまります。
 もう駄目だと諦めて、マーシュが石を投げると、魔物はダメージが蓄積します。
 それに気づいたマーシュは、ジゼルを助け、二人はスリング(石)で攻撃していきます。
 今までの攻撃は全くきいてなかったのに、石だと効果があったのです。
 最後は、ぼろぼろになりながら、ジゼルの前で魔物は頭をたれます。
 
 ジゼルは言います。
「どうして私が好きになる男はこう……醜いのか」
 この言葉はデニを好きになって、巨漢のマーシュに助けられ惚れてしまったからでるのです。
 マーシュはボロボロになっていくなかで、ジゼルが女だと気づいていたのです。

 次はフォースたちに視点が変わって、
 最後にはグラスランナー、気づいている人もいると思いますが(マール)です。
 マールの呪歌で、ナルディアは眠ってしまい。
 フォースたちは逃げ出すのです。
 グラスランナーは面白い方を助けたのでしょう。

 二人も、針山のアジトについて、
 ここで外題の通り、「テンペストに温もりを」合い言葉をジゼルがフォースに向かって言います。
 そして、「テンペスト盗賊団」ができあがるのです。

 ライデンの商人、海賊、盗賊、評議会
 風呂敷を広げ過ぎましたが、ライデンの盗賊にまでのし上がる課程で
 「アイシクル」と「ジゼル」は、命を落とす、運命をまといます。
 初めはアイシクルです。その後は「ジゼル」
 マーシュはなんとなく、自分が死ぬってことを理解していて、
 フォースに言うのです。
「俺の運命かな?」
 と、

 そして、その伏線をふまえ、盗賊の長になり、
 マーシュがアシュラムに倒されるシーンを保管して、

 最後生き残った三人は時が過ぎ、アシュラムを探しにいくのです。

 そこで最後に三人が見た物は、玉座に座るアシュラムとそれに寄り添うようにして死んでいるピローテスだった。
 ここで終わります。

 すみません、走り書きですが、

 ロードスの盗賊を愛読している皆様本当に有り難うございました。

 しばらくして記事は削除します。

 
 
 
 無駄に古い物を捨てたくなる時期がある。
 もうそれは自分の身体が、工事現場のショベルカーのようになった勢いで、家屋の掃除や車中の埃と戦うのだが、
 気づくと数秒間惚け、頭の中によぎる考えを消すように作業に没頭する。
 そういうときに限ってゴミ箱というものを忘れ、片付け全てが終わる頃にはそのダストボックスはパラシュートになって、フローリングに降下する。
 自分がしっかりと両腕で抱えるものだから、両手がパラシュートになっている例えなのだが、あながち間違いでもない。
 ゴミ箱にあったゴミたちは綺麗になくなると、スーパーの袋何かできちんと汚れから保護される。
 そうゴミ箱は置物に変わる。
 しっかりとフローリングに着地したな。良しとでも言うように部屋を見渡すと、何かが物足りない。
 今度はデスクに座る。
 座るとどうしても考えが終わらない。
 考えるから動けなくなる。
 なので、自分という感情を一旦、書架の一番上に放り投げる。
 そこから自分以外の人、密接に関係している人間関係に心の視覚が向かう。
 向かうと今度は離れなくなる。
 それは簡単だ、感情というものは書架の一番上に放り投げたのだから。
 何が不味いのか考え始める。
 掃除も終わったというのに、時折デスクの上の埃を気にしながら、
 好きな物を後回しにする者はいても、それを忘れる人は少ない。
 結局の所を劣等感を抱え持っても、そこはかとなく自分に憧れを持ち、それを他人に投影し続ける。
 だが今は書架の上にある。
 大地からすれば雲の上のようなものだ。
 見えるが届かないそれに次第に恨みや、執着を持つ、ただただ考えを、感情をやめたいだけなのに、逆らおうとしようとするときに限って、
 煙草であったり、酒であったり、ポルノであったり、ゲームであったり、依存を作り執着の壁を作る。
 逆らおうとしていることにも気付なくなり、
 カーテンから夕日が差し込む頃には、こう考えこむようになる。
 人間関係に悪いものはリセットしなくてはと、
 嗚呼――しかし高く上げたり実は下げているのは、自分というもの。
 今は書架で微睡んでいるのか? 切り離されて高い分少しは見えるのか?
 ともかくその片付けが終わりやることがなくなると、人に移る人間関係の掃除とでもいおうか、感情を書架においている、今しかできないと。
 客観的に俯瞰したいのか、そこまで遠回りをして、ああでもないこうでもないと過去から繰る未来の連続性に逆らおうとする。
 人に語れない関係が良いなんてとても思えず、密接にいる対象に対策を練るが、曲げていたのは自分だけだと気づく。
 尽きるものは金ではなく心だったと気づいて、金の亡者なのか、ただ単にケチなのかを考えるが、すぐに戻される。
 今、感情は書架にあるんだったと。
 そこで考えるとまるでパントマイムの活劇か何かを見ているように、自分のしてきた行動が繰り返されいたたまれなくが、早く次ぎの整理に向かいたいのか、
 金ではなくやっぱり心なんだと思うようになる。
 これは正しい厭世的に捉えても不幸になるばかりだ。
 世の中の歯車なんてきにするとする、それが戦争になったとき、フィールドを持っている者からすると、強い関心は内面の悲鳴だと捕らわれられる。
 これはフィールドを持つ側が勘違いしようが、パズルのピースのようにぴたりとはまろうが、よくないこと。
 やがてデスクに向かうのが飽きると、感情を捨てたドラマは壮大になる。
 更に性差でいえば男のように合理感を得ようとする。
 もうこの時点でやめたいのだ。
 この片付けというものをそのときにはこう考える、この掃除はきっと意味があって、きっとあれから三年経つ。
 毎回巡ってくる三年周期のフルリセットの時期だとね。
 だれかが吠えたのか感情が先に届くのを嫌うので、ハサミを出すと、はぎれを出してカーテンの代わりにならないかと、切ってゆくが、切った傍から生地はほつれる。
 窓に当てるとどうもしっくりこない。
 それで思い当たる、三年周期で巡るリセット、人も古い物も整理しようとする時期これ自体が危険な考えではないのか。
 巡る考えが、書架に近づきすぎてそのときには、感情は戻っていた。
 もうどうでもよくなったのか。
 フローリングの上に哀れにも人を描く
 
 欲に埋もれて進めなくとも
 咎に包まれていようとも
 多くの悩みは
 コーヒーメーカーのように
 最後は味わいとコクを残してくれる
 
 多いものは必ずなくなる
 少ないものは必ず増える
 だから両手いっぱい抱えたなら
 背中の不幸は抱えきれない
 なぜかって
 必ず立ち上がるからなんだ

 君が人というものをやめようとやっきになって
 他人の言に惑わされたなら
 それが過ちでないなんて
 知る方法は一つだけ
 アクション映画のスタントマンになれないし
 専属のカウンセラーだって面倒
 だからともかく
 そこに身をおくしかなかった
 これからもそうすることしかできない
 それだけは理解できるだろ

 多くの人に賞賛されたいだって?
 金がほしいだって?
 おいおいよく聞こえないね
 そんな人間どこにいる?
 そう思っているのは君だけなんだ
 ジョブスもスピルバーグもコーエン兄弟も
 ビンラディンもジョン・レノンもガガも
 勿論リアーナだって
 他人からの視点なんだ
 本人たちはとても陰鬱だったかもしれない
 君がベクトルを変えるだけで
 今ならなんとなくわかるはずなんだ

 1杯のコーヒーと煙草
 子供の寝顔と時々褒める身内
 頂上についた登山家

 今望むと多くのものを手にした気になるが
 実は多くを望めない
 そのどれもに君はいない

 君は煙草が嫌いかもしれないし
 登山なんて全くもってしらないかもしれいない
 あるのはそこに辿りついたときの感覚なんだ
 だから今あるのは偽物で
 チェックもされてない荷を想像しているに過ぎない
 
 彼方へと繋がると信じているものは
 考えや思考
 そこで比較したって
 何もはじまらない
 君には君がそこでときめいていれば
 栄華はどこにだってある

 今日は晴れてるかい?
 今はどんな気分だい?