長編物語ブログ -7ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン


 椿はアパートの階下にある郵便ポストに手を入れた。そしてごそごそと手を動かすと、中から手紙を見つけた。
 瞳を閉じ、手紙を胸に抱きしめるようにしてから封を開けた。
「愛する 椿へ
 返事が遅くなったこと本当にすまないと思っている。
 おまえはこの手紙を今か今かと待っていたいのだろう。許してほしい。
 椿に親友ができたこと。恋をしていること、本当に素晴らしいことだと思う。椿は今までギターという物に取り憑かれていた。しかしそれを無くせばもはや山中椿ではない。椿はこう考えているのだろうがおじさんは違うと思う。
 なぜならこの世には輝きがあふれている。椿、要は向きなんだ。自分のこころがどこに向いているか君は知らない。撲も知らない。だけどね、手紙の文面でもわかるように、君はとても女の子らしいことをね。
 演奏以外は奥手な君へ撲が恋のアドバイスをするのなら、幻想の壁を打ち破るんだということ。君が夜が怖くて苦しいこと。もしかしたら相手も同じ思いを抱いているのかもしれないよ。思いは伝わるからね。
 恋したからその人の前で嫌われないように、自分を遠ざけるように相手に強く接したり、それとは反対に、相手が接近したら消極的になったりしては駄目だよ。
 それは椿の幻想だから、君が何を相手に見せても嫌われたりはしない。むしろ彼は喜ぶだろう。女の子としておめかしするのもいいけど、一番そこが大事なんだ。
 悪い私の言っていること矛盾しているね。ちなみに言っておくけど、おじさんは恋の相談が一番苦手なんだ。ごめんね椿。
 それでは、今回は少し短いですが、月の始まりにまた会いましょう。
                                   おじさん」

 椿は読み上げて手紙を頬に当て目を細めた。それから鞄にしまうと、フルハウスへと歩いていった。心なしか歩みは早かった。

 恭介は学校も終わりフルハウスへと戻っている最中、隆と椿を窺っていた。昨日まではあんなにべたべたとしてくる隆を嫌がっていた椿は、もうそこにはいなかった。
 帰り際恭介は見た。椿が隆に向かって腕を差し出した瞬間を、
「まずい状況だな恭介」
 恭介は眉を寄せた。
「一回が百回に……」
 恭介は頭を抱えた。最近自分の中では椿と急速に接近できたと思っていたのだ。松尾と良太のからかう声が聞こえる。
「でも微妙だよな……目つきが男に戻ったとはいえ、どこからどう見ても女にしか見えん隆。俺様も凸凹の曲のとき同席してれば良かったぜ! 日本刀を持って歌う隆」
 と、松尾が言うと、
「松尾君それ違うから、日本刀にマイクをつけて歌ってるんだよ」
 良太がそう言うと松尾が良太の頭を軽く叩いた。
「それ同じことじゃねぇか」
 良太は首を振りながら、チッチッチと指を横に振った。
「僕と山中さんの方向性としては日本刀自体がマイクだからね、だから違うんだよ。それに隆君のことだけど、僕らは前を知っているから微妙だと思うけど、他の人から見たら今が普通でしょう。いつも手をつないでいるわけだからさぁ」
 と、良太は言って、しまったと思った。恭介は恨めしそう二人の前に顔を出して、
「うるさい!」
 と怒鳴った。その声で先行していた隆と椿が振り返ると、恭介は口をつり上げ笑って首を振った。
「まぁ大丈夫じゃね? 山中は男として隆を見てねぇかもしれねぇしよぉ」
 と、松尾が言うと良太もコクコクとうなずく。
 しかし恭介は考えたそれはないだろうと。二人にはわからないかもしれないが、あの山中椿が外見で思いを変えるはずがない。
「まぁ元気だせよ、それより隆の歌声どうだった? 俺様にも教えろよ」
「松尾、俺あと五分もすればそれ聞けると思う」
「うるせぇ今しりてぇんだよ」
 良太と恭介は顔を見合わせた。
「女性の声、うーん……うまくいえないや」
 良太がそう言うと、
「SAYA、俺、隆君の歌声はSAYAがベースになっていると思う」
 そして松尾は腕を組んで考えた。豊漁祭の前から知っている真紀が、少しずつ隆の声や歌声と似てきたことを。しかし、それはどこまでいってもオリジナルといえない。
「なるほどな、言いたいことはわかったわ、俺様用事思い出したから、先に帰るぞ」
 と、急に松尾が踵を返したので、良太と恭介は驚いた。
「松尾、練習来ない?」
 松尾は一度振り向いて手を振って走っていった。

 市内にある大型病院、ここは救急指定もされている。その屋上で涼子は制服のまま下を見下ろしていた。松尾は屋上の扉を開くとやっぱりここにいたかと納得した。
「探しましたよ涼子さん」
 涼子は気だるげに振り向いてから松尾を見ると、
「松尾か、煙草くれもう限界だ」
 松尾は歯を剥き出しにして笑った。
「涼子さん、ここは病院で、涼子さんは看護師長です」
「めんどくせぇやつ……で、何だ?」
 松尾は涼子と横に並んだ。地面までの距離を見て目が眩んだが、顔には出さなかった。
「隆、トンネルは抜けたんです。で、歌声が問題なんすよ、ありていに言えばSAYAのものまねです」
 涼子は髪をかき上げて、
「まぁそれでもあいつが歌っている、だから、それなりなんだろ。でもそれじゃあ姫は遠いぞ隆、姫にしたっていつ賞味期限がきれるやら、今は見た目とキャラで持ってる。以前に比べたら段違いだが」
 涼子がつらつらとそう言うと松尾は思った。やはりこの人は見ていないふりをしているだけだ。いつだって隆のことを考えている。
「トンネルを抜ける良い方法があればいいんですが……」
「姫と同じ方法じゃ駄目だ。ジジィどもは隆には使えん」
 涼子がそう言うと、松尾の表情は曇った。まず第一の候補を潰されてしまったからだ。
「時間がかかるな、松尾今回ばかりは小細工は通用しない。何かできる奴がいるとするならば……それは椿だろうな」
「じゃあ俺はまた黙って見てろと! あいつは一番の親友なんです。隆がぶっ壊れてるの見るのもう見るのいやなんすよ」
 涼子は口元に手を当て息を吐いた。まるで煙草を吸っているように。
「おまえはおまえのやることが必ずある。断言できる」
 松尾にとってはただの慰めの言葉だったが、涼子は本気でそう考えていた。
「それじゃ俺行きます、ありがとうございました」
「礼を言うのは俺だよ俺」
 松尾は何度も頭を下げて帰っていった。
 涼子はそれからしばらく屋上に立っていた。
 いつからこう風が冷たくなったのか、思い出の味がしなくなったのか自分自身に問うた。

 いつもは薄暗い椿の部屋が今日に限っては明るかった。
 整理されてはいるがとても偏りの激しい室内を母は見渡し、苦笑いを浮かべた。この年頃の女の子ならば、ぬいぐるみが控えめに隠され、ファッション雑誌が そこかしこにあってもおかしくはないが、椿の部屋はぬいぐるみがギターに変わり、ファッション雑誌が音楽雑誌と楽譜に変わっていた。
 椿はそんな母を見て、訝しんだ。
「ママどうしてあたしの部屋に来るの?」
「椿は隆君のことが好き?」
 会話すら成立しない文言だった。母は椿に恋愛というものを教えたいのだろうが、椿にとってそれは最も理解不能であることに違いない。なぜなら彼女の頭の中はほとんどがギターで構成されているのだ。
 しかし母は気づいていた。椿だけではなく隆にしても椿に恋愛感情を抱いていると。それはこの先二人が何かに躓いてしまったときにわかるだろう。
「あなたたちは大変ね。常に音楽というものが先にあるんだもの」
 母が上品に笑いながらそう言うと、椿は(?)母を見つめた。
「広大さんも苦労してるわね。彼の日常を作るのに」
 母はそう言って笑った。そして襖を開けて戻ってくると、両手に抱えていたスーパーの袋を畳みに下ろした。
「ママ、今日は行かないの?」
 椿は右腕を何かを握る動作のまま右にひねった。
「今日はね広大さんから連絡があったの、さすがにママも、人様の子を預かる責任を放棄できないでしょう」
 椿はスーパーの袋を見ながら察しがついた。
「隆、昨日は何も言ってなかったのに……」
「言ったらあなたがまた、来るなって言うからでしょう」
 椿は押し黙った。
「大丈夫、ここでみんなで夕食にしましょう、それなら問題ないでしょう。総菜ばかりだけど、ここの店のは美味しいのよ」
 母がそう言うと椿は渋々納得した。
 襖が開く音がして、椿が振り返ると、
「おじゃまします」
 隆がいたので、椿は驚いた。
「チャイムを切ってても、玄関から名前を呼ぶとか、ノックするとできないの?」
「いいじゃん別にめんどくせぇし」
 隆がそう言うと母は笑っていた。こんな家に一度来て、次にまた来てくれるなど考えていなかった。
 しかし普通と違う隆は全く気にしていなかった。
「オレ腹減った……つばきんち遠いわ……」
 母は畳の上に総菜を並べて言った。
「ごめんね隆君、こんな物ばかりで」
「うまそう、おばちゃんこれくっていい?」
 と、隆が総菜のパックを一つ取った。
「それあたしが目をつけてたんだからね!」
「うるせぇよとったもんがち」
 母は紙コップにお茶を注ぎながら、そんな二人を見つめていたが、ふと影が落ち、悲壮さが滲み出たような表情をした。

 源二は工場に並ぶ若者達を眺めていた。腕を組み、目力を込め、彼等はこれから一日の仕事が始まるという気合いに溢れていた。
 やがて朝礼が終わると、若い従業員たちは源二の下までやってきた。
 源二はジュースの入った袋を、その中でも一番の年長者に渡す。しかし目線はテレビに釘付けだった。
 テレビでは中継をやっていた。女性リポーターが風に弄ばれている髪の毛を必死に押さえながら、喋っていたが、端からヌッと一人の有名人が現れた。
「鞘さん早いですよ。まだ紹介が」
 と、リポーターがマイクに向かって言うと、
「サプライズさ、こっちの方が面白いだろ」
 と、鞘が完全にテレビに映され言った。
「……」
 リポーターは一瞬沈黙しかけた。
「今見えます、後ろのドームで歌手の鞘さんのコンサートが今月の――」
 と、リポーターが言い終わらないうちに、
「源さんテレビ見てますか? きちんとメール届きましたか?」
 リポーターは打ち合わせに全くない言葉を鞘が言ったので、呆気にとられ言葉を失った。
「テレビを見ているみんなにはわからないな、一応説明。地元で俺が世話になったコーチです。今日、舞からマスターに電話をして、アドレスを聞きました」
 と、鞘が話していると、
「鞘さん?」
 引きつった顔で鞘を促す。
「うるさいなぁおまえ……別にいいだろう、ファンのみんなにも知ってもらいたいんだよ、恩師なんだこの人がいるから今の俺がある」
 源二は画面を見たまま笑っていた、豪快に。しかし工場の中にいた従業員たちは言葉を失った。
「がんばっとるなぁ! 儂は嬉しいぞ!」
 大声で、源二はまるでテレビ越しにその声が届きそうな勢いで言った。
「おい、源さんってバンドやってたよな……」
 従業員の一人がそう言うと、
「まさかな……」
 更にそう続いた。
「豊漁祭には参加してたらしいぞ」
 源二が鬼のような形相で振り返った。
「おまえらも、こいつを見習って仕事せぇ! もう休憩終わったやろうが!」
 源二に一喝されて、慌てて従業員たちは走っていった。
 源二は笑いながらテレビ画面に映る鞘をずっと見つめていた。
 雲に隠れた月が顔を覗かせると少しだけ撲はほっとした。
 長い長い時間それは隠されていたようにも思うし、ほんの一瞬夜空が気まぐれに腕をまくったのかもしれない。
 飴色の古い机があって撲はその上に腰掛けている。
 椅子の上ではなく机の上にだ。そして窓から見える光景を無感情に心の中に投影している。次第に撲の心は? あるのかわからないけれど……壺に水がたまるように何かが漠然といっぱいになってあふれ出しそうになる。
 だけど撲はそれが何なのかはよく知らない。
 妹がいたように思う。六月になってよく撲に雨が毎日降るよね、いやになるよねと言っていた。
 少しだけ肩より長い髪の毛で黒目が穏やかな妹。雨が嫌いだって言ってる割には水たまりを見つけるとはしゃいでいたね。
 アパートから見えるこの小さな世界は撲を映す。それはとても残酷で、今にも撲の心があるのならばだけど、潰れてしまいそう、対面にある三面鏡は机にいるはずの撲の姿を映してくれない。撲はもう、ずっとこの場所から動いていないのに、春がやがて夏になって夏がやがて秋になって冬になっても撲はこの場所から動けない。
 だから少しずつ希薄になってゆく記憶を頼りに、旅行に出かける。
 撲には妹の他にお父さんがいたように思う。だからきっとこの目の前でむせび泣いている人はお父さんだと思う。
 でも確信が持てない。どことなく白髪のある場所や、頬に傷があることや、いつも汚いシャツを着ていただとか、そんなことばかりがひっかかる。
「アキラ、覚えてるか初めておまえを泳ぎにつれていったときのことだ」
 男の人は訥々と語り始めた。
「あのとき父さんはな、やっちゃんとこの桜ちゃんのことをおまえが好きなこと知ってておまえのかっこいいところ見せてやろうって思ってたんだぞ、父さんまで恋しちゃったみたいだったぞ、おまえの気持ちがな――ふわっと伝わってきたんだ。少しだけだけどな……ああこれが家族なんだなって、絵里子が死んでからリョウとアキラだけになって初めてそう思えたんだ」
 男の人は両手で顔を覆い泣き始めた。
 撲は記憶旅行を中断して男の人の言葉に注意をかたむけた。どことなく聞き覚えがあるような気がした。
 桜ちゃん……桜桜……駄目だ胸が苦しくて悲しくなるばかりで零れていく記憶をせき止めることができない。この人が撲の父さんのような気がするのはきっとドラマや、本の中でそんな状況を撲が知っているからかもしれない。
 いつだって曖昧でいつだって満腹でうまく表せないけれど、撲は物をつかむことも、動くこともできない。
 つまりは考えたくはないけど死んじゃったってことなんだと思う。
 リョウが? 撲の妹が泣いていたように思う。でも撲はリョウを助けることができて満足できたよ? 難しい考えるってことはすごく難しい。
「俺はおまえと話したい、なぁアキラおまえどこかに今もいて俺を見てるんだろ、何とか言ってくれよ、父さんに教えてくれよ」
 絨毯に落ちた煙草が輪になって炎がくすぶった。男の人が手から煙草を落としたからだ。
 撲はこのままでは火事になってしまうと思った。だけど撲の身体は動かないし、手を伸ばすこともできない。
 男の人は一度だけ涙を拭う手を止めて、絨毯を見たが、黒目を天井に向け更に泣き始めた。このままじゃこの人死んじゃう。
 どうすればいいんだろう……どうすればこの人を助けることが出来るんだろう……リョウリョウ……教えて撲どうすばいいの?
 撲は必死に考えた。零れでる記憶を無視し、自我を保つことを止めてひたすら考えた……きっと撲はもうこれでおしまいなのだろう、風船が破裂するみたいに、破れてどこかにいってしまうんだ、でも撲はこの人を助けたい。
 リョウリョウどこにいるの? おにぃちゃんはここだよ、撲の声が聞こえる? 撲は必死に呼びかけた。
 寝室が見えてきた。母さんと父さんが昔使っていた大きなベット、リョウはその端で眠っていた。撲は動けないし、声を出すことができないけれど、なぜだか今ならリョウと話せるという確信があった。
「リョウ聞いて、父さんが死んじゃう、隣の部屋が燃えちゃう!」
 撲は声の限りにそう叫んだ。
 するとリョウは目を開けた。眠りから覚めたような目つきじゃなかった。
「知ってるよでもいいの、おにぃちゃんと同じ世界にリョウも行くから、夢でいつもおにぃちゃんを見てた」
 撲は目の前が真っ暗になった。それじゃあリョウも死んじゃうってことだ。
 撲は胸が苦しくて悲しくなった。死ぬってことは終わりなんだ。記憶が身体が何もかもがなくなってしまうってことなんだ。リョウはそれを知らない。
「駄目だ! 撲はアキラいつだってリョウの傍にいる、撲たちは繋がっているんだ。リョウには見えないの? この繋がりの糸が!」
 撲はさっきから視界の隅で浮かんでは消える銀糸を心の中で手繰り寄せた。
「アキラとはいつでも一緒?」
「そうだよリョウ」
 撲は更に糸を手繰り寄せた。
「すごい、綺麗、この糸は切れない?」
「ああ、撲が消えても繋がっているんだ」
 撲の願いのまま祈るように言った。
「わかった、リョウ間違ってた」
 リョウはむくむくと起き上がると襖を開け、廊下をとたとたと走り、扉の前で止まって、開けると大声で言った。
「お父さんやめて! お願い リョウはここにいるから! アキラもここにいるから!」
 撲は机の上からリョウの必死な顔を見た。とっても綺麗で透き通るような目をしていた。父さんはゆっくりと振り返り、火を消し始めた。
 煙に巻かれた部屋、銀糸が伸びそれは僕たち三人に繋がっていた。撲は確かにそれを見た。いつだって心にあるものは一ついつだって思い描くことができる、だから撲が消えても必ず、一つだけはこの銀糸のように残るんだ。
 やがてうっすらになった撲の身体、実態を失い始めた身体、リョウは血が出るほど唇を噛み撲を見て笑った。
 最後の最後に記憶をくれてありがとう神様。