椿はアパートの階下にある郵便ポストに手を入れた。そしてごそごそと手を動かすと、中から手紙を見つけた。
瞳を閉じ、手紙を胸に抱きしめるようにしてから封を開けた。
「愛する 椿へ
返事が遅くなったこと本当にすまないと思っている。
おまえはこの手紙を今か今かと待っていたいのだろう。許してほしい。
椿に親友ができたこと。恋をしていること、本当に素晴らしいことだと思う。椿は今までギターという物に取り憑かれていた。しかしそれを無くせばもはや山中椿ではない。椿はこう考えているのだろうがおじさんは違うと思う。
なぜならこの世には輝きがあふれている。椿、要は向きなんだ。自分のこころがどこに向いているか君は知らない。撲も知らない。だけどね、手紙の文面でもわかるように、君はとても女の子らしいことをね。
演奏以外は奥手な君へ撲が恋のアドバイスをするのなら、幻想の壁を打ち破るんだということ。君が夜が怖くて苦しいこと。もしかしたら相手も同じ思いを抱いているのかもしれないよ。思いは伝わるからね。
恋したからその人の前で嫌われないように、自分を遠ざけるように相手に強く接したり、それとは反対に、相手が接近したら消極的になったりしては駄目だよ。
それは椿の幻想だから、君が何を相手に見せても嫌われたりはしない。むしろ彼は喜ぶだろう。女の子としておめかしするのもいいけど、一番そこが大事なんだ。
悪い私の言っていること矛盾しているね。ちなみに言っておくけど、おじさんは恋の相談が一番苦手なんだ。ごめんね椿。
それでは、今回は少し短いですが、月の始まりにまた会いましょう。
おじさん」
椿は読み上げて手紙を頬に当て目を細めた。それから鞄にしまうと、フルハウスへと歩いていった。心なしか歩みは早かった。
恭介は学校も終わりフルハウスへと戻っている最中、隆と椿を窺っていた。昨日まではあんなにべたべたとしてくる隆を嫌がっていた椿は、もうそこにはいなかった。
帰り際恭介は見た。椿が隆に向かって腕を差し出した瞬間を、
「まずい状況だな恭介」
恭介は眉を寄せた。
「一回が百回に……」
恭介は頭を抱えた。最近自分の中では椿と急速に接近できたと思っていたのだ。松尾と良太のからかう声が聞こえる。
「でも微妙だよな……目つきが男に戻ったとはいえ、どこからどう見ても女にしか見えん隆。俺様も凸凹の曲のとき同席してれば良かったぜ! 日本刀を持って歌う隆」
と、松尾が言うと、
「松尾君それ違うから、日本刀にマイクをつけて歌ってるんだよ」
良太がそう言うと松尾が良太の頭を軽く叩いた。
「それ同じことじゃねぇか」
良太は首を振りながら、チッチッチと指を横に振った。
「僕と山中さんの方向性としては日本刀自体がマイクだからね、だから違うんだよ。それに隆君のことだけど、僕らは前を知っているから微妙だと思うけど、他の人から見たら今が普通でしょう。いつも手をつないでいるわけだからさぁ」
と、良太は言って、しまったと思った。恭介は恨めしそう二人の前に顔を出して、
「うるさい!」
と怒鳴った。その声で先行していた隆と椿が振り返ると、恭介は口をつり上げ笑って首を振った。
「まぁ大丈夫じゃね? 山中は男として隆を見てねぇかもしれねぇしよぉ」
と、松尾が言うと良太もコクコクとうなずく。
しかし恭介は考えたそれはないだろうと。二人にはわからないかもしれないが、あの山中椿が外見で思いを変えるはずがない。
「まぁ元気だせよ、それより隆の歌声どうだった? 俺様にも教えろよ」
「松尾、俺あと五分もすればそれ聞けると思う」
「うるせぇ今しりてぇんだよ」
良太と恭介は顔を見合わせた。
「女性の声、うーん……うまくいえないや」
良太がそう言うと、
「SAYA、俺、隆君の歌声はSAYAがベースになっていると思う」
そして松尾は腕を組んで考えた。豊漁祭の前から知っている真紀が、少しずつ隆の声や歌声と似てきたことを。しかし、それはどこまでいってもオリジナルといえない。
「なるほどな、言いたいことはわかったわ、俺様用事思い出したから、先に帰るぞ」
と、急に松尾が踵を返したので、良太と恭介は驚いた。
「松尾、練習来ない?」
松尾は一度振り向いて手を振って走っていった。
市内にある大型病院、ここは救急指定もされている。その屋上で涼子は制服のまま下を見下ろしていた。松尾は屋上の扉を開くとやっぱりここにいたかと納得した。
「探しましたよ涼子さん」
涼子は気だるげに振り向いてから松尾を見ると、
「松尾か、煙草くれもう限界だ」
松尾は歯を剥き出しにして笑った。
「涼子さん、ここは病院で、涼子さんは看護師長です」
「めんどくせぇやつ……で、何だ?」
松尾は涼子と横に並んだ。地面までの距離を見て目が眩んだが、顔には出さなかった。
「隆、トンネルは抜けたんです。で、歌声が問題なんすよ、ありていに言えばSAYAのものまねです」
涼子は髪をかき上げて、
「まぁそれでもあいつが歌っている、だから、それなりなんだろ。でもそれじゃあ姫は遠いぞ隆、姫にしたっていつ賞味期限がきれるやら、今は見た目とキャラで持ってる。以前に比べたら段違いだが」
涼子がつらつらとそう言うと松尾は思った。やはりこの人は見ていないふりをしているだけだ。いつだって隆のことを考えている。
「トンネルを抜ける良い方法があればいいんですが……」
「姫と同じ方法じゃ駄目だ。ジジィどもは隆には使えん」
涼子がそう言うと、松尾の表情は曇った。まず第一の候補を潰されてしまったからだ。
「時間がかかるな、松尾今回ばかりは小細工は通用しない。何かできる奴がいるとするならば……それは椿だろうな」
「じゃあ俺はまた黙って見てろと! あいつは一番の親友なんです。隆がぶっ壊れてるの見るのもう見るのいやなんすよ」
涼子は口元に手を当て息を吐いた。まるで煙草を吸っているように。
「おまえはおまえのやることが必ずある。断言できる」
松尾にとってはただの慰めの言葉だったが、涼子は本気でそう考えていた。
「それじゃ俺行きます、ありがとうございました」
「礼を言うのは俺だよ俺」
松尾は何度も頭を下げて帰っていった。
涼子はそれからしばらく屋上に立っていた。
いつからこう風が冷たくなったのか、思い出の味がしなくなったのか自分自身に問うた。