長編物語ブログ -38ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

濡れた髪の毛にバスタオルを引っかけ、窓を開ける。室内に肌寒い風が入り込み、眠っている良太は寒さから逃げるように寝返りを打った。
 恭介は時計を確認する。午前七時二十分。起きるにはまだ早いかと思いつつ、良太の眠りを妨げないように窓を閉める。
 とても安らかな寝顔だ。長い睫に白い肌、恭介は良太の寝顔を見ると何だか今日も一日頑張れるような気がした。
 良太は恭介が病気だと打ち明けてからというもの、「恭ちゃんが眠るまで起きてるから」といいつつ、毎回恭介よりも早く寝てしまうのだ。昨日の夜も良太は自分の家で夕食と入浴を済ませると恭介の家にきていた。
 昨日のライブは良太と恭介にとって刺激的なものだった。二人は夜遅くなってもいつまでもライブの話しをしていた。
「良太君、朝だよ」
 恭介が肩を揺すると良太はゆっくりと瞼を開けた。
「おはよう、恭ちゃん。僕、ライブの夢みちゃった」
 と、良太は言って布団をかぶったまま、テヘと笑った。
「何だか、今日の朝はいつもと少し違うような気がする、おれ」
「うんうん、自分で言うのもおかしいけど、僕たち頑張ったよね」
 恭介は首をこくりと下げた。
「でもやっぱりあの三人はすごいなぁ」
「おれたちも、すごい」
「だよねぇ、初めは何もできなかったもん」
 良太は起き上がって髪をくしゃくしゃっとして、欠伸を漏らした。
「次はオリジナルみたいだけど、大丈夫かな?」
「おれたちは、おれたちなりにやればいい」
「そだね」
 と、良太は言ってベットから出て背伸びをした。
「じゃあ恭ちゃん、用意してまた来るねぇ」
「気をつけて」
「気をつけるって、もう! そこからそこだし」
 と、良太は言って、勝手口に向かった。
 恭介の家から良太の家まで自転車で五分とかからない距離にある。恭介の家が道路の角に建っていて、クリスマスライブも行われた、城西中学校の前にあるのが良太の家になる。 恭介は窓を全開にして部屋の換気を行った。
 それから少しだけ散らかった室内を片付け始めた。

 いつもの交差点で凸凹バンドのメンバーたちは落ち合い校門に向かっている。
「しかしあれだな、良太より恭介のほうが緊張してなかったようにみえたぞ、おれ様」
「そうね、恭介は意外とまともだったわよ。うちで即興のデータをパソコンに取り込んで聴いてみたんだけど、恭介はぶれながらもこなしてたわよ」
 椿は頬に張り付いた髪の毛をはねのけて言った。
「おれは予想通りだった。いざとなれば頼りになるだろ、なぁ良太」
 隆はそう言って良太の背中を叩いた。
「うん! 恭ちゃんはそうやって、いつも僕を助けてくれるんだよ」
「良太君も頑張ってた」
 恭介は照れながら言った。
「今日からオリジナルやるわよ。といっても初めから何曲も作れないと思うから、二曲に絞っていくわ」
「はい!」
「返事だけはいいよな、良太は」
「確かにな……アリエネェ」
 と、松尾と隆が揶揄すると、恭介は二人の前にぬっと進み出た。
「わかったよ、悪かった」
「落ち着け」
 良太はクスクスと笑った。
 それから校門を抜けて二人は駐輪場に向かった。
 良太はそそくさと先にいく。
 生徒用玄関に続く階段を上っていると、引きつった表情の恭介が横に並んだ。
 良太は何も言わず満面の笑顔で答えた。
 この光景を少し離れた距離で見ている者がいた。津田美咲は階段を仲良く上る二人を立ち止まり見ていた。目を細め睨みながら。
 
 ただより高い物はないと昔の人はよく言ったが、山中椿は両手にダンボール箱を抱えて仏頂面だった。
 昼休みジュースジャンケンで隆が負けて、学食に行くのが面倒だと言ったので椿は、「おごってくれるのなら、あたしが変わってあげるわ」
 と言って、学食に向かっていたのだが数学教師に、職員室に担任の村山先生の下へ書類を届けてほしいと言われて、断り切れずに今に至る。
 椿は職員室の扉を開けた。すぐに村山は見つかった。椿を見て首を傾げた。
 そして椿が近づいていくと慌てて席を立ち、椿が持っていた、ダンボール箱を村山が抱え直した。
「悪いな、山中、貴重な昼休みに」
 と、言って箱を机の横に置いて座る。
「いえ、それでは失礼します」と、言って立ち去ろうとすると、村山の机の上に置いてあった資料が目に入る。
「ああ、これか、今年の豊漁祭は規模が大きくてな、なんと言ったか……演歌歌手の鳥羽八郎も来るだとか、うちのブラスバンド部も鼓笛隊に参加するらしくてな、そうそうカラオケ大会もあるって言ったな」
「そうですか……」
 椿はさして興味がなさそうである。早々に会話を切り上げて学食に行きたいのだ。
「ともかく助かった、ありがとうな山中」
 と村山が言って椿は踵を返しかけたが、ふと考えて立ち止まる。
「あのカラオケ大会って言いましたよね、それってバンドは参加できますか?」
 椿がそう言うと村山はプログラムを確認している。
「特にこれには書いてないな、そうか!」
 村山は合点がいったという顔つきになって、
「先生が問い合わせて、交渉してみるとしよう」
「いいんですか?」
「あまり期待されても困るが、やるだけやってみよう」
 と、村山は言った。
「ありがとうございます」
 そうして椿は職員室を出て学食でジュースを買って、教室に戻ると、
「おせぇよ!」
「仕方ないじゃない、寄り道してたんだから!」
「何だよ寄り道って」
 椿は無視をしてジュースを配る。
「いただきます」
「無視かよ」
 椿は隆を睨む。
「別に悪いことじゃないわよ、むしろ朗報よ、正式に決まってからみんなに話すわ」
 そう言って椿の遅い昼食が始まった。
 良太と恭介は顔を見合わせている。
「それより、次からあたし、ジュースジャンケンには参加しない」
 椿は重い書類を持たされたことにご立腹のようだった。

 授業が終わり鞄を持って少し歩いてから振り返る。
 すると恭介は良太の隣に並んだ。
「バンドの練習に、い、いこう」
「うん」
 二人は歩き出す。津田美咲は数人の女子とともに良太を見ていた。
 恭介は被害妄想的にそれを受け止めオドオドとしているが、良太はまったくもって気付いていない。
「恭介バンドいくぞぉ」
 と、松尾がF組の扉を開けて言った。
「松尾君……」
 恭介は一瞬視線が集まったことで顔を真っ赤にさせた。
「やぁF組のみなさん」
 と、松尾が軽口を叩いていると、恭介は松尾の前にぬっと進み出た。
「わかったわかった、それより行くぞ」
「あれ? 隆君は?」
「よ! 凸凹コンビ」
 良太と恭介が扉を開けると隆がいて、椿は壁に背をつけて待っていた。
「山中さんまでいる、どうしたのみんな?」
 椿は顔を上げて二人を視界に収めると、言った。
「それくらいのこともわからないの? フルハウスミニライブで凸凹コンビの格が上がったのよ。空気読みなさい」
「じゃあ今まではやっぱり下っ端だったんですね。でも――僕、すごく嬉しい。こうしてみんながきてくれるなんて」
 と良太は涙ぐんで恭介のほうを見た。
 恭介は深く頷く。
「じゃ、いくぞ、いつまでもたらたら話してないで」
 そうして隆を先頭に歩き出した。
 中央にある階段から二階へ降りる。職員室の前の廊下を通っていると、扉が開いて、
「ちょうどよかった、山中」
 担任の村山が中から出てきて言った。
「はい?」
「今、先生、豊漁際のカラオケ大会の件で役場の人に確認したんだが、機材とか用意してくれるなら許可を出すと言っていた。でな、岩城先生、失礼、元先生に機材を借りられないか電話かけたら、二つ返事だった」
「本当ですか!」
「ああ、間違いない」
 岩城とはフルハウスのマスターである。
「後でお礼を言っておくように」
「はい! 先生も、ありがとうございました」
 椿は頭を下げた。
「おいおいおいおい! そういうことかよ! みなぎってきたぜ!」
 松尾が大声でまくしたてる。
「豊漁祭か、でも、時間間に合うか? 二週間ないだろ」
「二週間あれば充分よ。それにしぬきでやればいいし」
「恭ちゃん大丈夫かなぁ、ぼくたち、足引っ張らないかなぁ」
「大丈夫」
「根拠は?」
「ない、でも、あえて言うなら、おれたち凸凹コンビ」
「恭介、言っておくが、地方のテレビ局だけじゃないからな……」
 恭介は恨めしそうに松尾を見つめた。
「そうと決まれば、急ぎましょう、こうしてる時間がおしいわ」
 椿は村山に向かってもう一度頭を下げる。
「先生、応援してるぞ」
「がんばります」
 そうして凸凹バンドのメンバーと松尾は急いでフルハウスへと向かった。

 真紀は猛烈にだだをこねていた。これでは本当に隆の言う大きな子供である。
「みんなと一緒がいい。昨日だって真紀だけ遅れて――」
「仕方ないでしょう、映像はごまかせないわよ。テレビ局が入るっていうし」
「じゃあ、SAYAとして映る」
 椿が真紀の瞳を覗き込む。
「……」
「と・に・か・くだ。おまえはおとなしくしてろ。な」 
真紀はシュンとして何も言えなくなった。
「どのみち、凸凹コンビに作曲はできないから、あたしたち三人で曲の方を作るから、昨日の即興のメロディで、隆の悟りで……詞の方は一人一つ各自持ち寄って、メロディに当てていく、いい?」
「隆の悟り」
「隆君の悟り」
「さ、さとり……」
 隆が眉を寄せて男性陣を睨む。
「おまえらなぁしつこいぞ。呪いの歌作るぞこの野郎」
「隆君が言うと怖いよぉ」
 良太は怯える。
「大丈夫だから良太君」
「でもなぁ、呪いじゃねぇけど、予知はあるかもな」
 松尾は意味深な顔をして言った。
 良太は青ざめる。
「ほ、ほんとですか!」
「さぁどっちだろうなぁ」
 隆もニヒルに笑いながら言った。
「良太おまえさ、恭介と一緒に寝てるだろ」
 良太は驚いて目を大きく開ける。
「で、二人であぁいうことや、そういうことをしてるんだろ?」
「ああいうこと?」
「だから、そう言うことだよ」
「隆はなおまえらに、ホ――」
 椿は手元にあった音楽雑誌で松尾の頭を叩く。
「バカ言ってないの」
「でも、どうして僕と恭ちゃんが一緒に寝てるって知ってるの?」
「そりゃな、松尾に聞いたからな」
 と、隆は言って笑って、
「恭介の病気のためだろ」
 と、続けた。
 隆たちが盛り上がっているとスタジオの扉が開いて、老人バンドの三人が現れた。
「こんにちわ!」
 皆、元気よく挨拶をする。
 椿がマスターの下まで歩みよって、
「マスター、豊漁祭の件、ありがとうございました」
「私一人じゃセッティングしたりするのは、無理だからね。お礼を言うのなら二人にも」 と、マスターは言って振り返る。
「源さんありがとう。ほら、みんな」
 メンバーは声を揃えて、
「ありがとうございます」
「まぁその、あれじゃあ、わしらもどうせ豊漁祭には行くけんのぅ」
 と、源二が言うと、
「また、源さん素直じゃないんやけん」
 ユキエが源二の肩を撫でるように叩いて、言った。
「真紀! やるど!」
 源二は真紀の下へ足早に向かった。
「はい!」
 そうして個人練習が始まった。

 椿は音楽理論を理解しているが、隆や真紀に至っては椿ほどに知らない。
 これは大衆音楽のプロでも当てはまることで、音楽理論を全く知らないまま解散していくバンドも珍しくはない。
 老人バンドの個人練習が終わり、いつもなら練習は終わる時間なのだが、今日はそうはいかず、メンバーたちの疲労の濃い顔が時間の長さを物語っていた。
 まずリーダーである椿がキーを決める。次に隆が歌い出す。そして次々に各パートの音が流れ出す。真紀はキーボードをひいている。
 椿は室内の中央にある大きな時計を見て、手を二回叩いた。
「集合」
と大きな声で言うとメンバーは演奏を中断して集まる。
「もう時間も時間だし、良太と恭介は家が遠いから、帰っていいわ」
「でも、僕たちまだやれます」
「家の人が心配するでしょ」
「凸凹コンビあまり気負うな、こういうのはな、何度も何度も何度も繰り返すんだ。嫌というほど、ああもう吐きそうだってくらいな」
 隆がそう言うと、良太は安心したような顔つきになる。自分たちが足を引っ張っていると自覚しているのだ。
「楽器がうまいから、必ずしも良い曲になるとは限らないのよ。凸凹コンビは、今はどんな好きな曲でもいい、それを模倣すること。あたしは色々なバンドを見てきたわけだけど、みんなそうして上達するの、あまり肩に力を入れすぎないように」
「じゃあおつかれな」
 と、松尾が手を挙げて出て行く。
「じゃあ僕たちも帰ろうか恭ちゃん。おつかれ、また明日」
 恭介は良太を支えるように背を押して、出て行きかけたが、振り返る。
「みんなおつかれ」
 俯きながらもはっきりとそう答えた。
「気をつけてね」
「さようならぁ」
 スタジオは一瞬静まり帰る。
「隆――隆――」
「何だ? 今おれ頭が違うところいってたわ」
「違うところって、どこか楽しいところ?」
「真紀、おまえの頭の中はいつも花が咲いてるんだろ。黄泉に逝ってた」
「黄泉って……隆君幽霊じゃないんだから」
「隆はね、詞とか曲とか浮かぶとき、ふざけてそう言うのよ」
 真紀はあきれている。
「まぁ昨日の歌あるだろ、それの全体の構想と詩、題名が浮かんだ。この曲の題名の意味は深い。東洋音楽が西洋音楽に持つ劣等感的意味合いもある。マスターの経済力を借りないと表現は無理だなぁ」
 と、隆は言って口を開けて間抜けに笑った。
「聞かせて!」
 そうして隆が曲の構想を語り終わると、椿と真紀はまるで、偶然拾った宝くじが一等だったような顔をして隆を見上げた。
「すごい! すごすぎる」
「どうすれば隆君みたいになれる? 真紀にも教えて!」
「じつは瀬会い海岸に真紀の運転でいっただろ、あのときかな、じわじわときてたんだよなぁ、で、ミニライブで涼子を見て興奮して、さっき繋がった」
 隆は「アリエネェ」と言って頭をばんばんと叩いてる。
「でも、規模を考えないと、大変なことになるわね」
「凸凹バンドでセッションしてるときから、隆君変だったし……そういうことだったんだ――」
「って、ジャム・セッション形式の作曲じゃあ駄目だわ。まずは楽器を決めないと」
「単純なものなら、松尾にさせる。あいつには恨みがたまってるからなぁ」
 隆は、にやりと笑った。
「でも、二曲あるでしょう椿ちゃん」
「そうよね。でもこれで、メインの曲は出来たわけだし」
「二曲、重い曲だと、観客もつまらないでしょう」
「わかったわよ。二曲目はみんなで作りましょう。原点に一度返ってみて、曲の善し悪しは方法論にすぎないと思っていた時代に――」
「ねぇ、真紀……お腹すいたぁ」
真紀は腹部をさすり首を傾け椿にしなだれかかり、言った。
 目の前に隆の顔があった。椿は飛び起きて状況を確認した。自分が一体どこで何をしているのか、ということを失念していた。しかしそれも隆の布団へと今にも落ちそうになっている真紀の姿を見ると理解に及んだ。真紀は口を開けて寝ている。椿は真紀の寝相の悪さで布団から落とされていたのだ。
 気付かなかったとはいえ隆と同じ布団で寝ていたのだ。椿は顔が熱くなっていることを自覚した。
 昨日は帰りも真紀の危険な運転が良くも悪くも刺激を与え、フルハウスへと帰るまで飽きるということは全くなかった。真紀は疲れたのか、帰るとすぐに寝てしまった。
 椿は枕元にある目覚まし時計のスイッチをオフにした。
「今日くらい休んでも罰は当たらないわよ、真紀」
 そう言って椿のバイトでもある家事を始めた。
 ベランダに衣類を干していると、マスターが表にある植木鉢に水をやっていたので、椿は元気よく、
「おはようございます」
 と、言った。
「やあ、おはよう、丁度良かった椿ちゃん後で下に」
「はい?」
「君に用事があるんだ」
「わかりました」
 マスターはそう言うと店内に入っていった。
 日曜なので、椿のバイトはいつもよりも早く終わった。
 時間を確認する。
 自分が働いた分の代金はきっちりともらう。十七歳の少女にしては、しっかりとしている。

 階下に行くとマスターが店内にいなかったので、椿は表に出た。
 するとマスターは店先にイーゼル・黒板を設置していた。そこにはポップな文字でこう書かれていた。「フルハウスミニライブ」椿は合点がいった。
 フルハウスは月に一度のペースで休日にミニライブを行うのだが、それが今日なのだ。
「椿ちゃん、一曲演奏してみないかい?」
「あたしがですか?」
「や、凸凹バンドが、だ」
「いいんですか?」
「もちろんいいとも、君たちの都合が悪くないならね」
 椿は拳をぎゅっと握って、
「やらせてください!」
「実はこれは内緒なんだが、涼子と恵ちゃんも来るから、そのことは――」
「わかってます。マスター、ぎりぎりまで、内緒にしててください! うちは凸凹コンビも演奏どころじゃなくなりますから」
「わかった」
 椿は部屋まで走るとライブの時間帯の前に、楽器持参で集合するようにとメールを打った。
 そしてメンバー以外の松尾にもメールをした。

 良太は首を傾げながらメールをしていた。内容は「ごめんね、津田さん急にバンドの練習が入っちゃって、今日も無理になっちゃった」という内容だった。
 クラスメイトの津田と日曜の夜に約束をしていたのだが、椿の招集で断りを入れたのだ。
「恭ちゃん、山中さんがメールで楽器を持って七時に噴水集合だって、おかしいよね夜から練習なんて始めてだし、どうして噴水に集合なんだろ」
「うん、オレよくわからないけど、山中さんは山中さんの考えがあるんだよ、きっと」
「オレ様にもメール来てるぞ」
 松尾と良太は昨夜から恭介の家に泊まっていたのだ。
 コントローラーを握りゲームに夢中の松尾。
「こいつよくも!」
「二次元に言葉は届かないよ、今の僕なら、それがはっきりとわかる」
「良太君マニアックだよ」
 松尾は格闘ゲームをしている。今ではこの部屋のゲーム機は松尾専用になりつつある。
「恭ちゃん僕たちは練習しよう、あと一回で百回だよ、今日で終わるね」
「あっという間だった。オレこのまえクリスマスライブに行ったように感じる」
「ケンカライブが初めて経験したライブだったんだね。でも、僕たちは運がよかったのかもしれない」
「うん、オレもそう思う」
「オレはアウトローだからなケンカは強い」
「でも、ゲームは下手」
「うるせぇや」
 恭介は笑った。
「オレ様、恭介が笑うところ始めて見たぞ」
 松尾は振り返って言った。
「失礼だよ! 恭ちゃんだって笑うし」
「しかし不気味だ……」
「良太君ほっといて練習しよう」
「こいつスルーしたよ」
 二人はそれから練習を始めた。

 公園にあるオブジェを照らすライトが点灯した。
 良太たち三人は噴水で椿たちを待っていたのだが、時間になってもこないので、メールをしようとしていた。
 すると隆だけが遊歩道からやってきた。
「待たせたな、椿は先に向こうにいるとさ」
「そうなんだ」
 隆は松尾の下まで行くと小声で、
「恭介と良太は任せたぞ」
 と、耳打ちした。
「おうよ!」
「よし、行くぞ」
 隆が歩き出したので三人も後に続いた。
 
 フルハウスが見えてくると、隆は足を速めて言った。
「椿が至急来いってさ、何かあったらしい」
 携帯電話を見ながら隆はそう言って走る。
 三人も慌てて走り出した。
 隆はフルハウスの扉を開けて中へ、良太と恭介も後を追いかけるように店内に入る。
 良太は首を左右に動かしてあり得ない光景を見た。
 いつ来ても人が少ないフルハウスに今日は客が五十人以上は入っている。
「何? どうしたの?」
 と、慌てている。恭介は固まって動こうとしない。
 松尾が力を込めてステージへと二人を誘導し、椿の声が後ろからした。
「二人とも今日はフルハウスのミニライブに参加するの、参加しないのなら首」
「え!」
 椿は動こうとしない二人に言った。
「いつかはこうなるって、覚悟してたわよね? 人前で演奏できないようなバンドなんてしないほうがましだわ」
 椿のこの一言に二人は渋々ステージに移動する。
 機材のセッティングは大方昼の間に終わっていた。マスターが良太の持つベースを受け取るとセッティングを始めた。
 涼子は腕を組んで恵とカウンターに座り様子を窺っていた。
 幸い隆はまだきづいていない。
 隆と椿はステージにすでに立っている。
 良太と恭介はステージの袖で彫像のようになっていた。
 隆のMCが入る。
「マイクのテス――テス」
「今日は飛び入りで参加することになりました。バンド名は凸凹バンドと言います。結成して日も浅いですが、安い席の方は――」
 隆は掌を返して観客に差し出すようにした。
「古いジョークは置いといて」
 常連客に笑いが起きる。
「タカシぃいいぞ!」
 松尾は二人を見かねてステージに良太を押し出した。
 良太は涙ぐんで恭介の方を見る。
「恭ちゃん……」
 恭介は一度深く深呼吸をすると天井を見上げた。目力を込めて、(今は何も考えるな)と心の中で魔法の言葉を唱えてステージに上がった。
 タカシは二人が位置につくの見計らって言った。
「それでは凸凹バンドの始まり始まり」
 椿が振り返りメンバーの様子を見る。
 恭介に向かってあいづちを打つ。
「いつもどおりよ」
 恭介はスティックを叩いた、タン、タンタンと。
 それからバンドの演奏は始まった。
 百回目にして最初のライブ、恭介の緊張が解けたことにより、良太も普段通りとはいかなくとも精一杯演奏することができた。この日のために毎日毎日手の皮に豆ができ、それが潰れるほど練習を繰り返してきたのだ。うまくいくはずなのだ、曲も中盤に差し掛かる頃、良太と恭介には余裕が生まれていた。
 顔を見合わせ、楽しい、心からそう思えた。
 演奏は無事終了した。
 タカシは、観客に向かって言った。
「ありがとうございました――げっ涼子がいやがる」
 カウンターで片手を上げて大きな声で涼子は、
「よ、バカ息子!」
 と、言った。
「誰だよ、涼子を呼んだのは……オレの親を呼んだのは、お遊戯じゃねぇっつの」
 隆が興奮してマイクに向かって言った。
 体が上下に右に左に揺れている。
 椿は隆のその様子を見てポケットに入れてある携帯音楽プレイヤーの録音スイッチを押した。
 隆はトランス状態に陥っている。
「ルゥルゥ……ラァラァ」
 と、独特な歌い回しで音階を奏でた。
 拍手でやまなかった場内も隆のこの様子にきづいて、静まり返っていた。
 良太は恭介の下までいくと、
「恭ちゃん、僕、すごくこわい」
「大丈夫だよ良太君」
 バラバラだった音階は次第に調整されていった。椿はコード変えて匠に隆の歌声を導いていく、ステージの袖にいたユキエとマスターは良太と恭介の下まで行くと、
「あんちゃんたちならできる。間違ってもいい耳を澄まして空気を感じ取るように」
 ユキエがそう言うと、良太と恭介ははゆっくりと、徐々に隆の歌声に合わせていった。
 隆が一際大きくシャウトしたとき、ステージに金髪のウィッグをかぶった真紀が上がった。サングラスをしている。
 真紀はマイクを取ると隆の詩にコーラスを入れていった。
 場内は独特の空間が出来上がっていた。
 隆の詩は以前と違いもの悲しさが漂う中でも、暖かみがあった。
 涼子は目を細めて見つめていた。
「バカ息子は少しは変わったらしい」
 隆が歌い終わるとそう言った。
 
 
 涼子は腕を組んで隆たち三人を見下ろしている。
 真紀の顔色は青ざめ、隆は涼子を睨み付け、椿は申し訳なさそうな顔つきである。「バカ息子と姫が暮らしているにはおかしいと思ったんだ。部屋が綺麗すぎるしな」
 椿はしゅんとした。
「ごめんなさい」
「でもな、マスターには迷惑かけてないし、おれたちだけでやってる」
「それは聞いたがバカ息子は、上げ膳据え膳してるんだろ。うちにいたときとかわらねぇじゃねぇか」
「おまえに言われたくねぇ!」
「なにぃ!」
 と隆の襟首を掴みかけると、
「お母さん、やめてよ……そんなことしにきたんやないやろ」
 恵が言って涼子の動きはピタリと止まった。
 涼子は椿の家庭の事情も勿論知った上で、隆を叱りつけている。以前も似たような一悶着があったのだが、そのときは広大が緩衝材となっていたのだ。
「わたしがいけないんです。話し相手が欲しいばかりに椿ちゃんを、家政婦として雇いましたから……ごめん涼子さん」
「椿、お菓子屋やめたんだよ。バンドに専念するためにな」
 そこで涼子は思案するように目を瞑る。
「なるほどな、微妙なところで利害関係が働いてるのか」
 そう言って隆の頭をバチンと叩いた。
「このバカ息子、二人を泣かせたら殺すぞ」
 それから涼子は肩を上下に揺らして豪快に笑った。
「おれは下でマスターと話してくる――メグ、姫とじゃれ合うのが気が終わったら下に降りてこい」
 恵はあいづちを打つ。
 ライブが終わり、凸凹バンドの演奏が終わると老人バンドが交代でライブを盛り上げた。 椿は良太と恭介に「よくがんばったわね」と労いの言葉をかけて解散し、精魂つきている隆と妙にハイテンションな真紀を伴って部屋に戻ると、涼子と恵が部屋の前にいたのだ。「真紀さん久しぶり」
 と、恵は、はにかむ。
「メグちゃん、会いたかったよぉ」
 真紀は恵の腕を握りぶんぶんと振った。
「言われてた、SAYAの全曲CD持ってきました」
「ありがとう」
 真紀はCDの入った紙袋を受け取る。
「今度新品のサイン入りCDにして返すからね」
 と、真紀が言うと、
「やった! わーい……でもどうして」
「うーん、自分と向き合う」
 恵は(?)で顔を傾ける。
「メグはSAYAのファンなのよね。精神的にも支えになったでしょう」
 と、椿が言うと恵は瞬きを繰り返し、
「うん、お父さんが亡くなって、SAYAさんの曲がメグの支えやったけん」
 真紀は優しく恵を抱きしめると、
「よしよし、メグちゃん写メ取る?」
「いいんですか?」
「何かの拍子でばれたらどうすんだよ」
「大丈夫大丈夫」
 真紀はそう言って恥ずかしそうに、携帯電話のフレームに収めようとしている、恵の肩を寄せた。
 恵は携帯を操作し、ほどなくしてパシャリと音が鳴った。
「物好きなやつ」
 恵は柳眉を上げて隆を睨む。
「こいつ、SAYAのことになるといつもこうだよ」
 真紀はCDを確認しながら、
「本当にありがたいよ。見てこのCD、ほとんど新品と変わらないし」
「真紀わかってるわね。あなたには、こんなふうに思われてるファンがいるってことよ」
「頑張らないとね!」
 そうして話しいてると玄関が開いた。
「メグ、おせぇからもう帰るぞ、姫、またな!」
「ほんとオヤジだよな」
 と、隆が言うと涼子は靴を脱いでドタドタと上がり込むと、隆の頭を叩く。
「おれいつも思うけど、悪口はどんなに小声で言っても聞こえてるのな」
 涼子は唇をつり上げてニヤリと笑った。
 真紀が恵の頭を撫でしばらくして恵は玄関に向かった。
「メグ。メールする」
「椿さん愚兄をよろしく」
 椿は口元に手を当て笑う。
「じゃあなバカ息子」
 二人は帰っていった。

 肩を揺すられている。何度も何度も、
「起きて起きて起きて」
 真紀は隆を起こそうとしている。
 ここ何日も真紀の悪い癖、三時に隆を起こすということはなかったのだが、今日はなぜだか眠れなかったのだ。
「起きて起きて起きて」
「うるせぇ!」
 隆は布団を頭からかぶって逃げようとする。
「ねぇ起きて!」
 隆は左右に脳を攪拌された。たまらず目を開ける。
「アリエネェ」
「とりあって」
「何時だよ……」
「三時」
「おまえな、その癖直ってたじゃねぇか勘弁しろよ」
 と、言って顔を背ける。
「起きて起きて起きて」
「ああ、俺にどうしろと」
「スーパーに朝ご飯買いに行こう」
「椿が作るじゃねぇか」
「今から買いに行きたい」
 隆は布団をはねのけ上半身を起こす。
「素直に散歩に行きたいって言えよな」
「うん、遊歩道グルグルしよう」
 隆はため息をついて起き上がった。
 真紀は隆のモッズコートを取って眠そうな隆に着せる。それから自分もコートを羽織りウィッグとサングラスをして、隆の手を握る。
 二人は夜の町へとくりだした。

 なかえ川の手前から遊歩道は切れて道路になっている。隆と真紀はその場所を折り返して、噴水公園を越えて、フルハウスに続く道路に出て大通りへと続く遊歩道を行くというコースを辿る。
 真紀は隆と繋いだ手をかたときも離そうとしない。初めは「やめろ」と抗議していた隆も、さすがにこう、しつこくされてはあきらめるしかなかった。
「自分の歌を聞いて、そのとき歌っていた様子を思い出してね」
 隆は真紀をちらりと見た。
「わたし何も考えてなかったなぁとか、どうしてこんな歌い方してたんだろう、とかさ、情けなくなっちゃって、そのまま聴いてもわからないんだけど、記憶を掘り下げた途端にリアルになっちゃって、舞ちゃんにはどこに向かえばいいのかわかった。なんて言ったけど本当は何もわかってないの、どうすればいいかなんて……」
 真紀は隆の手を力強く握った。
「見えないことが見えてきたんだ。そこまでは辿り着けたんだだろうが」
「うん……」
「だったらおまえらしくもねぇ、後先考えてないでまずは行動だろ」
 真紀の表情はくしゃりとゆがんだ。
「で――前と違う所は穴を、死角を埋める所だろう、おまえやってるじゃねぇか」
「そうだよね、何だかよくわからなくなっちゃってさ」
「妹と話してプレッシャー感じたんだろ」
「まあ、そうかな? わたし自分がどう感じてるかわからない人だから」
 隆は軽く笑った。
「悲しいとか嬉しいとか、よくわからない。泣いてるときでも、もうひとりのわたしは本当に悲しいの? っていつも言ってる」
「芸能人生放送中に逃走、後悔してるだろ」
「うん、でも、今があるから」
「そうやって動いていく、おれなんて常に周りに振り回されてる」
 遊歩道の踊り場までくると、真紀は隆の腕を放して小走りにそしてくるりと振り返り、
「君はそれだけのものを持ってるの、おねぇさんが保証してあげる。だから周りを不幸にすることもできるし、幸福することもできると思うの、そこの所をよく考えて」
 隆は外灯の灯りに照らされた真紀を見て、一瞬心臓が跳ねた。
「何を偉そうに、大きな子供だ真紀は」
「ひどい隆君!」
 と、笑って二人はまた歩き出した。
 ペットボトルを口にくわえ、肺の力を使って潰したり戻したりする。腹部を意識しながらそれを行う。
 吐く息は常に均等で、腹部から胸、胸から腕へと意識を移していく、真紀はまるで溺れたような表情で隆の額を二回叩いた。しかし隆は目覚めない。真紀は酸欠になりながらも隆を起こすべく額を叩く。
「いてぇな、何だよ朝から……」
 と、隆が額を押さえながら寝ぼけ眼をこすり起きる。
 真紀は、ぶっと、ペットボトルを飛ばして顔は震えている。隆はその様子を見て、
「えらく基本的なレッスンしてるなあ」
 隆にとって毎朝こうして起こされることは半ば予期しているが、一日ならまだしも二日三日と続くとさすがに嫌気が差すのだろう。真紀を睨んでいる。
「隆君が起きてくれるまで、続けるって決めてあるから、早く起きてくれないと、わたし死んじゃうよ」
「おれを起こしてから、すればいいだろうが」
「それじゃあ、甘えがでちゃうじゃない」
 そんな二人の様子を見て椿は朝食を作りながら笑っている。
 真紀は源二の教えを忠実に守っている。毎朝登校する隆たちを半分眠りながら見送っていた真紀は、今では朝一番に目覚め、スタジオの周りをランニングして、腹筋、背筋、腕立てなどをこなす。
 最後に行うのがこのペットボトルを使った練習なのだが、呼吸法のノルマの最後にしては少し間抜けな訓練だった。
 あれから一ヶ月が過ぎ、凸凹バンドとしてはようやく形が整ってきていた。これには良太と恭介の技量が素人から毛が生えたアマチュアに変わったことが大きい。コピー百回まであと三回といった、状況なのであった。
「俺も走るか、最近なまってたからな、真紀付き合ってくれ」
「喜んで」
 隆はそう言って浴室まで行くと顔を洗い、玄関で待っている真紀の下までいった。

 二人がジョギングを終え、交代にシャワーから上がるころには朝食ができあがっていた。「いただきます」という元気の良い真紀の声で朝食が始まった。
 椿が作った和食な料理は一仕事終えたという真紀と隆の顔を更に、幸せなものにし椿自身も何だかそれを見て癒やされるのであった。
「今日は泊まってくれるよね。椿ちゃん」
「一応……用意はしてきてあるわよ」
「やった」
「おまえはどこの小学生だよ、泊まりくらいで、はしゃぐなっつぅの」
「だって、わたしって外出できないし、同性の話し相手は椿ちゃんだけなんだよ」
「わかったわかった」
「それに今日は土曜日だし、わたしマスターに車借りて、隆君に連れて行ってもらったあそこに、三人でまた行ってみたい」
「真紀は運転できるの?」
 椿は隆を一瞬見て言った。
「おまえ車の免許持ってたのかよ」
「一応。ペーパーだけど」
「大丈夫なの?」
「何とかなるって」
「嫌な予感がふつふつと……」
「隆、気のせいじゃないわよ、それ」
 こうして食事も終わり、椿が食器を洗って、隆が登校の準備をしている。
 真紀はヘッドホンを耳に入れ目を瞑る。曲全体の構成、楽器の音を把握するように注意深く聞いていく、ただ音楽を聴くのではなく、全体をつかむように。
 椿と隆が玄関に向かったので、真紀は慌てて立ち上がり二人を見送る。
「二人とも学校がんばって」
「真紀――暇だからといって、外に出たりしたら駄目よ」
「わかってる」
「じゃあいってくるぞ」
 真紀は笑顔で二人を見送る。
 相変わらず家事は椿任せな真紀だが、そこには一ヶ月前のだらしない真紀はいなかった。

 老人バンドが凸凹バンドに与えた恩恵はとても大きかった。
 中でも良太と恭介はゼロからのスタートだったので、普通に練習をすれば何倍も時間が必要な部分を効率化できた。それにフルハウスの二階のスタジオはプロ顔負けな設備もあったので、これで二人が上達しなければ、猿にでも、なった方がましなくらいだ。
 隆や椿は教えるということには向いていない。隆に至っては広大の練習と思わせないやり方のせいもあって、一体全体自分がどうして、そうなったかすら、説明できないのだ。
 源二の真紀に言ったことは、良太と恭介にもきちんと伝わっていたのだ。
 良太は自転車を押しながら頭の片隅ではベースをひいている。
「良太君!」
 恭介の呼びかけで我に返ると、松尾、隆、椿が笑っている。
 良太はいつもの交差点を通り過ぎ、かいうん橋の方へと行こうとしていた。
「良太! まだねてんのか!」
 松尾の大きな声に良太は周りを見て赤面した。
 それから信号が変わり歩き出している列に戻ると、
「僕、ベースひいてました」
「良い心がけね」
「おまえ事故るなよ」
 と、校門に向かって歩いていると、もぞもぞと指を動かしていた恭介は大声で、
「お、おはようございます!」
「おはよう恭ちゃん」
「良太君には言った」
「恭介、おはよう」
 と、椿はクスクスと笑いながら答えた。
 恭介はずっと挨拶のタイミングを計っていたのだ。
 それが良太に邪魔され、恭介にとっての絶好のタイミングを逃されてしまったのだ。
 それから校門についたので、良太と恭介は隆たちと別れ、駐輪場に向かった。
 恭介は二人きりのとき以外はよそよそしいので、良太は恭介を確認することもなく一人で生徒用玄関に向かった。
 上履きを履き替えていると津田美咲が声をかけてきた。
「おはよう羽柴君」
「おはよう津田さん」
 二人は足並みを揃えて階段を上る。
 津田とこうして教室まで向かうことは、当たり前になってきているので、最近では特に緊張もせず話ができるようになっていた。
「羽柴君、今日は放課後何か用事がある?」
「ごめん、今日もバンドの練習なんだ」
「そっか、頑張ってるね」
「僕の方からお礼がしたいなんて言ったのに」
「もしそう思うなら、良太君の用事がないときに良太君から誘って、これでも一応女の子なんだから」
 美咲はそう言って、小走りに教室へと入っていった。
 良太は(?)美咲の言った言葉の意味を理解することはできなかった。
 ぽかんとしている良太の横に恭介が鼻息を荒く恥ずかしそうに並んだ。
「恭ちゃん、えらい」
「良太君……俺だって少しはやれる」
「僕と並んで歩くことが、そんなに恥ずかしいんだ」
良太はからかうような視線を恭介に向ける。
「そ、そんなことない! 俺たち凸凹コンビ」
 良太は肩を揺らす。
 恭介は顔を少し傾け教室のドアを開けた。
 一瞬恭介はたじろいだ。下向きの顔を上に少し上げると、そこには津田美咲が立っていて悪意がこもった表情をしていた。しかしそれも、
「恭ちゃん?」
 という良太の声で、何事もなかったように美咲の表情は柔らかいものへと変わっていた。
 
 午後二時に集合という椿のメールはそれぞれメンバーに行き渡り、恭介はあいた時間何をするか思案していた。
 学校も終わり、教室で居残りの良太を待ってもよかったのだが、珍しくも風に吹かれたように学校を出ると裏手にある、港に向かった。
 潮の香りが漂い、防波堤には波が打ち寄せている。
 L字型になった防波堤の突端には、今では機能しない灯台があって、立ち入り禁止にも関わらず釣り人が糸を垂らしている。
 恭介は港に入ったすぐ近くにあった漁協の跡地、今では廃墟になっているがその場所に足を踏み入れた。
 陽光が差し込み辺りが見えにくいが、見渡すと何とも神秘的に見えた。セメントには経年変化でひびが入り、中には鉄筋がむきだしの場所さえあった。恭介は適当な起伏を見つけると腰を下ろした。
 バッグから弁当を取り出すと食べ始めた。
 恭介は口を動かしながら考えていた。冬休みが終わってから、めまぐるしかった今までを。恭介の努力の後には常に良太がいた。以前の恭介ならそれを気にすることもなかったが、ドラムの練習に打ち込むようになって、少しずつ自分自身が変わっていると感じるようにすらなっている。
 しかしなくすことは簡単でも取り戻すことは難しいのだ。良太の言うどっしりとした恭介に戻るにはまだまだほど遠い、だから恭介はドラムの練習も良太の二倍はした。
 今ではゲームをすることの方が珍しい。時間というものは何かを本格的にやろうとすると途端に、底が見えてしまうのだ。一日のほほんとゲームをするくらいならば、スティックを両手に持った方が良い。自分に自信が持てない。だから恭介は努力を続けようと決心していた。そうすればいつか変われるような気がしたのだ。
 弁当も食べ終わろうとしているとき、奥で物音がした。恭介が視線を向ける。
「やめてよ! おじぃちゃんにいいつけてやる!」
「ばいきんがしゃべったぞ!」
 恭介は足早に声が聞こえた方向に足を進めた。
 小学校低学年くらいだろうか、男の子二人が一人の女の子の髪を引っ張っていた。
 二人の男の子は恭介に気付くと逃げていった。
 女の子は両手を地につけて歯を食いしばっている。靴は片方履いていなかった。
「ぜったい、なかないんだから!」
 そう言いながらポタポタと涙は両目からあふれる。
「大丈夫?」
 女の子は顔を上げた、両目は涙でぐっしょりと濡れ顎まで伝っている。
 恭介は慌ててバッグの中に何かふくものがないかと探したが結局何もなかったので、弁当に使っているハンカチを解くと女の子に不器用に渡す。
 涙をふきながら、女の子は、
「ありがとう」
 と、言った。
 しばらく沈黙が続いていた。
「あいつら、ぜったいにしかえししてやる」
 女の子の黒くて長い髪の毛は揺れる。涙をふき終わったその顔はとてもかわいらしかった。
恭介は不謹慎だと思いつつも軽く笑った。あまりにも無邪気な様子に。
「ひどい、凜はいじめられたんだよ」
「ごめん……」
「じゃあなぐさめてよ」
「慰めるって、どうやって?」
「とくぎとかないの! いっぱつげいとか!」
 凜は唇を突き出して言った。
「それより、おにぃちゃんなまえ!」
「お、おれは橋本恭介」
「きょうすけ、はやくしてよ」
 恭介は眉を寄せ思案した。特技といえるほどにはまだ早いかもしれないが、バックからドラムスティックを二本引っ張り出した。
 辺りを見渡すと一斗缶、空き缶、斜めに倒れた柱、それらを一度頭に入れてから、物を動かしセットしていった。ドラムセットとはほど遠い代物が出来上がると、凜に一度だけ視線を戻して恭介は言った。
「いくよ?」
 凜は恭介の瞳を見つめあいづちを打った。
 毎日毎日、繰り返した演奏、掌には豆ができていた。
 恭介はとても小さな観客を見て思った。(おれにはちょうどいい)
 一斗缶が調子外れの音を奏で、空き缶が転がりかけ、その度に演奏は止まり、それでも恭介は題目のコピーを頭の中で構築しドラムを叩くイメージは完全に再現されていた。
 心地よい汗が流れた。恭介はそれをぬぐって、
「これがおれの特技」
 と、言った。
「すごい! きょうすけかっこいい!」
 と、凜は言って恭介に抱きついた。
「凜のこいびとにしてあげる」

 良太はパイプ椅子から立ち上がると、
「恭ちゃん何してたの、探したんだよ」
 と言った。
「ごめん……」
 恭介はあの後、凜に散々付き合わされた。靴を探すのを手伝い、灯台近くで靴を見つけると廃墟に戻って、演奏をしろとねだる凜が飽きるまでスティックを叩かされた、おかげで恭介は凸凹バンドの練習の前にくたくたになっていた。しかしそれとは逆に凜の表情は、いじめられていたと思えないほど晴れやかになっていた。
「恭ちゃんが練習サボったら山中さんに、どうやって謝ればいいかとか考えてさ――」
「いいじゃない。時間ぎりぎりだけど間に合ったんだから」
 真紀が二人の会話に割って入る。
「しかし珍しいな、恭介が良太と別行動とってるなんて、孤独になりたかったのか」
「おれ、一人でいるときもある」
「それは良いことよ、死ぬまで良太がいるわけじゃないんだから、人は常に孤独なのよ」
「恭ちゃんは、僕から逃げたりしないよね」
「逃げる逃げないとか……おれと良太君は親友」
「お暑いね、そこのカップル」
「隆君! 変な誤解しないで、僕と恭ちゃんはそんな関係じゃないから!」
「そんな顔赤くして言うと肯定してるみたいよ良太――それよりみんな始めましょう」
 メンバーに笑いが起きる。
 そして所定の位置につくと、恭介がドラムスティックを叩いた。しばらくリズムを刻んでいく。その後に良太、椿と音の大きさを調整して、ころあいになると椿が一人一人の視線に合図を送っていく、――真紀の歌声は多少フラットしていたが、椿がカヴァーする。
 バンド結成初期はコピー曲を流しながらだったが、今ではそれもない。
 演奏が終わると、椿の下にメンバーは集まった。
「目標まであと一回ね、このまま続けてもいいけど、今日のところは、これでおしまいにするわ。明日百回達成すれば、次からはいよいよオリジナルよ」
「良太は癖を直すように」
「はい!」
「後は――」
 と、言っていると、源二とユキエ、マスターがスタジオの中に入ってきた。
「丁度きたわね」
 と、椿が言うと、「こんにちわ!」と大きな声で真紀が最初に挨拶をした。皆それに続いた。
 源二は片手をサッとあげて答える。ユキエはしずしずと頭を下げる。マスターが扉を閉める。
 それから個人練習となった。ドラムセット付近にマスターがパイプ椅子を広げ恭介を見ている。そこから数メートル先、窓際に真紀と源二が、良太とユキエはお互いパイプ椅子に腰掛けている。
 真紀は源二の言葉を聞き逃すまいと真剣な表情で聞いて、大きな声で「はい」とはっきりと答えている。
 マスターと恭介はお互い寡黙な性格もあってか、腕を組んで恭介の演奏を見て、指導するときは身振り手振りが主になる。
 ユキエと良太は仲の良い肉親のように、どちらも遠慮なく会話をしながら和気藹藹だ。
 源二は汚れた作業着を着て、真紀をしかりつけている。端から見ればとても歌の練習をしているようには見えないだろう。
「順調だな、どうおもう?」
 隆は腰に手を当てメンバーの様子を眺めている椿に言った。
「順調すぎて怖いくらいだわ」
「まさか源さんたちが教えてくれるなんてな」
 隆は口をゆるめて言った。
「真紀のおかげね――」
「見て見ろあいつ必死だぞ」
 笑いながら言う隆。
「真紀もストレスたまるわね、ここから一歩も外に出られないなんて、あたし信じられない」
「あいつのストレスを和らげるのはおまえのバイトだろ」
「べ、べつにあたし、バイトじゃなくたってしてる」
「真紀は大きな子供だからな」
 隆がそう言うと椿は唇に手を当て、
「そうかしら、もしかすると――」
 椿はギターがある場所まで歩き出し、隆は、
「おいなんだよ、最後まで言えよ」
「気にしない気にしない」
 椿は振り向いて言って、練習を再開した。
 
 パタパタと音を立てると、車は発進した。
 今時珍しい空冷エンジンである。車の外見はクラシックなバスのような形をしていた。
 バンドの練習が終わると真紀はマスターに車を借りる旨を伝え、了承を得て、その場で運転の手ほどき、普通のマニュアル車ではないので、マスターはバックは左に一度入れて下に下げると説明をした。
「きゃあああ!」
「おまえ、殺すつもりか俺たちを!」
 車内は椿の悲鳴と隆の怒声に包まれた。
 真紀はペーパードライバーである。
 古い車、三十年以上も前の当時そのままの車を運転するには無理もあるかもしれなかった。
「真紀、お願い! フルハウスの駐車場から出ないで!」
 と、椿はギアがつながるたびに揺れながら言った。
 ワンボックスタイプの車体は大きく上下した。
「ごめん、必死なのわたし、話す余裕ないから」
「ブレーキ、ブレーキ!」
 隆がそう言うと真紀は思い出したように急ブレーキを踏んだ。
 フルハウスの駐車場は広いので、事故は起きなかった。
 運転席の窓が叩かれる。真紀は窓を開けた。
「大丈夫かい?」
「マスター助けて、真紀と心中なんてしたくないわ!」
「練習しよう。やれば誰でも運転できる。ハンドルが重いから僕が」
 真紀はサイドブレーキのレバーを引いて助手席に移ると、マスターがドアを開けて運転席に乗った。

 真紀の運転が上達するころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
 隆はフルハウスの中で、常連客がコーヒーを自分で煎れて飲んでいる姿を見て、この店はいつか潰れるなと思った。マスターはお金のことなど二の次だろうが……。
 それからしばらくしてマスターが呼びに来たので二人は怯えながら車に乗った。
 多少、車はカクついていたが、走り出した。
「外見がこんなにもかわいいのに、これは罠だよね。ハンドルが重すぎるし」
「オレのバイクも古いバイクだから、そんなもんだぞ、でも愛着はその分ある」
 隆は後部座席から助手席にある、カセットデッキを取るとテープを回した。
 音楽が流れ出す。
 椿はつり革を片手にいまだに表情がこわばっている。
「椿ちゃん、安心して」
 と真紀が言ったとき、曲がりカーブで車は極端に揺れた。ハンドルを切るのが遅れてしまったのだ。
「何が安心してよ! 言ったそばから危ないじゃない!」
「椿おまえ……乗り物がもしかして苦手か?」
「べ、別にそんなことないわよ!」
 車は海岸線を走る。岩に波が打ち寄せ白い泡が立っている。
 空には星が出て、月がゆらゆらと海面を照らしている。
「椿の弱み握ったぞ、おまえタンデムしてるときでも、やたら静かだったもんな」
 椿は恨めしそうに隆を睨む。
「すごく楽しい。見て星がこんなにも近い」
「真紀! よそ見しないで」
「地元がこっちでも、おまえ都会人だよな、雲が近いとか星が近いとか言いやがる」
 真紀は窓を全開に、古い車なので窓の構造が一般的な車とは異なっており、効率よく車内に取り込まれる仕様になっている。
「寒いわよ!」
「二月だぞ、窓閉めろよ!」
「やだよー」
 曲がりくねる道、急カーブで車体は大きく揺れた。
 椿は隆にしがみついた。
「何すんだよ!」
 真紀はルームミラーを見て、
「男の子がそれくらいで怒らない。椿ちゃん怖いんだよ」
「おまえが、そうしてるんじゃねぇか!」
「真紀ってもしかして、運転すると性格変わるの?」
「そんなことないと思うけど……」
「アリエネェよ、それで涼子と気が合うんだな」
 トンネルを抜けて瀬会い海岸公園という看板を右に行くと、砂浜が見えて、大きな駐車場が見えてきた。
 真紀は駐車スペースの白線を無視して車を止める。
 隆が周りを見渡す。車は二台止まっていた。
「大丈夫だろ、暗いからSAYAの顔なんて見えないと思う」
 その声を合図に真紀は車を降りた。
 
 肌を刺すような風が吹いている。真紀はコートの襟を立てる。隆を挟んで三人は砂浜を歩く、砂浜には足跡が続いていく。
「砂浜に足跡を残す」
「何だか良いわね、歌詞にする?」
 椿はポケットから携帯音楽プレイヤーを取り出すと言った。
「俗っぽい」
 と言って、隆は首を振る。
「でも、たまには甘く切ない詞が恋しいかな。真紀は」
「オレは恋愛経験に乏しいからラブソングが歌えないと思ってるんだろ」
「でもその通りでしょう? 隆肯定しなさい」
「わりぃかよ、でもな」
「その先は言わなくてもわかるわよ」
「ね、椿ちゃん」
「終わらない話になるからな、俺たちが話すと」
「真紀も今のうちに、ストレス発散しなさい」
「叫んでいい?」
「やめておけ、人がいるからな」
「展望台に行かない? 真紀は初めてでしょう。あそこはマイナーな場所だし」
「隆君に連れて行ってもらった」
 椿は隆の足を蹴った。
「いってぇな、何だよ!」
「止まってるからよ」
「けることはないだろ」
 三人は木立に囲まれた山道を抜けて展望台へと向かった。
 木々の間に落ちてる椿の花を椿は拾う。
「あたし自分の名前が嫌い」
 椿がぼそりと小声でそう言うと、真紀は、
「わたしは素敵な名前だと思うよ、椿ちゃんの被害妄想だよそれ」
「そうかな?」
 と、椿が言うと真紀は優しく椿の頭を撫でた。
「かわいいんだから」
「子供扱いしないでよ」
「おまえら、置いていくぞ」
 と、隆が言ったので二人は歩みを早めた。

 展望台から広がる眼下には三つの岩が並んでいる、夜の闇の中でも朧気にそれは海面から浮かび上がって見えている。この岩を三ッ石と地元の人は呼んでいる。今は暗闇で分かりづらいが、昼間は紺碧の海岸にそそり立つようにしてあった。
 忠霊碑は展望台に近くひっそりと立っている。
 隆お気に入りの場所、椿の花がそこかしこに咲いて、首から折れるようにして地面に散乱している。隆はバイクで中まで乗り付けられるので、展望台の休憩所付近にバイクをよく止め、作詞を行ったりしていたのだ。今では実家にバイクを置いてきているので、それも叶わない。
「綺麗ね……」
「ここは不思議と落ち着くわ」
 真紀と椿がそうやって和んでいると、隆はおもむろに、
「何があっても嫌いにならないでって、SAYAのことだったんだな」
「そうそう、わたしは一応隆君に打ち明けたんだよ」
「おまえさ、何があってもって、規模あるだろ、常軌を逸してるぞ」
「何、二人で盛りあがってんのよ」
「はいはい、椿ちゃんもおいで」
 真紀は椿の腕を掴むと、隆と真紀の間にむりやり入れた。
「ちょっと」
「寒いからいいじゃない。こうしてくっついてると暖かいでしょう」
「二人はこれから、どうするつもり?」
「どうするって何が?」
 椿は上目使いで真紀を見上げる。
「将来のこと」
「将来かぁ」
「何も考えてないな」
「音楽で食べていきたいの?」
「あたしはそうしたいわ」
「おれは歌えればいいかな、母さんが、今ここにいれば怒られそうだけどな」
「隆君は……隆はどうして歌手になりたくないの?」
「なりたくないわけじゃない。おれは死ぬまで歌い続けると思う。でもふと、具体的に芸能界に入って、テレビに出てとか考えた途端にその夢はあせてるんだよな……オレには母さんがいてくれたから孤独にだけはならなかった。椿は苦労したな、オレに出会うまで、誰も理解してくれない――」
「隆、やめて!」
「こいつさぁ初めて出会ったときオレになんて言ったと思う?」
「聞かせて!」
 椿は暴れて阻止しようとするが真紀が両手をがっちりと掴んだ。
「あなたって、夜が迫ってくることない? だったけ? こいつはオレに出会うまで音楽を肯定してくれる人間が誰も周りにいなかった。オレたちはそれくらい浸透してるんだ、歌うということや、ギターをひくといことがな」
「椿ぃ!」
 真紀は思い切り椿を抱きしめた。
「椿、もう大丈夫。真紀がいるから寂しくないよ。孤独じゃないよ椿」
「べ、べつにあたしは――」
「泣き虫椿」
「泣いてなんかいないわよ!」
三人の声は寒空に解け合い、夜が終わらないようにいつまでも続いた。