カラダにやさしく、自分の「好き」を叶えていく -2ページ目

カラダにやさしく、自分の「好き」を叶えていく

公務員として長年勤務したのち退職。自分のカラダとココロをとことん受け入れて、自分に合った働き方を叶えていくまでの過程をつづるブログです。

人と話すのは、大好きで、

 

とくに、活き活きと

自分を生きている人の話をきくのは、

とてもたのしい。

 

 

飲み会とかも、好きだし、

それほど人見知りもない

(というか変なサービス精神で、

しゃべりすぎになってしまう)

 

 

なのですが、

ある場面では

極端に、話せなくなってしまう。

 

 

 

今日の話。

とあるビジネスの講座に行ったのですが、

講師をしてくれたのは、

とてもキレイなお姉さん。

 

 

講座は、受講が私ひとりだったので(!)

何かと自分がお話しする

場面があったのですが、

 

 

なんだか、うまく話せず、

オドオドオドオド。

 

そんな自分を意識してしまって、

相槌、ひとつひとつ、

なんか不自然になってしまう。

 

あ、顔見られてる、

と思うと、

こっちも顔見て話を聞いたほうがいいかしら、

・・・とか

 

相手の好みに合わせて

(そんなの初対面でムリやあせる

ちょうどいい量をしゃべりたい

とか

 

 

あーーーーめんどくさ!!!

 

 

自分が嫌になりました笑い泣き

 

 

 

 

私は、もともとは、

自分の話をするのは苦手。

 

 

4人きょうだいの末っ子なので、

親に自分の話を

聞いてもらう経験を

ほとんどしていない。

 

 

子どもを産んで、

毎日いろんな話をする娘をみていると、

この毎日×何十年の

会話トレーニングが、あるとないとでは

大きいなと、つくづく実感します。

 

 

自分が話す番になると、

とっさに

「いいの?」って思ってしまう。

 

ずっと、話していると不安で落ち着かない。

 

オチをつけて、

会話のボールを誰かにパスしなきゃ、

みたいな気持ちになり、

 

不自然に誰かに、

会話をふったりする。

 

興味もないのに、

相手のことを、あれこれ聞いてしまったりする。

 

飲み会などで、

ベラベラしゃべりすぎると

調子に乗りすぎた

と猛烈に落ち込む。

 

・・・挙げたらキリがない。

 

 

だから、なんのオチもなく

ダラダラ話す人や

いつも自分ばかり、

話したがる人をみると、

めちゃくちゃ怒りが沸く。

 

 

 

完全に嫉妬。

 

 

何も気にせず、

つまらない話ができるのがうらやましい

(言葉にするとすごい性格悪そう)

相手の反応を気にせずいられるのがうらやましい。

 

 

だから、

 

私もつまらない話をしていい

私も自分のこと延々としゃべっていい

人の話を奪ってもいい

調子に乗ってもいい

 

(・・・ていうか、今の自分だって 大して面白い話してない)

 

 

自分にこびりついた、

心のブロックを

ひとつひとつ外していって、

 

 

今では、わりと考えなしに

ぺラペラしゃべれるようになったし、

 

相手の話を、本当の意味で興味をもって

聞くことができるようになった。

 

 

・・・・つもりだったけど、

 

 

初対面の相手、

自分より一歩先を進んでいるような人

 

 

そんな人たちと話していると、

 

 

私みたいな下の立場の人間が

ベラベラ話してはいけない、

 

相手のジャマをしてはいけない

 

私は相手の話だけを聞いていればいい

 

 

また、新たに

こんな思い込みが

発動するのでしたショック

 

 

本当の望みは、

 

 

自分も相手も自然でいられて、

よい会話の循環があること

 

 

と、書きながら、

このときのお話も思い出したのでした。

私なんかで申し訳ない、は何の役にも立たない

 

 

自分が話すと申し訳ない、

講座が長引いたら申し訳ない、

 

 

そんな思いでさえ
自然な循環に反する、

自分のエゴなのだな・・。

なんでなんだろうなぁ!?

 

今日はダンナがいなくて、

 

ぜんぶ、じぶんでやんないと

いけないんだけど。

 

 

といっても、

頑張れる気力もないから、

 

 

夕飯もテキトーに、

 

お風呂わかして、

 

入ってよ。って伝えて。

 

 

といっても、

子どもたちは

ゲームで夢中なので、

 

ぜんぜん入る気配なし。

 

 

22時頃、

また、声がけ。

はーい。

と返事だけは聞いた。

 

 

こういうやりとり

嫌だし、

 

 

別に、寝るのが

遅くなってもいっか。

明日も休みだし。

ゲームやっててもいっか。

 

って思う私もいる。

 

 

だけど、

放置するのも

はばかられて、

 

 

「もう私、

自分の部屋に行くから、

ちゃんとお風呂はいって

寝てね。」

 

 

そう伝えて、

自分の部屋に

ひきこもって、

好きなことをやる。

 

 

ひととおりやって、

23時、

子どもたちの部屋を

通りがかったら、

 

ドアが開いていて、

煌々と電気がついてた。

 

 

まだ起きてた。

ゲームやってた。

 

 

そして、

洗濯機のなかの、

サッカーのユニフォーム

干さないといけないこと、

思い出す。

 

 

その瞬間から、

イライライライライラ

 

 

なんなの。ばかなの?

私はあんたのユニフォーム干すのに、

あんたは、ゲームだけやってんの?

 

じゃまだ、早く寝ろ。

大人の時間なんだ。

ちょこまかすんな。

 

ばか、子どもたち!

ばか、子どもたち!

 

 

頭のなかが、怒りでいっぱい。

言いたいこと、いろいろあったけど、

 

子どもたちは、

私の不機嫌を察して、

スゴスゴ寝る準備をしだしたので、

言わず。

 

 

 

どうしようもない怒りを

抱えたまま、

部屋に戻って

ブログを書くことにした。

(ちょっと冷静になった私)

 

 

あーーー、

私、子どものこと、

めっちゃジャマなんだな。

 

ってことに気づく。

 

 

めっちゃジャマ!!!

 

っていう気持ちを、

かみしめると、

居心地わるくて、

ウズウズウズウズ。

 

 

子どもをジャマだって、

感じるのが、

いけないことだと

思ってるんだなぁ。

 

 

大好きなときもあれば、

ジャマなときもある、

 

ただそれだけだよね。

 

そこに、

 

ひどい、とか

自分勝手、とか、

愛情不足、とか

余計なジャッジを入れるから、

きつくなるんだなぁ。

 

 

そして、

もうひとつ気づいたのは、

 

ちゃんとやってね。

と声がけしたときに、

既に、

この子たちが、ちゃんとやるわけない

って思ってる。

 

 

それに、

別に寝るの遅くなってもいい、

って思ってもいる。

 

 

それなのに、

「ちゃんとやってね」

て、わざわざ声がけする。

 

そして、案の定、

ゲーム三昧の子どもをみて、

イライラ、大激怒。

 

 

なんかおかしくないか?

 

 

子どものこと信じてない。

 

そして自分のことも信じてない。

 

 

子どもが、自分の言うこと、

きくわけない、

 

子どもが、私の言うこと

受け入れるわけない。

 

 

まるで、その事実を

確かめるために

しているみたい。

 

 

本当は、寝る時間なんて、

どうだっていいのに、

わざわざ声かけて、

自分の無力感をたしかめる。

 

 

コントだな。。。

 

 

こんなことに

巻き込んでごめんよ、子どもたち。

ごめんよ、じぶん。

しばらく、

ネガティブの波に

飲み込まれていました。

 

どうやって働いていくか、

考えたいのに、

どうにも、カラダが動かない。

 

 

私にとっては、

ブログを書くことは

癒やしになるんだなと知って、

 

誰もアクセスしなくても、

好きなように書き続けていこう

と思ったのに、

 

 

書いて何になるんだろう。

知り合いがみたら、

なんて思うだろう。

こんな自分のこと晒して

私はアホなんじゃないか。

 

 

頭の中でそんな声が

鳴り響いて、

パソコンを開けられずにいました。

 

 

大してやりたくもないゲームを

やり続けて、

布団のなかで

一日を終える日々。

 

 

家事も当然できず、

 

食べるものがなくて、

お菓子をごはん代わりにしたり、

 

子どもには、食パンで夕飯代わりにしたり。

(子どもは大喜びなのだけど)

 

 

そうすると、

罪悪感が、またじわじわ沸いてきて、

 

こんな自分が、

活き活きと仕事なんて、

できるようになるわけがない。

 

私の考えなんて、

ビジネスを知っている人からしたら、

めちゃくちゃ浅はかだ。

 

と、ネガティブのオンパレード。

 

 

 

あぁ、やばいなぁ。

 

と思いながらも、

流れにさからう気力もなく、

 

布団とともに数日過ごしたら

 

 

なんだか今日ふと、

 

気になっていた求人に応募してみよう

と思い立ち、

あんなに開けなかった

パソコンをつかって、

応募書類を書き始めました。

 

 

そうして、夜、

こうやってブログをかいています。

 

 

 

自分のなかに迫りくる波に

身を預けていたら、

自然とチカラが

沸いてくるものかもしれません。

 

 

いつでも、

自分の実になることを

やらなきゃいけない、

 

そんな風に思いこんでいるので、

 

やる気が出ないときは、

自分はダメだ

というジャッジが働いて、

とってもきつくなるのですが、

 

 

ただ、起きていること

をそのまま受け止めても

いいのかな

と思いました。

 

 

ブログも

毎日書いていたら

いずれ財産になる、

そんな、どこかで取り入れた知識

にとらわれて、

 

ほら、

毎日書けないじゃないか、

それじゃ、自分でビジネスなんて

できないよ、

 

なんて、またまた

ジャッジが働くのですが、

 

 

ただ、書きたくなったら、書く

 

 

そんな単純なことで

いいんじゃないかなと

思うようになりました。

 

 

いつも、

頭のなかは思考でいっぱい、

 

そりゃ、疲れて

動けなくもなるわな。

 

 

単純で、

考えなしに

動いて失敗する、

 

そんな人間になりたくない、

 

そんな風に思っていたのかも

しれません。

 

 

考えなしに動いていい、

意味のないことをやってもいい、

 

 

そんな風に自分に

許可を出してあげたら、

 

 

胸がほっとする感覚でした。

 

 

つづく。