PGT-A全滅から立ち直るのに半年近くかかりました | 後輩が怖すぎて食堂に行けません

後輩が怖すぎて食堂に行けません

一人生んで職場復帰したら、仕事もろくにできない後輩から「パートじゃダメなんですかぁ?」と言われて傷ついてから食堂に行けなくなったメンタル豆腐の女。いわゆるワーママ。できるかも分からない二人目不妊治療中

しばらく更新をしてませんでした。


PGT-Aの全滅後の採卵&検査結果も全滅で

お金だけを溶かし

それでもなんとか採卵を。


と思っていたら


旦那は不定期の出張で家にいなくて

採卵できても受精しなきゃ意味ないので

治療できないなあと途方に暮れた半年でした。


その間に44歳に。。


最初は43までと決めていたのに

ずるずると希望を持ち続けてしまっている自分に辟易し

でも卵ができるなら諦められないし

(医者も諦めろとは言わない)


そんなことをグルグルしながら過ごして



ある日、先輩に

「あのさ、こんなことで病んでるってバカバカしくない?

適応障害になったときより、状況は全然いいよね??仕事も楽だし、

周りからの協力も信頼もあるし、

お金もまだあるんでしょ?

病んでるだけバカバカしいよ」

と言われるまでに

病み散らかしました。


そこから這い上がらず、ただ時をやりすごして。

(中華ドラマ漬けで現実逃避して)


ただ、もう一度、正常胚ができるまでPGT-Aをやりたい。

そこで最後の一度、移植したい


その気持ちになりました。


PGT-Aはお金との戦いなので、貯金が尽きるまでという感じなので。

お金が続くなら、もう少し

もうお金かけたくないならこのへんで。


という踏ん切りの問題にもなってきました。



この半年辛かったのは

他人の成長をみることです。


ちなみに、宝塚を観ていても成長をみるのが辛かった。


私は老いるだけでもう細胞的な成長はない。


子供を見ながら、爆発的な成長はもう自分には訪れないのだと、そんなことはもうずいぶん前からわかっていたのに

今になって急に苦しさが押し寄せてくる。



それでもやるしかないからね、とか達観したようなことを言わずに

「子どもが欲しい、2人目が欲しい、どうして私にはできないの、」と叫べればよかったのに。


素直に羨ましいと言えればよかったのに。


ここから私はおそらく、やりきれぬ沼へ頭まで突っ込んでしまうのだと思います。


ズブズブの沼は、どんな景色なのでしょうか。


明日はPGT-Aの4回目の結果が出ます。

ここまで、10個、8個、2個。

20個全滅しています。


明日は5個。

一つでも希望が欲しい。