長年不妊治療をうけているけれど改めて説明を受けることになった。
タイミングで一人妊娠していることもあり、
排卵が問題で、受精、着床には問題ないのではないかという見解だったが。
排卵がアンタゴニストでも厳しいといわれた。
排卵→凍結は必須だと。
例え成功したとして。
生まれてくる可能性は10%に満たない。
10回あって1人
確率が低いか高いかはわからない。
というかどうでもいい。確率はあてにならない。
ふと、二人めを諦めることを、考えた。
まだ、早い。
でも残された時間は長くはない。
もしかすると諦めるためだけにこれからの数年を過ごすことになるかもしれないなと思った。
不妊と知って10年
女性としての尊厳を脅かされるような結果に自己否定を続けることにもう慣れきってしまった。
意味のない人間のような気がしてしまうのも、それで違う場所で無理をして頑張ってしまうのも。
自己否定の裏返しだと知っている。
友人に極力会わないのは自分を傷つけないため。
ママ友を作らないのもそう。
独身の友達を選んで付き合う。
二人めを強くのぞんでいるのは私よりもパートナーで。
今回初めて不妊治療クリニックに足を踏み入れ、話を聞いてから帰りに言った。
もっとそばにいて寄り添うべきだったと。
それを聞いて思った。
寄り添われたら私はもっと自己否定を強くする。
排卵できない自分を呪いたくなる。
結婚したてのころ、毎日思っていた。
いますぐ離婚して、新しい人と子供を作ってくれと。
原因は私にあると明確にわかっているのだから。
あなたには子供のいる人生がふさわしいと。
だから連れてきたくなかった。
私に原因がある。それをまざまざと見せつけられる。
誰のせいにもできない。
私自身にもどうしようもない瑕疵。
それを思うと、また自分を消し去りたくなった。
子供の寝顔をみる。
おかしな寝相でねている。
奇跡だった。
本当に奇跡的だった。
たったひとつだけ正常排卵した卵。
20代から30代にかけてたった一回の卵。
それがこの子だ。
消えるわけにはいかない。
消えたいけれど。
自己否定を続けて身動きがとれなくなっても。
消えることはもうできない。