正義はないし、守ってもらえるわけがない。 | 後輩が怖すぎて食堂に行けません

後輩が怖すぎて食堂に行けません

一人生んで職場復帰したら、仕事もろくにできない後輩から「パートじゃダメなんですかぁ?」と言われて傷ついてから食堂に行けなくなったメンタル豆腐の女。いわゆるワーママ。できるかも分からない二人目不妊治療中

正義もない
誰にも守ってもらえない


これって、昔聞いた話に似てるなって。

ああ、祖父母から戦争を生き抜いた話だ。
とふと思った。
それは理不尽の連続だったのに、不謹慎だけど冒険みたいで面白いなと思ってる部分もあって、だからよく覚えてる。
空襲で焼けそうになった家の火を消すために一生懸命に水をまいた話とか、それでも周りは焼け野原になってしまったとか。
一番印象に残っていたのは、祖母は妊娠したけど、ごはんなんてなくて生まれた子供は栄養が足りなくて透明だったんだって聞いたとき。
子供が透明ってなんかかわいいのかなって思ってた。小さいときはそれが父なのかと思ってたけど、その子は亡くなっていたと大きくなってから知った。今なら祖母のそのときの苦しみがわかる気がする。透明な子供を見たとき、祖母はきっとその子の命が長くないとわかったと思う。母になった今なら祖母の痛みが少しだけ想像できる。その話を、祖母はどんな気持ちで話していたのだろう。
何も悪くないのに、栄養がないだけで失われていく命。
理不尽だ。

私は大義とか、正義、という言葉が結構好きで、それこそ歴史も大好きなヲタクなので、人間が作り出した戦争を歴史の観点からいえば否定しない。
でも最近は思うのだ。
そこでかざされる正義が、人の命を奪うことはやっぱりどこか納得できない。

人間ってわからない。
どちらの気持ちも否定したくない。
正義を信じる自分と
命を重んじる自分は
時々けんかをする。
答えは出ないのに、けんかをして、やっぱり矛盾のなかに戻るしかないのに、思い悩む。

社会正義と信じて会社にいく自分と。
自分と子供の命が脅かされるなら会社なんてやめて家に引きこもるべきだと思う自分と。

毎日たくさんの選択をしてる。
そして決めたのに悩み、決めたから苦しむ。

祖父は戦時中、国のために働いた。
兵士にはなれないほど体が弱かったことがコンプレックスでそのぶん働いた。
それが正義だと信じたからだろう。
けれど、戦争が終わり何もかもが変わった。

なぜか、祖父母は戦時中の話はしてくれたがそのあとの話は少しもしてくれなかった。
なぜなのか父に聞いたことがある。


戦時中よりも戦後の方がひどかったんだろう、と。

戦時中は国のためという、どこか正義感にまもられていたのかな、と今は思う。
けれど、それがすべて崩れ去った戦後にこそ本当に

正義はない
誰も守ってくれない

が、やってきたのかもしれない。


このコロナ騒動が落ち着いたあと、もしかしたら社会にあった正義はどこかに消え、本当に誰も守ってくれない時がやってくるのは、仕事をしてても感じる。

私はそのときも、社会正義を信じていられるだろうか。