それは次第に大きくなり、人とちがうならヒトハタあげなければ、なんて思い上がり、色々試したが。
結局自分は人と違うのではなく、
ズレているのだと分かったのは結婚したときだろうか。パートナーは私よりズレていたが、そのズレが見事に合うことがあり、実感として「あぁ、ズレている」と思うようになったのだ。よくオタク気質と言われるが、気質なだけで、結局オタクにはなれなかった、と最近は思う。ズレているのが苦しくて、何かにハマっていないといられなかっただけだ。
結婚→仕事の異動→育児
は比較的ズレていてもなんとなかった。
でも、仕事復帰して異動した部は、半数以上が職場結婚、既婚者多数、子供はみーんな2歳差の二人、の圧倒的リア充の世界だった。そして、女性は専業主婦でもいいけど働いているという既婚者が多い。
既婚子供なしの若者女子たちは、「子供できたらやめまーす」「ってか子供いてなんであくせくハタラカナキャいけないんですか?パートじゃダメなの」という、専業主婦指向。
私は、好きなもの=宝塚とかいろいろを優先させそこにお金をつぎ込むために仕事をしていて金のためだけに働いている。
これが子供ができてより切実に。
パートナーは結婚するまで無職だった。
そう。
私は今や会社をやめるやいなや、頼りないパートナーの収入だけであくせくせねばならないのだ!
うおう。
切実。
そんなわけで、職を失うわけにいかない瀬戸際においやられた私はなんとかリア充に溶け込もうと、彼女たちに寄り添おう!リア充になろう!と必死になってやっていたのだが。
思春期に感じていたよりももっと大きな渦になって、例の、ズレが、私を苦しめる。
ズレていると毎日思い知らされ、息が詰まる。
手探り。
暗中模索。
そしてここにきてコロナ。
リア充たちがわけのわからない権利を主張し、公平を叫びだして、思った。
なんでもいい、
リア充でもなんでもいいから、
価値観とかズレとかどうでもいい。
寄り添って欲しいなら寄り添う擬態はしてやるから。
頼む。
権利を主張する前に
給料分の仕事をしてくれ。
コロナで通勤が怖いっていって遅くきてはやく帰るのなら、
せめて事務職総出のランチ会を週に2回も企画するあほなことはやめてくれ!!!
もう私、リア充が分からない。
ずれてていい。
こんなんなら、ズレてていいよ。