昨日お会いさせていただいた方に、「指宿さんの仕事には相手を思う愛を感じますね!話を聞いててファンになってしまいました。」と言っていただけました。お世辞だと思いますよ。でも、お世辞でもこう言う風に言葉に出して言ってくださる方とは仲良くしたいと思ってしまいます。単純ですけど、人ってそんなもんじゃないかなと思う訳です。
相手の方の良いところを褒めたり口にしたりするのは恥ずかしさなどもあって伝えづらい時があります。でも、良いところは良い、感謝したときはありがとう、こんなあって然るべきコミュニケーション
をついつい言いそびれてしまうこともあります。
中にはおだてられるのが嫌いな人もいるでしょう。でもそれが本心だったら嫌いも何もありませんよね。心から思える相手の方の良いところに触れたときには「それ良いね!」と言ってみましょう。
僕もこれからそれをする機会を増やしていこうと思います。相手の目をみてしっかり伝えていきます。
事業説明や商品サービスの特長を伝える場面は多くありますか?
自分のやっていることを知ってもらうには自分が言葉で話せるようになっていなければなりません。
仕事以外でたまたまそんな場面が今日ありました。考えを予めまとめておいた上で話をするのと、突発的に話すとでは伝え方が大きく変わってしまうところもありました。
最終的に言っていることは同じですが、手順が変わると説明も一段と難しくなってしまうこともあるんです。今日は正にそれで、相手の方が頭の切れる人だったのでいろんなところから質問が降ってきました。それに答えつつ矛盾なく説明するにはこちらも頭を結構使うようになります。
ただ、普段から言い慣れたテープレコーダーのような説明よりも相手のペースに合わせて言葉を選びながら話して行く方が断然説得力もありますし、なによりそこでも自己理解になっていきますよね。
相手の話を聞く姿勢も大事ですが、時には自分たちのことを色々な角度から話してみるのも必要かもしれませんね。
自分のやっていることを知ってもらうには自分が言葉で話せるようになっていなければなりません。
仕事以外でたまたまそんな場面が今日ありました。考えを予めまとめておいた上で話をするのと、突発的に話すとでは伝え方が大きく変わってしまうところもありました。
最終的に言っていることは同じですが、手順が変わると説明も一段と難しくなってしまうこともあるんです。今日は正にそれで、相手の方が頭の切れる人だったのでいろんなところから質問が降ってきました。それに答えつつ矛盾なく説明するにはこちらも頭を結構使うようになります。
ただ、普段から言い慣れたテープレコーダーのような説明よりも相手のペースに合わせて言葉を選びながら話して行く方が断然説得力もありますし、なによりそこでも自己理解になっていきますよね。
相手の話を聞く姿勢も大事ですが、時には自分たちのことを色々な角度から話してみるのも必要かもしれませんね。
今日はアイデアカフェの日でしたが今の時間(18時30分)で誰も来そうにもないので、ブログを書き始めました。こんな日もあるということで。
さて、たまにはWebサイト制作の話をちょっとしましょうか。
ウチは運用を主としているので制作が主役になることはありません。制作物はどんどん変えていくものと思っているからです。しかし、依頼する側のお客様からしたらそういう訳にはいきません。
かなり細かいところまでチェックをして誤解を与えてしまいそうな表現がないように一言一句チェックします。
チェック体制が出来ている会社ならまだ良いんですが、Web担当がほぼ一人で全てを受け持ってしまっている場合には制作がピタっと止まってしまいます。本当にピタッとです。
これには様々な要因がありますが、基本的なことをいうとその作業が嫌いなんだと思います。好きなら積極的にやるでしょうし、時間だって作ってくれます。しかし、そもそも苦手だったり嫌いだと後回しになっていくんです。
基本的には更新していってナンボの世界ですから出来れば公開前に立ち止まって欲しくないんです。しかし、自分で納得いかないものを公開させる訳にもいかないのは確か。これは真面目な方にとても多いです。
真面目じゃないとは言いませんが、ある程度の表現になっていて書いてあることが間違っていなければOKというご担当者さん、会社さんも沢山おります。むしろこっちのほうが多いです。
この場合は早いです。そうなると色んなメリットが出てきます。第一は、機会損失を防ぐ点です。
ある程度の表現といっても、コンサルティングからやってますので見て貰いたい対象と伝えなければならない事は出来上がっています。それに最新情報を加えて公開していくわけですから、早い段階で反応が得られるようになるんです。
サイトを持つ前、リニューアル前と比べると解析数値も反応も少なからず良くなります。実際に短期間で成果をあげている会社さんも沢山あります。
第二に、ストレスがなくなる(笑)というメリットがあります。
会社のWebサイト制作を担当者として抱えているのは案外ストレスが溜まる事なんです。しかも、原稿や素材集めなどどうすればいいのか分からないことだらけです。
そんな状態で日常の仕事も同時にこなしていくのは結構しんどいはずです。そんな環境からは早いところおさらばしないといけません。こだわるのは大事ですが、止めてしまうほど考え込んではいけません。
第三に、改善が開始される点です。一発でWebサイトを完璧に作る事はほぼ不可能といっていいでしょう。かならず改善点が見つかってきます。しかし、それは公開してから気づくことであって作っている最中では分からない事が多いです(ユーザビリティテストをすれば別)。
そして改善をしていくうちに、公開前のこだわりがなんだったのか、と思うはずです。なぜなら、作る時はどうしても売り手の立場になっていってしまうのが、改善時ではユーザ視点を用いるくからです。結局どちらのサイトが良いかとなると、後者になります。
ということは、サイト制作時では無駄に長引かせないことが極めて重要ということになります。ただし、一つ大事なことを最後に書いておきます。
コンセプトが曖昧な状態では無理に進めていかないのが基本です。その場合は可能な限りじっくり時間をかけてでも軸を作るのが最終的に良い結果に結びつきます。
さて、たまにはWebサイト制作の話をちょっとしましょうか。
ウチは運用を主としているので制作が主役になることはありません。制作物はどんどん変えていくものと思っているからです。しかし、依頼する側のお客様からしたらそういう訳にはいきません。
かなり細かいところまでチェックをして誤解を与えてしまいそうな表現がないように一言一句チェックします。
チェック体制が出来ている会社ならまだ良いんですが、Web担当がほぼ一人で全てを受け持ってしまっている場合には制作がピタっと止まってしまいます。本当にピタッとです。
これには様々な要因がありますが、基本的なことをいうとその作業が嫌いなんだと思います。好きなら積極的にやるでしょうし、時間だって作ってくれます。しかし、そもそも苦手だったり嫌いだと後回しになっていくんです。
基本的には更新していってナンボの世界ですから出来れば公開前に立ち止まって欲しくないんです。しかし、自分で納得いかないものを公開させる訳にもいかないのは確か。これは真面目な方にとても多いです。
真面目じゃないとは言いませんが、ある程度の表現になっていて書いてあることが間違っていなければOKというご担当者さん、会社さんも沢山おります。むしろこっちのほうが多いです。
この場合は早いです。そうなると色んなメリットが出てきます。第一は、機会損失を防ぐ点です。
ある程度の表現といっても、コンサルティングからやってますので見て貰いたい対象と伝えなければならない事は出来上がっています。それに最新情報を加えて公開していくわけですから、早い段階で反応が得られるようになるんです。
サイトを持つ前、リニューアル前と比べると解析数値も反応も少なからず良くなります。実際に短期間で成果をあげている会社さんも沢山あります。
第二に、ストレスがなくなる(笑)というメリットがあります。
会社のWebサイト制作を担当者として抱えているのは案外ストレスが溜まる事なんです。しかも、原稿や素材集めなどどうすればいいのか分からないことだらけです。
そんな状態で日常の仕事も同時にこなしていくのは結構しんどいはずです。そんな環境からは早いところおさらばしないといけません。こだわるのは大事ですが、止めてしまうほど考え込んではいけません。
第三に、改善が開始される点です。一発でWebサイトを完璧に作る事はほぼ不可能といっていいでしょう。かならず改善点が見つかってきます。しかし、それは公開してから気づくことであって作っている最中では分からない事が多いです(ユーザビリティテストをすれば別)。
そして改善をしていくうちに、公開前のこだわりがなんだったのか、と思うはずです。なぜなら、作る時はどうしても売り手の立場になっていってしまうのが、改善時ではユーザ視点を用いるくからです。結局どちらのサイトが良いかとなると、後者になります。
ということは、サイト制作時では無駄に長引かせないことが極めて重要ということになります。ただし、一つ大事なことを最後に書いておきます。
コンセプトが曖昧な状態では無理に進めていかないのが基本です。その場合は可能な限りじっくり時間をかけてでも軸を作るのが最終的に良い結果に結びつきます。
メールはとても便利ですが、昨今のSNSの普及や多人数での双方向性で見ていくと使いづらさが出てしまうのは否めません。
SNSの基本は個人(本人)です。存在ありきですので発言をしようがしまいが、メッセージをしようがしまいがそれで存在自体がどうこうという訳ではありません。
ではメールはどうでしょうか。
メールは「個」を隠すことができます。たとえメーリングリストに入っていても発言をしなくても話が進んでいってしまいますし、発言一つとってもなんだか仰々しくなりがちです。SNSと違って気軽さがないツールです。
SNSのグループ機能なんかは正にコミュニケーションツールのため発言をさかのぼりながら使うに対し、メールは件名を変えられると遡るのが大変になります。見逃しの原因も件名変更によることが結構あります。
この辺を理解した上でSNSかメール(メーリング)を使うかのコミュニケーションの取り方を選択していかねばなりません。
SNSは皆が皆かならずやっている訳ではない、メールはビジネスしている以上は基本的にもっている。ここが選択を誤らせてしまうポイントかもしれませんが。
メーリングリストでいうと発言を一度でも飛ばされてしまうと参加の意欲が無くなります(届いていないのか、無視されているのか、なんなのか分からないからです)。
大事にしていきたいやりとりこそ安易なコミュニケーションツールの導入には気を付けていく必要がありそうです。
SNSの基本は個人(本人)です。存在ありきですので発言をしようがしまいが、メッセージをしようがしまいがそれで存在自体がどうこうという訳ではありません。
ではメールはどうでしょうか。
メールは「個」を隠すことができます。たとえメーリングリストに入っていても発言をしなくても話が進んでいってしまいますし、発言一つとってもなんだか仰々しくなりがちです。SNSと違って気軽さがないツールです。
SNSのグループ機能なんかは正にコミュニケーションツールのため発言をさかのぼりながら使うに対し、メールは件名を変えられると遡るのが大変になります。見逃しの原因も件名変更によることが結構あります。
この辺を理解した上でSNSかメール(メーリング)を使うかのコミュニケーションの取り方を選択していかねばなりません。
SNSは皆が皆かならずやっている訳ではない、メールはビジネスしている以上は基本的にもっている。ここが選択を誤らせてしまうポイントかもしれませんが。
メーリングリストでいうと発言を一度でも飛ばされてしまうと参加の意欲が無くなります(届いていないのか、無視されているのか、なんなのか分からないからです)。
大事にしていきたいやりとりこそ安易なコミュニケーションツールの導入には気を付けていく必要がありそうです。
自分らしく生きよう! といった感じ言葉をよく聞きますね。僕も「自分らしくね」と言うときもあります。
では自分らしくって一体どうやって理解すればいいんでしょうか。
自分で思う自分、もう一人の自分、相手から見たときの自分、社会の中での自分、どれも自分です。
自分らしくって、きっと答えがないことなんだと思っています。だって明日になったら、その“らしさ”が変わってしまうことだってあるでしょう。意識しているらしさというのは自分の中の一部分にすぎないんだと。
気分や喜怒哀楽で“らしさ”にズレが生じるときだってあります。
たとえばお金にきっちりしている人が他人にお金を貸してしまった。それは“普段からしたら”らしくない行為になりますが、自分という中で考えたらそういう自分もいたということになります。
自分らしさに生きるというのと、やりたいことやって生きていくのはイコールなんでしょうか。
これも答えが出せない問いです。
やりたいことだって変わるし、変えていいんです。そのときの自分が決めればいいだけなんです。
逆にやりたいことが分からないというのは、何にもやりたくないだけなんじゃないでしょうか。
何もやらない、それをしたい。とも言い換えられますね。
いいじゃないですか、わからなくたって。いいじゃないです、やらなくったって。それも自分です。
やりたくなったらやればいいんです。それが自分です。
自分の考え、行動、やるき、わからないこと、わかろうとすること、そんな全部が自分で自分らしさなんじゃないでしょうか。
僕はあなたを応援していますよ!
では自分らしくって一体どうやって理解すればいいんでしょうか。
自分で思う自分、もう一人の自分、相手から見たときの自分、社会の中での自分、どれも自分です。
自分らしくって、きっと答えがないことなんだと思っています。だって明日になったら、その“らしさ”が変わってしまうことだってあるでしょう。意識しているらしさというのは自分の中の一部分にすぎないんだと。
気分や喜怒哀楽で“らしさ”にズレが生じるときだってあります。
たとえばお金にきっちりしている人が他人にお金を貸してしまった。それは“普段からしたら”らしくない行為になりますが、自分という中で考えたらそういう自分もいたということになります。
自分らしさに生きるというのと、やりたいことやって生きていくのはイコールなんでしょうか。
これも答えが出せない問いです。
やりたいことだって変わるし、変えていいんです。そのときの自分が決めればいいだけなんです。
逆にやりたいことが分からないというのは、何にもやりたくないだけなんじゃないでしょうか。
何もやらない、それをしたい。とも言い換えられますね。
いいじゃないですか、わからなくたって。いいじゃないです、やらなくったって。それも自分です。
やりたくなったらやればいいんです。それが自分です。
自分の考え、行動、やるき、わからないこと、わかろうとすること、そんな全部が自分で自分らしさなんじゃないでしょうか。
僕はあなたを応援していますよ!
以前のブログに『年収を上げる読書術』という本を読んでいた人が隣にいて居眠りをしていたというどうでもいい事を書きました。
先日その喫茶店でその方とまた遭遇したのです。しかも隣に座ってきました。僕も仕事をしながらチラチラと横眼で気にしていたら本を取り出したのです。きたなと思いタイトルを覗こうとするも、上手く見えません。じゃあいいやとなって仕事をしていたら突然寝始めました。
着席してわずか3分くらいの出来ごとです。紅茶のパックすらとらずに本を開いて寝たのです。ワイルドな人だなと思って手元をパッとみるとタイトルが見えました。
『メモで未来を変える技術』とあります。
○○術といったことが好きな方なんだなと。自己啓発なのかハウツー・マニュアル本なのかよく分かりませんが、僕もかつては結構○○術といった本を読んでいたように思えます。
しかし、何一つ身になった試しがありません。すでにどんな本だったかも忘れている始末です。
だからといってこういった本を否定する気はありません。本はそのときの自分にとって大事なタイミングで出会えるものと思っていますので。
ただ、もっと大事なのは本でも講座でも教えてもらったことこそ、身につくまでにとてつもなく時間が掛かるということを意識できるかどうかなんです。大抵は逆に考えますよね。教えて貰うんだから早く身になると。そうではないと僕は思っています。
自分のやり方で道を切り開く人は、答えを導き出すプロセスを経験して身になってついていきます。なので感覚的なものをダイレクトに得ていく分、今後の応用もきいていきます。
一方教えてもらったことは自分で考えて切り開いたことではありません。思考プロセスもなければ体験したことでもないんです。ただ「いい事聞いた」というところからのスタートなんです。
やり方が分かったからといってそのまま出来るようにはならないんです。
なぜなら、自分の思考や行動の癖に合っているかどうかは関係ないからです。他人流を何度も何度も繰り返し自分に叩き込んでこそようやく分かってきます。その点は武道も同じですよね。
自己啓発本が役に立たないというのも聴いたことありませんか。それはきっと素直な人なんだと思うんです。他人のやり方を素直に真似ていこうとするから違和感があったり続かなかったりするのではないでしょうか。そして楽をしようとする気持ちもどこかにあるんじゃないでしょうか。教えて貰うってそもそもお金を使えば誰でもできる簡単なことですから。
教えてもらったことや本で学んだことなんて1割~3割、せいぜい半分くらいが活かせればそれでオッケー。けど、素直な人や教えてもらって全てを解決しようとする方はちょっとしか役に立たないといつか怒りだします。そうではないですよね。自分の人生は自分が主役なんですから、自己流で良いところを足していけばいいんです。
そして、それがちょっとでも活かせてもう少しエッセンスを加えていこうと思ったら昇華させながらそれを繰り返していけば自分なりの生き方になっていくんだと思います。
“自分なりに”というのを忘れずに生きていきたいものです。
先日その喫茶店でその方とまた遭遇したのです。しかも隣に座ってきました。僕も仕事をしながらチラチラと横眼で気にしていたら本を取り出したのです。きたなと思いタイトルを覗こうとするも、上手く見えません。じゃあいいやとなって仕事をしていたら突然寝始めました。
着席してわずか3分くらいの出来ごとです。紅茶のパックすらとらずに本を開いて寝たのです。ワイルドな人だなと思って手元をパッとみるとタイトルが見えました。
『メモで未来を変える技術』とあります。
○○術といったことが好きな方なんだなと。自己啓発なのかハウツー・マニュアル本なのかよく分かりませんが、僕もかつては結構○○術といった本を読んでいたように思えます。
しかし、何一つ身になった試しがありません。すでにどんな本だったかも忘れている始末です。
だからといってこういった本を否定する気はありません。本はそのときの自分にとって大事なタイミングで出会えるものと思っていますので。
ただ、もっと大事なのは本でも講座でも教えてもらったことこそ、身につくまでにとてつもなく時間が掛かるということを意識できるかどうかなんです。大抵は逆に考えますよね。教えて貰うんだから早く身になると。そうではないと僕は思っています。
自分のやり方で道を切り開く人は、答えを導き出すプロセスを経験して身になってついていきます。なので感覚的なものをダイレクトに得ていく分、今後の応用もきいていきます。
一方教えてもらったことは自分で考えて切り開いたことではありません。思考プロセスもなければ体験したことでもないんです。ただ「いい事聞いた」というところからのスタートなんです。
やり方が分かったからといってそのまま出来るようにはならないんです。
なぜなら、自分の思考や行動の癖に合っているかどうかは関係ないからです。他人流を何度も何度も繰り返し自分に叩き込んでこそようやく分かってきます。その点は武道も同じですよね。
自己啓発本が役に立たないというのも聴いたことありませんか。それはきっと素直な人なんだと思うんです。他人のやり方を素直に真似ていこうとするから違和感があったり続かなかったりするのではないでしょうか。そして楽をしようとする気持ちもどこかにあるんじゃないでしょうか。教えて貰うってそもそもお金を使えば誰でもできる簡単なことですから。
教えてもらったことや本で学んだことなんて1割~3割、せいぜい半分くらいが活かせればそれでオッケー。けど、素直な人や教えてもらって全てを解決しようとする方はちょっとしか役に立たないといつか怒りだします。そうではないですよね。自分の人生は自分が主役なんですから、自己流で良いところを足していけばいいんです。
そして、それがちょっとでも活かせてもう少しエッセンスを加えていこうと思ったら昇華させながらそれを繰り返していけば自分なりの生き方になっていくんだと思います。
“自分なりに”というのを忘れずに生きていきたいものです。
日清カップヌードルが話題をさらっていますが、どう考えますか?
僕は、わざと中止にしたと考えています。
だって誰が批判なんかするの? CMみて思うところがある人はいるかも知れませんが、そういうCMですからね。
批判が本当にあったかどうか、中止に追い込まれるほどあったかどうか、それは広告主と代理店のみぞ知ることです。
一人も批判がなくそれをしたら「嘘つき」ですが、たったの一人でも批判があればその批判を受けて中止ができます。
CMも見ましたし、別に不快に思いません。
中止になったとニュースをみて、これやったな、と。
真相はわかりませんよ。でも出来過ぎなんです。すべてにおいて。
そもそもが何ヶ月間もダラダラと流すCMでもありませんし。
Webメディアにも相当出て、SNSでも拡散されて、その動画をみようと検索されてWebサイトに来てもらって、導線をわざと甘くしてカップヌードル以外の新商品にも触れてもらって・・・。
事実そうなっているんです。
炎上商法ではありませんが、立派な企業が批判を優先させた仕組みを作ったとしたら凄い時代になったということです。
大事なのは、顧客ターゲットに企業イメージをどう植え付けるかですから。
こんな時代ですから色んなやり方もしていいんじゃないでしょうか。
僕は、わざと中止にしたと考えています。
だって誰が批判なんかするの? CMみて思うところがある人はいるかも知れませんが、そういうCMですからね。
批判が本当にあったかどうか、中止に追い込まれるほどあったかどうか、それは広告主と代理店のみぞ知ることです。
一人も批判がなくそれをしたら「嘘つき」ですが、たったの一人でも批判があればその批判を受けて中止ができます。
CMも見ましたし、別に不快に思いません。
中止になったとニュースをみて、これやったな、と。
真相はわかりませんよ。でも出来過ぎなんです。すべてにおいて。
そもそもが何ヶ月間もダラダラと流すCMでもありませんし。
Webメディアにも相当出て、SNSでも拡散されて、その動画をみようと検索されてWebサイトに来てもらって、導線をわざと甘くしてカップヌードル以外の新商品にも触れてもらって・・・。
事実そうなっているんです。
炎上商法ではありませんが、立派な企業が批判を優先させた仕組みを作ったとしたら凄い時代になったということです。
大事なのは、顧客ターゲットに企業イメージをどう植え付けるかですから。
こんな時代ですから色んなやり方もしていいんじゃないでしょうか。
セルフ喫茶店でコーヒーを運んで席を確保してくれるウェイトレスがいました。
そのあとの行動も目で追っていましたが、一分の隙すらありません。すばらしい視野をもっている方でした。
お客さんはお年を召した男性でしたが杖もなく歩けていたので自分で出来なくもない感じです。
ご案内したところが禁煙席だったので喫煙席へ移動することに。
男性は自分でコーヒーを運ぼうとしていましたが、ウェイトレスがそれを見ていてすぐに代わりに運んであげていました。
混んでいる喫煙席をみた男性が、「席あるかな」とつぶやくと、先ほどチラっとみたら一席空いてたので大丈夫です。と即座に答えて完璧なご案内をしてみせました。
これが普通の喫茶店ならどこにでもある風景に感じるかもしれませんが、ここはセルフサービスの喫茶店です。いつも来ている店ですが、コーヒーを運ぶウェイトレスなぞ他にいませんし、マニュアルどおりでないことなど一目でわかります。
そのあとの行動も目で追っていましたが、一分の隙すらありません。すばらしい視野をもっている方でした。
仕事ができる人だなととても感心しました。
案内してもらった男性の方はさぞ気分よくいられたと思います。
たった200円のコーヒーだからこそ200円分のサービスで終わらせてはいけないことを学べた気がします。
案内してもらった男性の方はさぞ気分よくいられたと思います。
たった200円のコーヒーだからこそ200円分のサービスで終わらせてはいけないことを学べた気がします。
先週の中頃までは、「あとは、とある案件を集中してやるだけだ!お待たせしてゴメンナサイ!」と思っていてそれに取り組んでいたのですが、あれよあれよと、金曜と今日の2日間だけでやることだらけになってしまいました。
という訳で、今日はブログに頭が回らないのでここまで。
と、言い訳だけで終わらせるわけにいかないのでちょっとだけ書いておきます。
世の中には嫌がらせをする人が本当にいるんだと思う出来事がありました。
車で山に行って渓流釣りをしたときの帰りです。
車に乗りこみ、山道(舗装された林道)を下っていました。
その道は通れないほどではありませんが、道が悪くデコボコしていたんです。山自体も岩山のため道には落石が転がっている有り様でした。
そんな道なので木の太い枝一本落ちていても何の不思議ではないんです。で、大人一人が両手で持てるくらいの木が道に横たわっていました。
助手席にいた僕が降りて木をどかします。
荒れた道ですね、と何の疑いもなく車で下り始めるとまた木が邪魔しています。1~2本木が邪魔することなんて山にいけばいくらでもあるので、これまた谷に落として道を開きました。
で、次のカーブを曲がったところに2本も3本も木が落ちているんです。
木のゲートが立て続けに置かれている感じです。
これは、人為的な嫌がらせだなと。その時に気づきました。
木の大きさもドンドンエスカレートしていて、最後はどうやったのか不思議なくらいの根っこ付きの木まで置かれてしまったのです。
大人3人がかりでなんとかどかすことが出来ましたが、本当に悪意のある最悪の行為でした。
置いた人がどんな人か分かりません。理由もハッキリしたところは分かりません(推測だと、渓流釣りは早い物勝ちみたいな感じがあるので出遅れた人が頭にきて取った行為だと)。
こんな自分勝手なことは許されてはいけません。しかし、日本のどこかにこれをやった本人がいるんです。それは紛れもない事実です。
そういう勝手な人物がもしも自分の会社の社員だったらどうしますか?
ウチに限ってそんなことはありません、ですか?
見えないところで迷惑行為をしていませんか、社員さんたちが。
お花見で大占領をして謝罪に追い込まれた会社がニュースになっていました。それも迷惑という点で同じ分類ですよね。
仮に大規模な場所取りを認めたとしても、場所を取れなかった人が腹いせに何かしないとも言えません。
どうでしょうか、悔い改める懺悔タイムもあってもいいのかもしれません。それを聞いたときに咎めずにいられるならばの話ですが。
という訳で、今日はブログに頭が回らないのでここまで。
と、言い訳だけで終わらせるわけにいかないのでちょっとだけ書いておきます。
世の中には嫌がらせをする人が本当にいるんだと思う出来事がありました。
車で山に行って渓流釣りをしたときの帰りです。
車に乗りこみ、山道(舗装された林道)を下っていました。
その道は通れないほどではありませんが、道が悪くデコボコしていたんです。山自体も岩山のため道には落石が転がっている有り様でした。
そんな道なので木の太い枝一本落ちていても何の不思議ではないんです。で、大人一人が両手で持てるくらいの木が道に横たわっていました。
助手席にいた僕が降りて木をどかします。
荒れた道ですね、と何の疑いもなく車で下り始めるとまた木が邪魔しています。1~2本木が邪魔することなんて山にいけばいくらでもあるので、これまた谷に落として道を開きました。
で、次のカーブを曲がったところに2本も3本も木が落ちているんです。
木のゲートが立て続けに置かれている感じです。
これは、人為的な嫌がらせだなと。その時に気づきました。
木の大きさもドンドンエスカレートしていて、最後はどうやったのか不思議なくらいの根っこ付きの木まで置かれてしまったのです。
大人3人がかりでなんとかどかすことが出来ましたが、本当に悪意のある最悪の行為でした。
置いた人がどんな人か分かりません。理由もハッキリしたところは分かりません(推測だと、渓流釣りは早い物勝ちみたいな感じがあるので出遅れた人が頭にきて取った行為だと)。
こんな自分勝手なことは許されてはいけません。しかし、日本のどこかにこれをやった本人がいるんです。それは紛れもない事実です。
そういう勝手な人物がもしも自分の会社の社員だったらどうしますか?
ウチに限ってそんなことはありません、ですか?
見えないところで迷惑行為をしていませんか、社員さんたちが。
お花見で大占領をして謝罪に追い込まれた会社がニュースになっていました。それも迷惑という点で同じ分類ですよね。
仮に大規模な場所取りを認めたとしても、場所を取れなかった人が腹いせに何かしないとも言えません。
どうでしょうか、悔い改める懺悔タイムもあってもいいのかもしれません。それを聞いたときに咎めずにいられるならばの話ですが。
昨日の記事に消費者金融のことを書きまして、サイトも一通り覗いたことで今朝から至る所に広告バナーが出まくっています。
CMをみてサイトに辿りつき、Webの特別動画を見て、離脱する。
次には訪問者に向けたターゲティング広告を配信して忘れさせない施策を打つ。これはオーソドックスながらもとても大事な手法になります。
次はそこから口コミを発生させるのが今の考え方の主流です。
でも商品サービスの性格上、口コミになりづらいものも沢山あります。
本人のコンプレックスに関係していることや、信用を下げるようなことです。借金を自慢する人がいないように、消費者金融も仮に使っていても誰にも話したくないはずです。
僕もこのブログで書いていること自体抵抗があります。こいつ使ってるんじゃないの?って1mmでも思われたくないので。使っていませんよ!とムキに否定すればするほど怪しくなりますし。
そういうコンプレックスに関係するような商材は、モバイルとの相性が良いです。自分でこっそり調べて使えるからです。
まさにスマホは自分だけの情報収集アイテムになっているんです。
どうすれば顧客見込みにそうやって使ってもらえるかがこの場合のアイデア出しのポイントになるわけですね。
ユーザとの接点をどう捉えていくか仮説を立てていくのがアイデアを出す間に必要で、それを抑えた上で案を捻りだしていきます。アイデアは闇雲に出すこともありますが、やはりポイントを意識しておくだけで質が高まりますし行動に移しやすくなります。
これからのマーケティングはこの更に一歩先を考えていくようになりますが、それはまたの機会で。
CMをみてサイトに辿りつき、Webの特別動画を見て、離脱する。
次には訪問者に向けたターゲティング広告を配信して忘れさせない施策を打つ。これはオーソドックスながらもとても大事な手法になります。
次はそこから口コミを発生させるのが今の考え方の主流です。
でも商品サービスの性格上、口コミになりづらいものも沢山あります。
本人のコンプレックスに関係していることや、信用を下げるようなことです。借金を自慢する人がいないように、消費者金融も仮に使っていても誰にも話したくないはずです。
僕もこのブログで書いていること自体抵抗があります。こいつ使ってるんじゃないの?って1mmでも思われたくないので。使っていませんよ!とムキに否定すればするほど怪しくなりますし。
そういうコンプレックスに関係するような商材は、モバイルとの相性が良いです。自分でこっそり調べて使えるからです。
まさにスマホは自分だけの情報収集アイテムになっているんです。
どうすれば顧客見込みにそうやって使ってもらえるかがこの場合のアイデア出しのポイントになるわけですね。
ユーザとの接点をどう捉えていくか仮説を立てていくのがアイデアを出す間に必要で、それを抑えた上で案を捻りだしていきます。アイデアは闇雲に出すこともありますが、やはりポイントを意識しておくだけで質が高まりますし行動に移しやすくなります。
これからのマーケティングはこの更に一歩先を考えていくようになりますが、それはまたの機会で。