松尾スズキさん演出の『キャバレー』を観て参りました。
いやー、待ってました、この日を。
観たかったんです。ずっと。
・・・気付けば10年待っておりました。
観劇にあたり、前回の松尾バージョンについての観劇日記をおさらいしようと、当時のブログを探してみたら・・・なんと日付が2007年10月。
「え!!!!そんなに経ってたの!!!!」と驚愕。
※ 以下はネタバレ含みますので、知りたくない方はここで回れ右して下さいませ ※
ちなみに『キャバレー』ってどんな作品?
アサミは何を観て来たの?
と思われた方は、こちら↓をご参考になさって下さいませ。
http://kangekiyoho.blog.jp/archives/52017376.html
私の書いたものではありませんが、今回のステージ写真満載で、ストーリーも紹介されています。
さて。ここから先はワタクシの観劇備忘録ですので、細かくてクドイものとなります(笑)
興味とお時間のある方だけおつきあい下さい<(_ _)>
嬉しかったのは、主役2人とMCは配役が変わったものの、秋山奈津子さん、小松和重さん、平岩紙さん、村杉蝉之介さん…その辺りの配役はそのままだったこと。
この人達がいてこその松尾版キャバレー!再び観られたのは喜びでした。
当時も脚本が自由で、時事ネタがかなり入っていた中で、平岩紙さんが「ギザアヤシス~」と言っていたのが未だに印象に残っています。容易に当時の世相を思い出せますね(笑)
そこに比較すると今回も自由は自由だったけれど、時事ネタという脱線で笑わせてくるというよりは、作品の世界と密着した形での笑いが多かった気が。
あまり前回のことをクドクド書いても仕方がないのですが、10年前はとにかく「こんな『キャバレー』ってあるの!!」と大興奮、大満足していた反面、ブログをこんな風に結んでいました。
~~ この舞台は専門家の評価は賛否両論のようである。
私自身は十分に楽しんだし、これはこれで十分アリだと思う。
従来のように退廃的で、ナチの台頭や戦争の影が重く差してくる舞台は、ともすれば耽美すぎて退屈に なったりする。
それに比べると松尾版はとても親しみやすく、観客が楽しんでいるのが肌に伝わってくる。この作品であれだけ楽しませてしまうって、なかなか出来る事じゃないと思う。
白手のダンサーが出て来たのはフォッシーへのオマージュだろうか。
あとはキャバレーの妖しい気だるさや、ナチズムの不気味さ、この時代の爛熟した不健康さや昏さがもう少し象徴的にでも感じられたら、もっと好きだったかもしれない。
松尾版は徹底してキッチュだった。 ~~
この最後の3行、ここが今回の観劇のツボだったのです。
果たしてどうなっているのか!?ものすごい期待を込めて出掛けた結果・・・更なる満足!大満足!
「エロ」という表現があります。今回「長澤まさみエロかった」という感想はもの凄くよく見かけます。
でも「エロ」一言ではしっくり来ない。それでは足りない。
確かにセクシュアルでした。官能的でした。でも雰囲気や印象だけではない!
肉感です!肉の厚み!肉体の存在感と世界観との融合、そこから零れるもの、匂って漂って来るもの。
それがショーの圧倒的な華やかさへの裏付けにもなってゆく。
前回はMCの阿部サダヲさんがそこを一手に引き受けている感じでした。
それが今回はヒロインの長澤まさみさんは勿論、アンサンブルの男性まで色気があってすごく素敵だったー。
長澤まさみさん、サリー合っていると思います。声量もありました。
ライザ・ミネリばりの歌唱力まで身に着けたら、もう鬼に金棒。
今回ポスターが彼女一人なのも納得!のサリーでした。
物販でポスター買っちゃった(●^o^●)
アニメ以外でポスター買ったの初めてかも。
そして。今回一番ゾクゾクしたのは。
MCの石丸幹二さんでした。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20170218/22/imasa-0324/a3/f9/j/t02200331_0640096213871868644.jpg?caw=800)
『キャバレー』はMCで作品の良し悪しが決まる作品と言われますが。
良し悪しというか、世界観やスケールが決まるからなのだと思います。
これまで多くのMCを観て来ましたが、今回の石丸さん、私の歴代一位になりました。
妖しくて、ねちっこくて、色っぽくて、上品で下品でシニカル。
MCの特徴の白塗りも合っていて、表情豊かで、ピカ一の歌唱力は言わずもがなで歌も変幻自在。
今日のブログタイトルの「Money, Money」、このMCが歌うのですが、実はこの曲あまり好きではありませんでした。とても好きな俳優さんが歌った時でさえ。
でも今日のは良かったー。ここだけ抜いてもう一度聴きたい!
そんな想いからつけられた今日のタイトルです。
MCは狂言回しなので、当然外側からこの世界を見ていて、生身の登場人物ではないのですが、石丸さんのMCはそれ以上に超越している存在に感じました。
神、時間、時代…目には見えないものを、わかりやすく具象にしてみたらこんなヒト型になっちゃった・・・とでもいう気紛れな存在で、例えばいまこうしてブログを書いている私の隣に忽然と現れても不思議ではないような、そんな奇妙なリアリティ。
一幕最後にハーケンクロイツ旗の前に立つMCの存在はとても不気味で、避けられないナチの台頭によってこれからおこる悲劇を見透かしてでもいるのか、体内に孕んだ狂乱の熱が煙草に火をつけたような気がしました。
MCって”軽妙洒脱”と言い表すのが合う役者さんが多いけれど、石丸さんは重量感があったなぁ。
そういえば大柄な人というのもこれまでにはないかも。
とにかく、良い意味で裏切られたMCで、私にはズンと来た!観に行った甲斐がありました。
『ウエストサイドストーリー』の五重唱ばりに、各登場人物が持ち歌を歌うラストも印象的で、それぞれがぞれぞれの人生を生きている愛おしさを感じながら、この作品が伝えて来る業のようなものに胸を打たれて帰路につきました。