どうして曲を公開しているのかは、
こちらを参照。
http://imaritones.blogspot.com/2009/11/blog-post.html







ラブレター2つめです。

早速、癒し系です。

伊万里音色(Imari Tones)が、バンドとして旬だった時代がありまして、
それは、2004年から2005年にかけての、
Tone、はらっち、みねっちの3人でやっていたときです。
黄金トライアングル時代と勝手に呼んでます。


もちろん、今、はっしー&ジェイクとともに、このバンドは二度目の旬を迎えつつあるわけですが、


それまで、このバンドを形にしようと、準備をしてきて、
やっと形になったのが、この時期で、
伊万里音色の、自分たちで歩いてきた歴史の中でも、
このときがいちばん、日本の普通のバンドらしい時期だったんじゃないかと思います。

この時期の代表曲はいろいろあります。
日本のロックらしい情感を伴った「丘上烈風」であるとか、
切れ味のある「虚数少年2」、
今でも演奏している「Winning Song」のオリジナルバージョン(ギターソロがもっと簡単なバージョンだった)が生まれたのもこの時期です。

ハードロックというよりは、
パンク要素やポップの要素がごたまぜになった、ミクスチャー状態でしたが、
要は王道のポップバンドだったと思います。


この「Must Be....」という曲は、
作曲自体は、1998年に作られたものです。
バラードではないですが、きれいなメロディのポップソングで、
この曲を書いたとき、ちょっと僕は精神的に辛かったり、先が見えない状態にありました。
そんな中でも、生きていることに感謝をしよう、という気持ちでつむぎだしたメロディであると思います。


この曲は、ストリングスというのか、キーボードのアレンジが、ポイントになっています。
ライヴでも演奏していましたが、その際は、キーボードはなし、あるいは、一度、うちの妹に、キーボードを弾いてもらって演奏したこともありました。

ヴァース部分の、ピチカートの音と一緒に鳴っているストリングスのメロディが、とても気に入っています。

それから、間奏、ギターソロの部分が、とても美しいサウンドになり、とても気に入っています。その部分も、ストリングスのアレンジがいい感じだと思うのですが、ミックスの関係で細かい部分があまり聞こえません(笑)

この時期に書いた曲の中では、これも代表曲のひとつである、"Good Bye, My Sunshine Town"と同じくらい、きれいなギターソロというか間奏部分なんではないかと思います。
ギターソロもごくごくシンプルなものですが、この部分に、僕の命の音がすべて鳴っていると思います。
これが僕の祈りであり、祈るギターソロです。


日本語でこういう歌ものを書くと、歌詞の問題でどうしても尺が長くなってしまい、曲も5分超で、ちょと長いのですが、ぜひ聞いてみて欲しいです。



歌詞です。
クリスチャンになった今となっては、
よくあるパターンとして、
「君」を、神様、と読み替えることも、できるかもしれません。

僕はクリスチャンになったのはごくごく最近ですが、
ずっと前に書いた、この曲のサウンドは、
クリスチャンになる前からも、神様がずっとそばにいてくれたという、
ひとつの証明の音だよね、と、自負しています。



"Must Be...."


Ah 二度とない時を 迷いながら 歩き続け
こんなにも君は 僕のことを 愛してくれた
Ah 覚えてるよ 君とすごしたあの日の景色
なつかしい匂い そして僕は溶けていく

Must Be All Right
日が沈むよ 回っていくよ この僕の上で
続いていくよ とりとめもない 新しい日々が
Must Be All Right

Ah いやせない傷を かかえながら 歩き続け
流れた血は色褪せはしない 記憶の中で
Ah それでも人は歩いていく それぞれの愛を抱いて
大事じゃない ものなんてない 忘れないでいよう

Must Be All Right
問い掛けるよ この胸の奥 愛しい昨日よ
流れる時も すべては一つさ カコもミライも
ふりあおぐよ かがやく星を ちっぽけな僕を
よかったのだろう すべてこれで 愛しい明日よ
Must Be All Right





この曲は、はらっち、みねっち、と共に作った"光のヒーロー"という作品に入っています。

日本だとMonstar.fm
http://monstar.fm/imaritones

海外だとiTunes Storeにて、
http://click.linksynergy.com/fs-bin/stat?id=jie87qJhiN0&offerid=78941&type=3&subid=0&tmpid=1826&RD_PARM1=http%253A%252F%252Fphobos.apple.com%252FWebObjects%252FMZStore.woa%252Fwa%252FviewAlbum%253Fid%253D287100994%2526s%253D143441%2526partnerId%253D30

ほそぼそと販売しております。
純粋に自分のための備忘録であり、思考記録であり、映画評にはなっていない。
そんで、本当の感想はいつも書かない。


評判の映画である、
マイケル・ジャクソンのThis is itを見てきた。

マイミクさんの中でも、少なくとも10人は、この映画が素晴らしいと書いてる人がいたと思う。

なぜ見にいくことにしたかというと、嫁さんが見に行きたいと言ったからだ。
いつもそうだ。



最初に言っておくと、
僕はロックファン、なおかつどちらかというとハードロックファンだったため、
Micheal Jacksonのことは、良い、とか、凄い、と思うことはあっても、
好きだ、と思ったことは、人生の中で一度も無かった。

しかし、ロックをやる人間が、The Beatlesを皆知っているように、
僕だってほんのちょっとくらいは、マイケル・ジャクソンについて、知っている。


マイケル・ジャクソンについて、僕が知っていることといえば。


・超一流の、凄えシンガーだということ。
誰も彼みたいには歌えない。
しかも、そんな凄いシンガーなのに、
彼にとっては、それは軽々と歌っているだけで、
才能のほんの一部に過ぎない。

・ダンサーとしても世界最強。
しかし、僕はダンスについてはよくわからない。
(しかし、今日の映画の中で、マイケルの動きや身のこなしを見るにつけ、その凄さはなんとなくわかった。)

・まるで世界共通語のような、人種も文化も超えて、誰にでもわかりやすく、人類皆がノれるビートの、最強のポップソングを書くことができる人だということ。

・子供の頃から歌う勤労少年だったらしいこと。

・Beat Itでエディ・ヴァン・ヘイレンが、Black or Whiteではスラッシュが、Thrillerのアルバム通してスティーヴ・ルカサーとTOTOが演奏し、その後のコンサートではジェニファー・バトゥンがギターを弾いていたということ。

・子供の名前がなぜかプリンスであること(笑)


それくらいだ。



あえて言うならば、
評判の映画ではあったけれど、
衝撃的な、感動とかは、しなかった。
(むしろ思わせぶりなアニメ映画の予告編で号泣してしまった・笑)

しかし、やはり見てよかった。




いわゆるスターというのか、ある種の人間がいる。
ミュージシャン、音楽家というのと、スターというのは、
まったく別の人種であって、
僕が昔から興味があったのは、音楽家の分野であったから、
スターという分野に属する、マイケル・ジャクソンに対して、
それほど興味は、もともと、僕の興味としては、無いんだけれど。


いわゆるスターといわれるような、人種がいると思う。
彼らは、体の中に愛が詰まっていて、
それらを限りなく、周囲の人々に与えるようにできている。
その愛が人々をひきつけ、魅了する。
一挙手一投足が魅力的で、彼らの言動に皆が注目する。


たとえば、HR/HMの世界だと、マイケル・ジャクソンにちょっとでも近いようなスターといえば、Jon Bon Joviくらいしかいないと思う。


個人的にBon Joviの音楽は、音楽的に特別優れているとは思わないが、
それにもかかわらずBon Joviの音楽は非常に魅力的である。

それは、なんといってもジョン・ボン・ジョヴィという男の魅力に尽きる。
ルックスというだけの話ではなくて、
やはり人格、人徳というのか、
神が選んだのか、
彼の中には愛が詰まっているという、それだけのことだ。


僕は、飾り気の無いロックしかわからないので、
ダンスとか、ポップなステージの、流儀は、ぶっちゃけわからないのだけれど、

マイケル・ジャクソンが、ものすごい才能の持ち主で、
まさに愛を持って生まれたスーパースターであったことはわかる。
映像の中のマイケルは、まさに一挙手一投足が、魅力的だった。
そういったマイケルを理解するためには、良い映画だったと、思う。


少なくとも、20世紀最強のポップスター、僕らの世代の最強のエンターテイナーが、どういうものだったのかを、垣間見るのには、良いきっかけとなる映像だった。



リハーサルに取り組むスタッフや演者たちの様子が映し出されているのを見ると、
その後、まもなく、マイケル・ジャクソンが亡くなって、ショウが実現しなかったことが、ありえない悲劇に思えてくる。


マイケルは、映画の中で、「4年で環境破壊を食い止め、地球を救う」というような意味の発言をしていた。


果たして、ポップスターが、大規模なアリーナコンサートをやることで、人類ぜんぶの生き方を変えたり、環境破壊を止めることが、できるのか。
それは疑問だ。

そして、そんなことができるのだろうかと、考えこんだ。


そして、そのマイケルが死んでしまったことの意味を考える。

もし、マイケル・ジャクソンが、現代文明、20世紀音楽文化が生み出した最強のスターであるならば、彼が亡くなってしまったということは、彼が失敗したということは(失敗か成功か、言うのは早計にせよ)、つまりは失敗した、ということだ、スーパースター達は、20世紀ポップミュージックは。マイケルに出来なければ、他に誰が、出来るのか。



リハーサルの様子や、その中でのマイケルの様子が描かれ、
たとえば、最近では常識となっているインナーイヤーモニターに対して、
マイケルが、慣れていないからやりにくい、と言っていたり。

でも、マイケルがギタリストに注文をつけるシーンでは、
ちょっと苦笑してしまった。
マイケルの意図も、もちろんわかるんだけれど、ギタリストのはしくれとしては、え?と思ってしまった。


でも、ただのビッグスターだと思っていたマイケル・ジャクソンが、
いかにユニークな存在であったかを、思い知るには十分だった。


Micheal Jackson
しょせん、ポップスターであり、
ロックをかじっている僕らには、ぶっちゃけ、関係ない。
関係ない。
関係はない。
関係ない。



僕は、そして、ミュージシャンの大多数は。
あんなふうに歌えない。踊れない。
僕は、日本人だ。
格好も悪い。
演奏も上手くはない。

しかし、マイケルはユニークな存在だった。



そんなふうにまったく関係がないけれど、

僕は、マイケル・ジャクソンを意識し、目指してみようと思う。(爆笑)

理由は、Why Not?という声がきこえるからだ。

僕の耳には今でも、Why Not?と、ささやく声が聞こえている。

関係のないこと、かけはなれているものほど、考えてみる価値がある。



少なくとも、シンガーとしてのマイケル・ジャクソンが、どれだけ偉大だったか。
彼のように歌えるということが、どれほどのものなのか。
考えてみたい。


そして、愛を捧げること、与えること、
ユニークでいること。



マイケル・ジャクソンの宗教がなんにせよ、
God Bless Youを連発するマイケルの台詞が、1ミリも翻訳されていなかった(笑)
一度だけ、「ありがとう」と翻訳されていた。



貴重な映像だった。

これから僕らはどうしたらよいのか。

今僕はこれでいいのだろうか。制作は。向き合う姿勢は。

省みることも多かった。

逆の意味で省みることも多かった。

ドラムトラックの編集を、もう少し、朝方までやろうと思う。



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金曜日の夜、教会の友人Rくんとともに、渋谷O-Westにサルーキ=のワンマンライヴを見に行った。
素晴らしかった。大満足だった。
ちょっとレビューっぽく気分出して書いてみる。





サルーキ=、ワンマンライヴ@渋谷O-West


サルーキ=は、2001年に結成され、盛んな路上ライヴ活動、テレビ朝日系全国ネット「Street Fighters」への出演、武蔵野公会堂でのホールワンマンや、「ASAHI SUPER DRY"B-JAM"」の最終ステージZepp Tokyoにて2000人のオーディエンスを前に演奏するなど、順調に活動の規模を広げてきたバンドである。このO-Westのワンマンライヴは、彼らが、次のステップに進むための、重要な試金石である。

会場にたどり着くと、既にオープニングのスーナーズが終わった後で、会場にはサルーキ=のオープニングビデオが流れていた。
サルーキ=の二人が、このO-Westでのライヴに向けて、それこそ毎日のように行っていた路上ライヴの様子や、そして、この半年間、彼らが全国津々浦々で行ってきたツアーの様子が編集されているという映像だったが、そのことからもわかるように、彼らはこのO-Westという大きな会場でのワンマンを成功させるために、必死の努力を続けてきた。彼らのそんな熱さが伝わってくる映像だった。

まだメインアクトの演奏が始まる前であるが、会場はすでにあたたかな雰囲気に包まれている。フロアはあらかた埋まっており、二階席もソールドアウトしていたという話であるし、彼らの努力は見事に実を結んでいたと言っていいと思う。彼らの熱さと、まっすぐな情熱に、皆がひきつけられて、応援しているのだ。このあたたかな雰囲気を作り出すことができただけで、サルーキ=にとってはこのワンマンライヴは、十分に成功であり、勝利であったと僕は思う。

演奏が始まると、ヴォーカリストのチヨはなんと一輪車に乗ってド派手な登場。観客はもちろん大喜びだ。
初めてサルーキ=の演奏の様子を、映像や写真でチェックした際にも思ったのだが、いまどきこれくらいストレートにド派手なロックンロールを展開してくれるアクトがどれくらいいるだろうか。派手な衣装とアクション。あくまで観客を楽しませるサービス精神。マッシュルームカットにGibsonのセミアコを抱えたギターのモーリーとともに、彼らは、ロックンロールのショウマンシップを見事に体現している。

演奏は非常にタイトだった。会場の音響も、さすがO-Westということで、非常に聞きやすいもので、リズム隊の強靭な音圧がビンビン伝わってきた。
サルーキ=は、現在正式メンバーはチヨとモーリーの二人で活動しており、現在サポートメンバーを務めるのは、センチグラムの丹マサヒロ氏と、THE PRODIGAL SONS/元The Street Sliders(そう、あのスライダーズである)の市川"JAMES"洋二氏だ。丹氏の躍動的でたくましいリズムに、百戦錬磨のJAMES氏の筋肉質な低音が加わることで、鉄壁のグルーヴと音圧を作り出している。特にJAMES氏は、さすが日本のトップでロックンロールしてきた人だけに、立ち姿だけで非常にかっこいい、余裕のステージングだ。
その鉄壁のリズムの上に、チヨとモーリーがところ狭しと暴れまわるのである。

モーリー氏の後方には、Orangeの小型スタックアンプであるTiny Terrorが置いてある。その生々しいザラついたトーンは、クラシックなロックンロールへの愛情そのものであり、すでにサルーキ=サウンドのトレードマークとなりつつある。
モーリーは絶好調で、特徴的なステップを踏みながら、ブルージーかつキャッチーなリードフレーズを連発していた。
サルーキ=の音楽の魅力は、本格的なロックンロールでありながら、キャッチーで親しみやすいところであると思っているが、モーリーのギターも、オールドスクールな渋いロックンロールやブルーズを基調としながらも、非常にキャッチーで心に伝わってくるギターである。このあたりが、サルーキ=の音楽の本質なのだろう。

ショウの中盤、彼らのテーマソングともいえる、軽快なナンバー、犬のうた~I am a doggy~ で盛り上がると、リズム隊がいったん引っ込み、チヨとモーリーによるアコースティックセットが披露された。
彼らは、頻繁に路上ライヴを行い、また、サポートメンバーを使わないアコースティックライヴも相当な数を行っているが、彼らの凄いところは、たとえアコースティックのデュオ編成であっても、しっかりとロックしているところだ。安易な口当たりの良いメロディには決してならない。それでいて、キャッチーな親しみやすさは失わない。彼らが自分たちのスタイルを「ロックンフォーク」と呼ぶ所以である。
二人によって演奏された、ストリートライヴではいつも演奏しているという「愛の理想主義者」は、痛烈なメッセージを伴った曲だ。「自己中心をやめることは個性を捨てることじゃない」彼はそう繰り返す。ストリートにおいても、この曲はいやがおうでも聞く人の耳をひきつける。人は誰でも自己中心的だ。誰にでもエゴがあり、それを捨てることは容易ではない。では、エゴを投げ捨てて、何を中心にすればいいのか。それは愛であり、Jesusである。その「チェンジ」こそが、サルーキ=が奏でる一番大事なストーリーである。

アコースティックセットが終わると、ちょうどこの日発売となったニューアルバム「愛とロックンロール」のオープニングナンバーである「愛と自由と平和への旅」で、ショウは第二部に突入。Led ZeppelinのThe Roverへのオマージュを含んだギターリフに導かれる、ファンキーなロックンロールに会場は盛り上がる。
ちなみにこの日のサルーキ=は、ホーンセクション、コーラスセクションを含む最大12人編成となり、後半戦の曲はホーンのサウンドでバシっと決まったイカしたサウンドを聞かせてくれた。
次の曲「Money」では、サルーキ=印の、メンバーの顔が印刷された札束が会場に撒かれる。「Money Girl」としてステージに上がった女性二人が、チヨ(Vo)を札束で責めるパフォーマンスをした後、ステージから、二階席から、大量の札束(もちろん偽札)がばら撒かれ、会場の盛り上がりは何度目かのピークを迎えた。

ショウは終盤を向かえ、これまたファンにはおなじみの「ロックへの憧れ、フォーキーなオレ~サルーキ=のテーマ~」が演奏される。この曲ではチヨが客席にダイヴするのが恒例となっており、間奏部分でチヨが客席に飛び込むと、男も女も大喜びで彼を持ち上げ、彼の体はO-Westの客席を泳いでいく。この日彼は二度もダイヴを敢行したのだった。

本編の最後を飾ったのは、ニューアルバム「愛とロックンロール」にも収録されている、彼らの今いちばん大事な曲といえる、「愛の光」だった。
リードトラック「闇と光-prologue-」のリズムの上で、「世界の中の闇と光。その光は、闇の中をうごめいていた。闇は光に打ち勝たなかった」という、旧約聖書の創世記冒頭を思わせる言葉が放たれ、ブルージーなギターのリフとともに、強烈にドラムが、ベースが、そして鮮烈なチヨのハープが切り込んでくる。「一寸先が闇ならばいっそその目を閉じてしまえばいい 心の声に耳を傾け Jesus 愛の光が照らす方へ」と歌うこの曲は、力強い彼らの信仰、信条の告白である。

音楽的な面を語るのであれば、彼らの楽曲には、古典的なロックンロールや、チヨが敬愛する忌野清志郎の影響が見て取れるが、この曲に関していえば、それらの影響から抜け出して、他の誰でもない、これがサルーキ=だというカラーを出すことに成功している。まさに彼らが命がけで演奏する、物凄い曲である。

絶賛の中、アンコールに応えて再登場した彼らは、RCサクセションの「雨上がりの夜空に」を演奏した。彼らのルーツと、リスペクトを存分に発揮したハッピーなステージとなった。日本のロックここにあり、彼らは間違いなく日本のロックの正統スタイルを継承している存在である。

この日の最後の曲は、照明が落とされ、ステージにチヨとモーリーの二人だけになって、マイクもPAも通さずに、生の歌とアコースティックギターのみで演奏された。ストリートライヴと同じように、観客に直接語りかけるように演奏されたその曲は、ニューアルバムにも収録されていない新曲「楽園」だった。
楽園は、どこにあるのか。それは、皆の心の中に、最初からあるのかもしれない。僕らは、それに気付いていないだけなのかもしれない。
そして、この日、サルーキ=の演奏を目撃したオーディエンスは、皆、その楽園を共有したに違いない。

O-Westでのワンマンライヴというひとつの挑戦を成功させた彼ら。しかし、彼らにとっては、これはまだまだほんのスタートである。これからもサルーキ=から目が離せない。






という感じ。
いやあ、大満足でしたよ。
また、会場でいろんな人に会えてとっても良かったです。
どうして曲を公開しているのかは、
こちらを参照。
The reason why we release songs here, please read this.

http://imaritones.blogspot.com/2009/11/blog-post.html






ラブレターの最初の曲は、
クリスチャンらしくこの曲にしたいと思います。
I chose this song as the first song of the "Love Letter", trying to act like a Christian.


2005年の秋に、10枚の自主制作の旅路の、最後の1枚として"fireworks"と名付けた作品の中の曲です。
This is a song in the album I named "fireworks", which was recorded in the autumn of 2005 as the last one album of our 10 independent works.


ちなみに、Imari Tonesという名前を、伊万里音色、と漢字で表記するようになったのは、ここ1、2年のことです。
Actually we started spelling our band name in Chinese Character (Kanji) just 1 or 2 years before.



この曲は、作曲は、2003年11月、はらっち、それから、ヒッチー、をいちゃん、と、埼玉某所の一軒家に一緒に住んで、バンド活動を始めようというときに、僕は1ヶ月で55曲、だったかな、くらいを書く作曲セッションをしました。その中の1曲です。
ちなみに、このときは、一月、バイトもしない期間を設けたので、時間もありましたが、今年の6月に曲を書いたときには、普通に働いていて、それでも一月で50曲できたので、むしろ今の方が、創作のスピードは上がっているかもしれません。
When we --Haratti, Hitchie, Woi-chan, and Me-- started living together in Saitama prefecture and trying to start a band in 2003, and it was November 2003, I did some songwriting session myself and wrote 55 songs. This song "Sirase Kitaru" is one of them.
During that period, I didn't do any dayjob or partime job. Now this year June, I did my dayjob and wrote 50 songs in a month, so maybe my writing speed became faster, maybe.



詞を作ったのは、記録によれば2004年の1月です。
しかし、2004年の、はらっち、みねっちとの黄金トライアングル時代には、演奏リストには入っておらず、2005年後半の、僕一人による制作です。
According to the memo, the lyric was written in January 2004. However, this song was not included in our setlist during "Golden Triangle Era" with Haratti and Minetti. So this song was recorded almost by myself in late 2005.



歌詞を書いたときにも、録音制作をしているときにも、この曲の歌詞が、何について歌っているのか、自分自身、よくわかりませんでした。
Actually I myself had no idea what this song is talking about, even when I was writing the lyric, nor when I was recording the song.


しかし、「報せ来る」、この報せ、というのは、もちろん、良い知らせ、ということで、つまり英語にすると、"Here comes the Good News"となります。
However, the title "Sirase Kitaru", and "Sirase" means a "news", in this case, a good news. So in English, it means like "Here comes the good news".


福音来たる。
つまり、
イエス来たる。
Which means,
Here comes the gospel,
Here comes Jesus.


ということで、そうか、これは、クリスチャンソングなんだ、と、クリスチャンになった後に、僕はわかったんです。
(いや、勘違いかも、しれませんけど、ひとまず今は、そう解釈しています。)
So, now, after I became a Christian, I finally understood that this song is about Jesus. (I may be wrong, but at least that's my understanding.)


歌詞の内容としては、
遠い昔に交わされた約束が、Good Newsとともに実現する、という内容になっています。
イザヤ書の預言みたいだと思います。
The content of the lyric is, mostly about the promise made a long time ago becomes true with the good news. A bit like the prophecy of Izaya.


そして、福音と、救い主、救済に出会うことができた喜びを、曲と歌詞が全身で表現しています。
And the whole song expresses the joy of salvation, the joy of seeing messaiah.


また、歌詞の最後に、ある「あなたが変わる」というフレーズも、
当時は意味不明だったんですが、
クリスチャンにとっての、信仰によって新たに生まれ変わるという意味だと、今では一応解釈しています。
And the last part of the lyric, it says "YOU are going to change" which I did't understand what it means at the time I wrote the song, now I know it's about being born again by faith. At least that's my understanding.



僕の音楽的なバックグラウンドとしては、
アメリカンハードロック、古典的ブリティッシュハードロック、90年代ブリットポップ、90年代オルタナティヴ、日本の古典的なロック、などがありますが、それらがの影響がバランスよく表れているサウンドなんじゃないかと思います。
My musical background / influences are, American Hard Rock, Classic British Rock, 90s Brit Pop, 90s Alternative, Japanese Classic Rock, and so on, but I guess this song is a good mix of them.



えっと、この作品"fireworks"は、現在、CD販売、してないんですが、
デジタル販売であれば、
Well, this album "fireworks", CD disk is not available currently.
However, digital download is available on....

日本だとMonstar.fm
For Japanese, Monstar.fm.
http://monstar.fm/imaritones

海外だとsoundclickにて、
For those outside Japan, soundclick.
http://www.soundclick.com/store/byArtist.cfm?bandID=302047

一応、ダウンロードできるようになっています。
You can buy/download on those website.


これら自主制作をiTunes Storeにものっけるかどうかは悩み中。
I'm still wondering if I should put this album on iTunes Music Store or not.




歌詞です。
And here is the lyric.




「報せ来る」
"Sirase Kitaru" (Here comes the good news)

待ち焦がれた 報せ来たる
擾乱の狭間から   (じょうらん)
遠い昔 固く結ぶ
約束を果たしに
A good news comes from the disturbance of the time
To realize the promise made a long ago

運命の呼び声を
この胸が聞いている
この身体 この心
そのために燃やし尽くそう
My heart hears the voice of the destiny calling
I will burn my body and soul for it

時空超え手繰り寄せたこの今を
決して離さない
すべてのものに理由があるように貴方
僕は感じてる
Beyond the time I came through and met this moment
I will never let it go
I'm feeling as though everything has its meaning


待ち焦がれた 報せ来たる
遠い日のあなたから
はるか未来 かたく誓った
約束を形に
Here comes the good news from YOU who lived a long time ago
To realize the promise about the future far away

未来を過去を愛をつなぐこの瞬間を
決して忘れない
世界と私ひとつになるこの奇跡
このためにきっと
時空超え手繰り寄せたこの今を
二度と離さない
すべてのものに理由があるように貴方
僕は感じてる
This moment unify the future and the past, and the love
I will never forget it
The miracle I become as one with the world.
This is what we've been waiting for
Beyond the time I came through and met this moment
I will never let it go
I'm feeling as though everything has its meaning

「待たせてごめんよ」
Sorry to keep you waiting so long

報せ来たる
すべてを変える
報せ来たる
あなたが変わる
Here comes the good news
It changes everything
Here comes the good news
You are going to change





Hope you enjoy the song.
God bless,
Tak "Tone" Nakamine


http://www.imaritones.net/
話が、大風呂敷かつ、遠回りに、長くなることを、最初に謝っておきます。
また、読んで反発や、不快に思ったら、すみません、あらかじめ謝っておきます。
でも、それで嫌いになっていただいても、まったくかまいません。
これは僕の本気のラブレターだからです。


僕がこの伊万里音色 (Imari Tones)という不思議な名前のプロジェクトを始めたのは、
最初の起源からいえば、もうずっと昔のことです。10年以上前です。

始めた理由は、他にやれることがなかったからです。
他の選択肢がなくなってしまったからです。
僕はミュージシャンになることは否定していた少年でした。
僕が少年時代、弁護士ないし検事を目指していたことは、親しい友人なら知っていると思います。



時代的には、
90年代の後半に、進化していった、デジタルレコーディングやコンピュータを利用したレコーディングが、個人レベルでの録音環境を変えていったこと、

それから、21世紀に入って、ショウビジネスとしてのロックがあらゆる意味で縮小していった背景と重なります。


高校を出て以来、いろいろあってちょいとばかし、精神的に不安定だった私が、実家の音楽室に自作PCを組み上げて、録音作業を始めたのが、実に1998年のことで、

ちなみにImari Tonesという名前が頭に浮かんだのが、翌年の1999年のことでした。
変な名前だと思いましたが、もっと洒落た名前を付けたいと思いましたが、たとえバンド活動に不利であっても、それを使わなくてはいけない、と思いました。
(そして、実際にバンドが形になったのは2004年の事です)


それ以来、10年、11年が経過したわけですが、
Worldly、現実的に見れば、
別段成功もしていないわけですが、
それでも、スタート地点を思えば、とても遠くまで発展することができましたが、

その道程は、とても祝福されたものでした。


そして、はたから見れば、僕らは今もまだ、成功の階段をゆっくり登っている途中の状態に見えるかもしれませんが、

芸術家(のはしくれ)としての、
僕の本心からしてみれば、

僕はもうとっくに、自分のやるべきことを、「成し遂げて」います。



具体的に言えば、
それは、自分、自分たちだけで録音制作をした、
自主制作10枚の旅路です。

1998年から、2005年にわたって、制作をした、
10枚の自主制作作品、
それこそが、伊万里音色(ImariTones)の、
もっとも本質といえる作品です。


僕がロックを始めたのは、
他でもなく、少年時代、
このロックという精神哲学のポジティヴなエナジーによって、
世界の人類の精神を救うことができる、
と感じたからでした。

それは、ロックをやる人間は、皆、そうだと思うのですが、

しかし現実には、
ロックはまだそれに成功していないと僕は思います。

僕が思うには、
60年代にその基を築き、
70年代を見事に発展させ、
80年代にそれを身近なレベルにまで応用することに成功したロックというムーヴメントはしかし、
本来の目的である最後の一撃をいまだに放つことができず、
それ以上先に進むことができずにいます。

何がそれを邪魔したかはここでは議論しません。
90年代を通じて、悪く言えば、ロックは停滞し、よく言えば、ロックは成熟し、2000年代にはさらに砕かれていきましたが、
(砕かれる、というのは、クリスチャン用語なのか?)


世界にたくさんミュージシャンがいる中で、
僕が知っている中では、

本当に世界を救うことができる精神的ポテンシャルがある音楽家は、3組ありました。
きっと僕が知らない中ではもっといるかもしれません。


Van Halenは、本当にロックという精神性を世界的にメジャーな舞台で発展させ、80年代のロックの目的を、完璧に果たしましたが、90年代に入り、僕が言うところの、ロックの究極の目的である「最後の一撃」を放とうと試みた途端に、猛烈な抵抗に合い、結局、パーティーバンドとしての枠から逃れることができず、静かな死を迎えました。ロック史上最強のギタリストであるEddie Van Halenにそれが出来なければ、他の誰にそれができるのか。私は、非常に深刻な思いです。

僕が日本で最も尊敬する音楽家であるところの、熊谷幸子さんは、70年代の偉大な音楽家である荒井由実の直弟子として、そのはるか先を行く音楽を作り、一時はメジャーな舞台に踊り出ましたが、ポップシンガーとしての枠から、大きく外れることはできませんでした。しかし、ある意味で、熊谷幸子さんは、師匠のユーミンと違い、バカ売れしなかったことで、知名度こそ大きくはないものの、ある意味でその音楽の究極の目的を、提示することに成功していると、僕は思います。

21世紀に入ってから活動を始めた、+/-{plus/minus}は、その精神性のピュアさと強靭さにおいて、新たなロックの理想の地平を切り開く力を間違いなく持っていると私は思いますが、しかし彼らもきっと、シューゲイザー系のインディバンドという枠からはみ出すことは無いでしょう。しかし、ある意味、インディであり続けるということで、示すことができる新たなロックの形があるかもしれません。



こう書くと、自らの実力不足に、情けなくなりますが、
伊万里音色、Imari Tonesは、そのロックの「最後の一撃」を放つべく、生まれたバンドです。

そして、実は、その一撃は、もうすでに、撃ちました。(笑)


これは、笑い事じゃないんです。



僕が、ロックという芸術が持つ、答えを見つけたのは、
だいたい15,16歳のことです。

その事実だけで、僕という一人の個人の心、魂を救うには、十分でした。
ですから、僕自身の人生は、その時点で、幸福であったのであり、勝利していたのです。

実際に、そのロックの福音は、僕をすっかり変えてしまい、それ以降の人生で、僕のことを非常に助けてくれました。それ以降、そのロックの福音こそが、僕の中で、今この瞬間にいたるまでまで、僕の人生の中心に置かれていました。

その中には、既に、神や信仰ということも含まれていました。
僕は特定の宗教の信者ではありませんでしたが、
(つーか日本人なら大抵、生まれながらに限りなく無宗教に近い仏教徒ということになっておるが)

後にクリスチャンになることすら、このときすでに、僕の中にプログラムされていたと、僕は思います。


ですから、僕にとっては、
この世界がどうなろうが、
ロックという芸術の試みが、成功しようがしまいが、
本当はどうでもいいことです。

明日、殺してくれたっていいし、
明日、世界が滅んだってかまいません。

また、僕や、僕自身、僕の音楽などを、
否定してもらっても、一向にかまいません。

僕自身の魂は、とっくに救済され、勝利しているからです。



1998年--2005年の間の、
僕と僕らの旅路の記録である、
この10枚の自主制作による作品は、

誰も注目しない中で、
まったくにインディペンデントな中で、
作られたものですが、

その中には、
自分の人生における、僕自身の身におけるロックに対する答えのすべてが、凝縮して込めてあります。
これ以降、たとえどんなレコードを作ろうとも、
仮にすごく売れたり成功した作品を作ろうとも、
伊万里音色の本当の本質が、その自主制作した10枚にあるということは、
未来永劫変わりがありません。
これらは、日本という国に生まれた、僕個人の、自らのパーソナルな人生の表現のすべてです。


今までの人生で、もう死んでもいいな、とおもった場面が、
いくつかありますが、
そしてそのたびに、次のフェイズ、段階での旅が始まりましたが、

この10枚を作り終えた時点で、本当は、芸術家(のはしくれ)としては、僕は、いつ死んでもいいんです。


そんな究極の一撃を放ったにもかかわらず、
たぶん世界はそんなに変わってもいなければ、
僕らも成功とか別段、まだそんなに、してないし、
目を見張るような奇跡が起きたわけでもない。
(いや、本当は、奇跡は、いっぱい、起きてるんですが)

それは、たぶん、僕自身が未熟であるか、
しょせん世界がそういう運命なのか、
あるいは神様はロックの違う形を望んでおられるのか。
ないしは、神様はもっと僕にもっと働けと言っているのか。

知りませんが。


どっちにしろ、
インディペンデントに歩んできた
その10枚の旅路は、
とても祝福されたものだったのです。

身近な人達にこそ、
僕が、伊万里音色、Imari Tonesとして、
どんな道程を歩んで、どんな音符を見つけてきたか、
知って欲しいのです。
だから、今、こういうラブレターを書いてます。





伊万里音色の音楽には、
最初から、信仰や、宗教的なテーマがあったと思います。

しかし、本当に表現の純粋さを保つためには、
特定の宗教や教会に属さずに、
あくまで、荒野でたった一人、信仰を見つける必要があったのだと思います。



伊万里音色の音楽には、最初から、直接的にではなかったとしても、宗教的な要素が、少なくとも、ありました。

2001年頃に、「漂泊の救世主」という、大仰に聞こえてなおかつジョークと自嘲的な皮肉にあふれた言葉を思いつき、皮肉まじりにそれをテーマとして口にしてきたこと。

暗い精神状態と状況の中で、何も考えられない中で一人で作った最初の録音作品のタイトルが、すでに「Through The Garden Of Gods」だったこと。
そのテーマは、神との闘いと、そして和解でした。

2001年の作品である「進化論」という曲には、たとえ偶然にしろ、創造の神秘について歌い、「神の御心のままに」というフレーズが出てきます。

2005年の作品、「美しいものを観よう」の、裏に秘められたテーマは、「神を見る」ということでした。それは、米持プロデューサーと一緒に録音した"Speechless Speaker"という英語バージョンの拙い歌詞により強く現れています。

「報せ来る」という曲は、書いた当時は、何について歌っているのかわかりませんでしたが、後から見返すと、明らかにジーザスがもたらす救済についての曲であることがわかります。

もちろん、曲の多くは実際には、個人の愛と生活についてのものですが、
そうした、メッセージ性のアクといったものが、とっつきにくさにつながり、多くのバンドと同じように、都内のライヴハウスで盛んに演奏していた時期に、観客からハテナの反応を示される原因になっていました。しかしそのアクは、隠そうとしても、隠せるものではありませんでした。




10枚の自主制作を終えた後、
米持師匠との出会いをきっかけに、
なんだかだんだん海外志向が強まっていき、
また、自らのルーツであるハードロックへの回帰が強まっていき、
あげくのはてには、クリスチャンになり、クリスチャンロックを名乗るようになるというオマケまで付きました。


しかし、ぶっちゃけ、言ってしまえば、
それら、その後の活動は、余興であり、後日談に過ぎないのです。
神様は僕と僕らに、もっと働けと言っていると思っています。
もともと、世界とすごく距離のあった伊万里音色、そして僕自身ですが、
だんだんと、世界との距離を縮めていると思います。
だんだんと、worldlyというのか、世俗的に受け入れられる方向に、進んでいるのだと思います。
しかし、それも、自主制作時代において、芸術的に本懐を遂げているからこそ、変化していけることです。


これら自主制作の10枚は、見てのとおり、日本語で作り、日本語で歌い、
また、日本の文化背景を前提に作った作品であり、表現です。
だから、外国の人々には、必ずしも理解できるものではないと思います。


僕はもともと、最初から、ミュージシャンとしては、日本語で歌いたい、と思っていました。
今は、すっかり、英語で歌っていますが、それは、海外志向という方向に、自分達の現実的なアウトプットを見出したからに過ぎません。
日本という国や風土や文化に対する、愛情や、複雑な感情を、ここで述べることはしませんが、僕はもともと、日本語で歌いたかったし、日本語で歌い表現した自主制作10枚の旅路に、とても満足しています。


荒野で孤独に行った、10枚の自主制作の旅路を終えたからこそ、
神様は僕に、クリスチャンの信仰を与えてくれました。
これも、計算されたタイミングだったと思っています。

しかしそれすらも、僕にとっては、もともと持っていた信仰に、名前と形が与えられたことに過ぎないと思っています。
信仰として大事なことのほとんどは、ずっと昔に、教えられ、もらっていたと思います。


自主制作の10枚が、日本で生まれた人たちに対する、僕のラブレターであったとすれば、
それ以降に作った作品は、外国ないし世界の人達に対するラブレターです。
そしてクリスチャンの信仰という武器も神様はちゃんと与えてくれました。
今作っている"God Rocks"(仮)は、特にそうです。

10枚の自主制作の旅で、この国に生まれた人間としての、答えを提示することができたように、次の"God Rocks"では、世界の人々に対して、自分という音楽家の答えを提示することができると思っています。
僕はそれを、ずっと鳴らし続けることができるはずです。


身をもって示したい。
インディーズ時代に絶妙なタイミングで生まれることができて良かったと思っています。
それらのことを身をもって示すには、いちばんの環境なのだから。


Electric Eel Shockも歌っています。
「ロックンロールは世界を救う」って(笑)


ロックが、神様からの贈り物であり、
神のプランであるということは、
僕が独自に持っている信仰です。
こればかりは、譲れません。

たとえば、The Beatlesにしろ、Jimi Hendrixにしろ、
僕が語ると、人類の歴史とロックの意義といったことや、神様のプランということを語り始めます。
だから、結構、ファンの人とも会話がかみ合わないと思います(笑)

たとえばクリスチャンになるずっと前から、
僕は、The Beatlesは、ミュージシャンとしては、まったく参考にならない、なぜなら神の手が入りすぎていて、そもそも真似しようにも出来ないからだ、という発言を、いつもしていました。

異論もあると思いますが(笑)




少年時代から、
芸術家としての自分にとっての武器は、
純粋な信仰と、自由な心と、個人的な愛情であったと思います。

それらに、神様は答えてくれることを、僕は知っています。
たとえば、神様は、今に至るまで、僕が、曲が必要だと思えば、
いくらでも、曲をくれました。
そして、今まで、僕はなんとか、生き延びています。
多くの人達との、出会いと、旅がありました。

どんなに、幸福な旅路であったか。

奇跡は、たくさん起きています。
それを、伝えたいんです。


今、海外志向で、よりハードロックなサウンドを、英語で演奏していますが、
もちろん、それらは、手応えとともに信じて行っていることですが、
でもいつの日か、
日本語で歌った、これらの曲たちを、
皆の前で、再び演奏できる時が来たら、
その時こそ、僕は自分の人生を終えることができるのだと、思います。



大仰に聞こえるかもしれませんが、
これが僕のラブレターです。


http://www.imaritones.net/