性懲りも無く
楽曲の動画連投です。
とりあえずこの夏のアップ計画は完了かなと。

明日、写真もらったらたぶんFaith Riderを上げるけどね。



この"I"という曲について語るならば、

これも僕が高校のとき、高校3年のときに作った曲です。
高校3年の秋です。忘れもしない。

つまりは、このときすでにうちの嫁さんとデートなぞをしておったわけですが、

嫁さんとの関係を恋なんて言葉で言い表していいものかはわかりませんが、

やはり少年としては、恋をしたりすると感性が活発になるものでして、


その後の、高校を卒業するまでに、また、たっくさん曲ができてしまったわけです。
嫁さんとのあれこれをモチーフにした、あるいはインスパイアされた曲たちが。


で、この曲は、その中でも、
嫁さん自身をモチーフというかモデルにして出来た曲なわけです。いうなれば。
初めてデートらしいデートをして、すぐにこの曲が出来た覚えがあります。


イントロのピアノから、歌詞から、
確かに、うちのハニーちゃんには違いないんですが、
おもいっきり美化してます。
ええ、美化してますとも。

うちの嫁さんは、天然の茶髪なんですが、それを「秋の色の髪を」なんて言ってみたりして。


サウンド的には、僕のピアノ趣味を、例のVan HalenのThe Seventh Seal的なサウンドと融合させてみたかったという感じですが、

そうね、実家に居たときには、実家には良いピアノがいくつかあったから、ピアノで曲を書くことがあったのよ。
もう今は、ピアノで曲を書いたりとか、長らくしていないけれど。


しかし、そうはいっても、本当のところ。

もともと、このImari Tonesというバンドは、僕がうちの嫁さんに出会っちゃったところから始まったバンドですからね。

その瞬間の音の記録であるこの曲は、わが伊万里音色にとって、いっちゃん重要でcrucialな意味を持つ曲であることは本当なのです。

まさに、自分の命の音であると思うよ。

そういったこともあってか、米持プロデューサーと組んだときに、米持氏は、IMARi ToNESの大量の楽曲カタログの中から、一番にこの曲をやろうと言った。

ただ、この曲、聴いてのとおりヴォーカルのサビのキーがものすごく高くてね。
自主録音制作したときに、自分のヴォーカルの能力ギリギリで、なんとか処理した。ライヴ演奏でとても歌えるとは思わなかった。(今なら、たぶんなんとかなると思う。相変わらず下手っぴではあるけれど。)

そして、この曲がきっかけで(あとはSilent Heartsとか、初春恋風とかいった曲)、僕は自分のヴォーカル発声の限界を感じて、発声法を変える決意をしたわけよね。


で、米持プロデューサーによる録音は、"Japanese Pop"に収録されるわけだけれども、恥ずかしながらこれがちょくちょく配信で売れちゃったりもしてるわけだけれども、"Japanese Pop"のバージョンは、あまり気に入ってないのです。理由は、前述のとおり、発声法を変えようとしていた時期だったため、ヴォーカルがまったくのスランプ状態で録音したこと、正直、米持プロデューサーとのリレーションシップと相互理解が不十分だったこと、あとは生ピアノでない、などの理由によって。言い訳はすまい、といいつつも、それが言い訳。


とかく、自主制作した、"Color Of Hers"に入っている、
ギリギリの状態で気合で制作したこのバージョンは、自分の極限という意味でも、気合の意味でも、いちばん最上段から振り下ろした作品になるわけです。

奇しくも米持師匠も、自主制作した作品たちの中で、この"Color Of Hers"がベストと言っていたしね。

ギターソロ、テクニック的にはどうってことないかもしれないけれど、すごく気に入っている。自分のすべてがこもってるというくらい。Cranetortoisのペダル2つ連結のこの時期のギターサウンドも、ハードロックではないけれど、オリジナリティという意味では非常に気に入っている。

そんで、ほんとに恥ずかしながら、自分の作品で、初めて弾いてみたスウィープのフレーズが入ってる。知ってのとおり、僕は米持師匠とG-1に出会ってメタル界隈に戻ってくるまで、速弾きやテクニックからは遠ざかっていて興味がなかった。また、自分の音楽世界を旅するのに精一杯で、そういったテクニックに向き合う暇も無かった。

だから、本当に簡単なものだけれど、これが僕の、「初めてのスウィープ」の記録なわけです。


"Color Of Hers"は、ジャケットが、うちの嫁さんの裸の背中を使ってるわけだけれども、ちょっと恥ずかしいので、この動画には使いませんでした。見たい人はホームページ参照で。



連投になるんですが、
またも過去曲で、「ぼちぼち」という曲です。

録音は2005年。
バンドが一回、分解しかけて、
その隙にせっかくだからとほぼ一人録音をしていた時期ですね。

今思うと、そのときに制作しておいて本当によかったと思いますが。
すごく大量にぱぱっと作ってしまったし。


うちの嫁さんをボーカルに使って、
いわゆる男女デュエットみたいになっている曲です。

Imari Tonesの楽曲カタログの中で、
こういうデュエットの変化球の曲は、この曲と、もうひとつあります。

バンドで演奏したことはありませんが、
なにかの機会にアコースティックで、嫁さんと一緒に、人前で披露したことが、一度か二度くらいあったような気がします。


僕らは学生時代に、遠距離恋愛の時期があったし、
またこうして一緒に生きていくためにも多少乗り越えるものがありました。

曲が出来たのは、そういった時期に、嫁さんと一緒に居て、夢の中で鳴っていたメロディから作ったと思います。

そして、春に関する曲でもあります。
二人で迎える春の喜びを、ずっと忘れたくないものだと思います。



IMARi ToNES "17歳のレクイエム"

文字どおり17歳のときに書いた曲です。

いつも言うんですが、

能無し音楽家としては、

僕は、普段でも、まだまだこれから頑張るよね的なことを、
言われますが、

もういろいろ既に頑張っちゃって人生の弾丸はすでに撃ち尽くしちゃってる人間ですおんがくかとしては。


僕は高校時代にたっくさん曲作りましたが、
そのうちのいくつかは大人になってからバンドでもよく演奏したし、
いまだに演奏している曲がいくつかあるくらいですが、

10代のときにしか書けない曲、
それはやっぱ純粋に自分の人生ないしは青春の音であって、

それは一生に一度しか書けない音ってのがあるわけで、

この「17歳のレクイエム」も、そんな曲のひとつです。

YouTubeのエンコードで、音がひどくなってしまっているが、

僕にしては珍しく普通のスリーコードで作っているシンプルな曲であるが、

それでも、つまりはそういうコードを使うということは、渾身のメロディだってことだと思う。

青臭い未熟なメッセージ性も含めて、それなりにものになっているはずで、

こういう作品を僕は人知れずたっくさん作ってきているわけで、

予定ではとっくにそれなりの地位を築いて、

そして日本はもっと世界に誇れる心のきれいな国になっている予定だったんだけれど、

現実にはそうはならず、


しょうがないので僕は世を儚み、
出家して仏門に帰依、

じゃなくてクリスチャンに帰依しちゃったわけなんですが(笑)


録音は2001年です。
「Entering The New World」と名付けたこの作品が、
愛知の実家の音楽室で作った最後の作品。

その後の音楽仲間の人達からは、
このいっこ前に作った「Kodomo Metal」が評価が高かったけれど、
個人的なメッセージ性や人間性という観点で、
僕は2001年に作ったこの作品のほうが気に入っている。

「Changes!!」や「幸せ育て」なんかは今でもバンドで演奏しているし。

「Good Bye, My Sunshine Town」なんかもバンドで演奏したいといつも思っていたんだけれど、
キーボードとコーラスがいないと再現できないし。


ホームページ経由でBandboxとかで配信してます。
iTunesにはまだ配信してません。
時期がくればいずれ。


写真の画像は作品のジャケットです。
奈良の、東大寺の、南大門って場所。
門のモチーフは、Judas Priestの"Sin After Sin"とか、そういう。

写ってる女の子は当然うちの嫁さん。




この曲は、バンドで演奏していないけど、
メッセージもくさいし。
機会がないし。

はらっち&馬場くん体制のときに一度だけ挑戦してみた。
しかもメタルイベントのときに。
ものすごい不評だった(笑)


だから、先日、子供たちの前でアコースティック演奏したときに、
やってみようと思った。

神様の子供たち。
彼らなら、この曲を捧げるにふさわしい、
受け取ってくれるだけの心があると思った。


昭和な感じを思わせるイントロ、アウトロのギターが。
今度作った「Victory In Christ」(仮タイトルはGod Rocks)にいたるまで今でもそうだけれど、
僕の音の根本はしょせん自分が幼かった頃のノスタルジアなわけで。
そんなノスタルジアを、外人に伝えてどうするよという昨今。

いずれにせよ、こういうの受け取ってくれるリスナーも、悲しいかな、世の中にはあまりいないでしょうね。


僕と伊万里音色にとって、
とても大事な作品です。
電車の中で、席に座っていて、
ふと、「囚人のジレンマ」というやつを思い出した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9A%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9E



電車の中で、高齢の方や妊婦の方とか、
席を譲るというのは、誰もが知っているマナーだと思うけれど、

実際にそれをやるのには、意外となかなか、いくつものハードルがある。


まず、席を譲りたいターゲットの方が、自分のそばにうまく来てくれるとは限らない。

かといって遠くにいるターゲットに向けて、
「ねえ、あなた、ここに座りなさいよ」
なんて大声で呼ぶのはシャイな日本人としてはとても不可能だ。


また、うまく目の前にターゲットの方が来てくれたとしても、
「どうぞ、お座りください」
なんていって、うやうやしく席を譲るのも、
なんだか、偽善的で、ええかっこしくて、やっぱり出来ない。

かといって、
無言で席を立つと、
ターゲットの隣にいる高校生が、あっさり先に席に座ってしまったりする。

また、高齢の方に席を譲る場合には、
「私は席を譲られるほど歳じゃない」と思われたりして、
かえって失礼なんじゃないか、とか思ってしまうし、

そういったいろいろな事情があって、
実際には高齢の方や、妊婦の方などに、席を譲るのは、
結構ハードルが高く、チャンスはなかなか訪れない。


そういった理由から、
電車に座っている人々の大半は、
どうせ、席を譲ろうとしても無駄さ、と思って、
最初からあきらめてしまっているのじゃないだろうか。

善意はあっても、それを行うことを、最初からあきらめてしまっている現状があったりしないだろうか。


席を譲ろうとして立ち上がっても、それが無駄に終わるのであれば、行動を起こしただけ損だ。
普通は、そう考え、そして結論として、誰も行動しない。
それが、現在の社会の現状だ。


でも、ひとつだけ確実なことは、
もし、自分が何も行動を起こさず、
そこに座り続けていたならば、
その席に、そのターゲットの方が座るという目標は、絶対に実現しないということだ。


だったら、その現状をまず変えてみたらどうだろう。

「どうせ私が席を立っても無駄さ」と皆が思うのでなく、
とりあえず、自分が座っている、その席を立ってみる。
そのことによって、ターゲットが、座れるかどうかは、問わない。
その行為が果たして無意味かどうか、その結果も、考えない。
みんなが、そう考えたとしたらどうだろう。

(もちろん疲れているときや、座っていたい事情があるときはこの限りではない)


一人や二人が席を立っても、たとえばターゲットが、車両の中の遠い位置にいる場合は、
うまくその人に席を譲れないかもしれないが、

たとえば、電車の車両の中に、明らかな高齢者の方が一人乗っていた場合、
突然、座席に座っている50%の人が、いきなり席を立ったとしたら、

いや、50%でなくてもいい、せめて30%の人が、座っているのをやめて、立ち上がったとしたら。

さすがに、その高齢者の方は、席に座ることができるのではないだろうか。

いや、冗談で言っているのではない。

いや、うそだ、これはもちろん、冗談だ。


冗談だけれど、
損得や結果にとらわれず、
「善意はあるけれど、結果が保証されておらず、行動したものが損をすることが予想されるため、結局誰も行動しない」という、「優先席のジレンマ」にとらわれず、
皆がすすんで立ち上がるような社会になったら、
本当に世の中の仕組みは、変わるのではないだろうか。



"D.O.I." by IMARi ToNES
http://www.youtube.com/watch?v=Gr_pwL0UOps



もともと私ナカミネが、
伊万里音色(イマリトーンズ)として、
音楽制作を始めたとき、

新しい生き方をしたいと思っていました。

既存の社会の枠組みでもなく、

今ある社会の価値観、

お金、地位、メディアの中の名声、

そういったものではなく、

新しい世界の価値観をもって、新しい生き方を選びたいと思っていました。


それが、当時二十歳だった私が、
自宅のスタジオで一人で音楽制作を始めた理由です。

世の中の今ある価値観とは一線を画して、
長いタイムスパンの中、芸術だけに身を捧げようと思っていました。

そしてその中心にくるものは、
人間としての愛情と、それに基づく精神の自由だと思っていました。


有り体に言えばそれは、好きな女性と一緒になって一緒に生きたいというだけのことでした。

しかし、好きな女性と一緒に生きることを選んだとき、

僕らを取り巻く社会のすべては嘘であることがわかりました。

すべてのものは僕から剥ぎ取られ、音楽だけが残りました。


そして、そこから、旅が始まりました。


音楽ビジネスの枠組みを疑問視し、

というよりは現在の社会の枠組みを疑問視し、

その中での成功を望むよりは、

芸術の神様のみに捧げようと思って始めたこのImari Tonesというプロジェクトが、

やがてクリスチャンロックというテーマにたどりついたのは、

ある意味自然なことでした。


新約聖書のジーザスがそうであったように、

既存の社会の枠組みを超えた、

本当の真実と、精神の自由を、僕は求めます。


少々大袈裟に聞こえるかもしれませんが、

僕にとっては、イマリトーンズは、いつでも、
本当の人間性を中心にした、本当の世界を手に入れるための、
絶え間ない試みです。