さきがけ新聞に、毎日掲載されている 佐藤菊夫先生のエッセイを楽しみにしています。
学生時代にお世話になった先生の 御主人だからです。
今日は、私の先生が、記事に登場していました。
私は 先生がご退官される年に入学しました。
ですから、佐藤門下には1年しかおらず「師事した」とは、おそれ多くて 言えません。
でも、その短い期間に 他のピアノ門下では できないことを 沢山、経験させていただきました。
~~
佐藤門下の下級生は、菊男先生のコンサートのお手伝いをさせていただけたのです。
貴重さを理解していなかった私は、こともあろうに
「先生、その日は、秋田に帰ろうと思っています」
と、申し上げました。
失礼な学生です。
「オーチャードホールの正規スタッフは、容姿端麗じゃないと採用されないのよ。だから、オーチャードに立つなんて、なかなかできないわよ」
「そうなのか」と納得し、ホールへ お仕事へ。
終演後は、近くのホテルで、パーティ。
学生お手伝いも、呼んでいただけました。
ホームレッスンにも、うかがいました。
先生は、私が、菊夫先生と同じ高校の出身だと知ると、とても良くしてくださいました。
~~
ですから、清子先生が、記事に登場すると、嬉しくてたまりません。
当時も、清子先生が日本のチェンバロの第1人者であることは、聞いていました。
チェンバロと言えば、バッハ。
そんな方から、バッハのトリルの入れ方を毎週、詳しく教えていただく有り難さを 私は よく理解していませんでした。
しかも「小プレリュードと小フーガ」という、初歩の教材を使って 噛み砕いて ご指導くださいました。
「華やかなものを弾きたい」「音大生なのに小プレリュード。。。」と思っていた浅さを恥ずかしく思います。
視野が狭いと、そのレベルの価値観でしか物を考えることができません。
「難しい」「簡単」「華やか」「地味」そんな物差ししか持っていなかったことに、我ながら頭にきます。
今は、以前よりは、勉強もし、良いものにも触れ、視野も広がりました。
そうすると
「いかに自分が無知であったか」
「いかに恵まれた環境にいたか」
が、少しずつ わかってきました。
なぜ教材が小プレリュードであったのかも、指導者になった今は、理解できます。
もし、今の私のまま、タイムマシンで過去に戻れるなら、
先生から バッハについて 学びたいことが、たくさんあるのに。
お優しい先生でしたので、そこに甘え、たいした練習もせず。
ホントにバカでした。
あーあ。。。
~~
ただ、音楽を続けていることで
「受けてきた教育が、価値のあることであった」ことを理解できるようになったのは
「私にとっての成長」だと思っています。
~~
習い事のピアノレッスンも同じで、
レベルが低いうちは
「おもしろい」「つまらない」「むずかしい」「かんたん」「長い」「短い」くらいしかありません。
それ以上になるには、継続と努力と能力が必要なのでしょう。
新聞を読みながら、反省する毎日です。
学生時代にお世話になった先生の 御主人だからです。
今日は、私の先生が、記事に登場していました。
私は 先生がご退官される年に入学しました。
ですから、佐藤門下には1年しかおらず「師事した」とは、おそれ多くて 言えません。
でも、その短い期間に 他のピアノ門下では できないことを 沢山、経験させていただきました。
~~
佐藤門下の下級生は、菊男先生のコンサートのお手伝いをさせていただけたのです。
貴重さを理解していなかった私は、こともあろうに
「先生、その日は、秋田に帰ろうと思っています」
と、申し上げました。
失礼な学生です。
「オーチャードホールの正規スタッフは、容姿端麗じゃないと採用されないのよ。だから、オーチャードに立つなんて、なかなかできないわよ」
「そうなのか」と納得し、ホールへ お仕事へ。
終演後は、近くのホテルで、パーティ。
学生お手伝いも、呼んでいただけました。
ホームレッスンにも、うかがいました。
先生は、私が、菊夫先生と同じ高校の出身だと知ると、とても良くしてくださいました。
~~
ですから、清子先生が、記事に登場すると、嬉しくてたまりません。
当時も、清子先生が日本のチェンバロの第1人者であることは、聞いていました。
チェンバロと言えば、バッハ。
そんな方から、バッハのトリルの入れ方を毎週、詳しく教えていただく有り難さを 私は よく理解していませんでした。
しかも「小プレリュードと小フーガ」という、初歩の教材を使って 噛み砕いて ご指導くださいました。
「華やかなものを弾きたい」「音大生なのに小プレリュード。。。」と思っていた浅さを恥ずかしく思います。
視野が狭いと、そのレベルの価値観でしか物を考えることができません。
「難しい」「簡単」「華やか」「地味」そんな物差ししか持っていなかったことに、我ながら頭にきます。
今は、以前よりは、勉強もし、良いものにも触れ、視野も広がりました。
そうすると
「いかに自分が無知であったか」
「いかに恵まれた環境にいたか」
が、少しずつ わかってきました。
なぜ教材が小プレリュードであったのかも、指導者になった今は、理解できます。
もし、今の私のまま、タイムマシンで過去に戻れるなら、
先生から バッハについて 学びたいことが、たくさんあるのに。
お優しい先生でしたので、そこに甘え、たいした練習もせず。
ホントにバカでした。
あーあ。。。
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ただ、音楽を続けていることで
「受けてきた教育が、価値のあることであった」ことを理解できるようになったのは
「私にとっての成長」だと思っています。
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習い事のピアノレッスンも同じで、
レベルが低いうちは
「おもしろい」「つまらない」「むずかしい」「かんたん」「長い」「短い」くらいしかありません。
それ以上になるには、継続と努力と能力が必要なのでしょう。
新聞を読みながら、反省する毎日です。