かなり前の話になるけど


スーパーでギャン泣きしている3歳くらいの男の子がいた。


どうやら欲しいものを買ってもらえなくて、大泣きしているようだ。


お母さんは必死になって大声で子どもを説得している。


「言ったでしょ!今日は買わないって!」

「泣かない!」

「そんな風に泣くならもう連れてこないから!」


お母さんが必死になって説得すればするほど、子どもの声がますます大きくなる。

お母さんの声も大きくなる。






ああ・・・

わかるなぁこの感じ。

いつ終着点を見いだせるかわからない戦い。



子どもがわかってくれれば終わるのに。

そう思い込んで必死になって正論を振りかざし、威圧してしまう。

でもそれをすればするほど、子どもは言うことを聞かない。

とんでもなく疲れる。



いつになったら、自分の思い通りにならないことをわかってくれるのか。

私は正しいことを教えているんだ。

わからせてやる。






私もこんなことを何度も繰り返してきた。

子どもとの戦いは本当にエネルギーを使う。




でもあるとき気が付いた。












この子が戦っているのは、私じゃない。


自分なんだ。





ここに気が付いた時は本当に楽になって、それからは私自身、心に余裕が持てたように思う。




*****




当時年少児だったSくん。

感情豊かで動きも早い。

げらげら笑っていても、次に気に入らない出来事が起きたその瞬間に、友達に手を出して、どこかへ飛んで行ってしまう。


そして絶対に謝らない。


また集会でも落ち着くことができず、飽きるとどこかへ行ってしまうような子だった。




私は担任ではなかったけれど、そんなSくんが毎日のようにトラブルを起こしていたのは知っていた。




ある土曜日。

当番制で出勤日だった私は、Sくんのいる年少クラスを担当することに。

Sくんは最初こそニコニコしながら一緒に話したりしていたけど、次第に私を試すようにパンチやキックを繰り出してきた。



Sくんは私が何をしていようが構わない。
そして「Sくん、痛いよやめて」と言えば言うほど、ますます激しく手を出してくる。



そこでとうとうSくんの腕を掴んで、まっすぐ見つめながら「Sくん、こういうことされるのは先生すごく嫌なんだ。やめてくれる?」と静かに話した。

するとSくんは、ニヤニヤしながら体をくねらせていたが、私が本気だということが次第にわかると、段々その表情が苦しそうになってきた。

そしていよいよ耐えられなくなり「やだーーー!!」と叫び、その場にひっくり返った。
そして手足をバッタンバッタンさせながら、近くのものをブンブン投げ飛ばし始める。




こりゃ危ない。





「ハイ、みんな悪いねーーー。ちょいと遊び場所変えてくれるかなぁ?」
私は近くにいた子たちに、物が当たらない場所に避難するようのんびりした口調で、声をかけた。

「Sくん、どーしたのぉ?」
子どもたちものんびりした口調で質問する。

「うんとね、Sくん自分と頑張って戦っているからさ、ちょっとこのままにしてあげてくれる?しばらくしたら、落ち着くと思うから」

「わかったぁ~」
なんの疑問も持たずに、いそいそと作りかけのブロックを持って移動する子どもたち。


さすがの適応力(笑)





5分もすると、さすがに年少児であるSくんの体力はなくなり、床に突っ伏したまんまブツブツ「やだーやだー」と唸るだけになった。




うん、やだよね。




先生にかまってもらいたい気持ち。

自分の思い通りに振り向いてもらえない口惜しさ。

イライラを隠しながら、楽しそうにふるまってパンチしてしまう衝動。

それを止められた時の否定されたような悲しさ。

うまく言えない歯がゆい気持ち。

わかってもらえない怒り。





全部ぐっちゃぐちゃになったよね。




「お疲れさん」

私はSくんを抱っこした。

ティッシュで鼻をかんでやり、お茶を飲ませる。

そしてSくんに「先生はS君が大好きだから、パンチされるとすごく嫌なんだ。でもこうやって抱っこするのは大好き。今度から先生に気が付いてほしかったら、抱っこしてって言ってくれる?」


Sくんは素直にうなずいてくれた。







3分後



「先生抱っこして」(早っ!)


「いいよ。抱っこしよ。でもね、先生はS君だけじゃなくてみんなの先生だから、10秒抱っこでいいかな?」

「うん」


S君を抱っこしながらゆっくり10秒数えて「おまけのおまけのきしゃぽっぽ~♪Sくんだーい好き!」と言ってから、おろしてあげる。






5分後


「先生抱っこして」(早っ!)



再び10秒カウント。大好き宣言をしてから降ろす。





そんなことを5~6回繰り返した。

するとだんだんその間隔が、5分、10分、30分と長くなった。

最後、午後になると1回も抱っこをお願いすることなく、S君は何のトラブルも起こさずにその日過ごすことができたのだ。






*********







実は上の文章は、子育てママ向けのセミナーでよく話すエピソードの一つ。

これを話すと「そっかぁ」と思う方もいれば、「そうは言っても、いざとなったらこんなふうに対応できない。目の前で子どもが癇癪おこしたり、兄弟げんかをしだすと、カーッとなって気が付くと怒鳴ってしまう」という方もいる。





怒ってはいけないと思っているのに怒ってしまう。

わかっているのに止められない。







きっとそれは、お母さん自身が自分と戦っているからだ。






冒頭に書いた、スーパーでわが子を怒っていたお母さんもきっとそう。


お母さんが戦っていたのは、目の前の子どもじゃない。

自分自身だ。








子どもに自分の思いが伝わらない悲しさ。

今この瞬間、世間が自分たち親子を迷惑だと思っているんじゃないかという恐れ。

躾がなってないと思われているのではないかという不安。

どんなに必死になっても事態が変わらない無力感。





まるで自分がダメかのような現実を突きつけられている気持ちになる。





私もそうだった。

同じ学年なのに、隣のクラスは落ち着いていて、自分のクラスは落ち着いていないという劣等感。

行事のたびのプレッシャー。

「もう年長なのに」「もう年中なのに」の言葉にいちいちびくびくする自分。





保育士としての力不足を見せつけられる現実に、「そうじゃない。こんなんじゃだめだ。何とかしろ自分!」と必死になって戦っていた。







この場を収めなきゃ

何とかしなくちゃ

だから

「できない人間のレッテルを貼らないで」









いったい私は誰に証明したかったんだろう。

そんなことする必要なんてどこにもないのに。








本当は最初から戦う必要なんてなかったんだ。


目の前の子も、自分も、ただ「痛いよ。苦しいよ。悲しいよ」って思っているだけなのだから。








もう戦線離脱しよう。


そして「思い通りにならなくて悔しかったね。悲しかったね。私もだよ」ってぎゅうっって抱きしめればいい。








きっとそれだけでいいんだ。







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