これまでもこのブログで何度か取り上げてきている中国での遺伝子組み換えの話題(「遺伝子組み換えコメの禁止は停止!?」:福建省遺伝子組み換えどたばた騒動記から考えたこと」、「技術の問題、時間の問題?GM(遺伝子組み換え)作物と中国」など参照)。議論紛糾なことは既に紹介しましたが、同時に「米とかトウモロコシとかもう植えちゃっているんじゃないの?実際出回っちゃってるんでしょ、どう?」というのもお決まりの話題です。中国にあるグリーンピースなども「かなり違法に出回っている」と指摘していますが、それに対する中国政府の動きも加速してきたようです。南方週末5月12日付の記事からご紹介します。(以下同記事抄訳)

北京で考えたこと-shiyanqu
中国の農業関係研究開発はすごい勢いで進められている。遺伝子
組み換え関係も大きなテーマ。(写真は一般作物の施肥試験区の様子)


たび重なる調査、そして大規模調査団
 「また来るの?面倒くさいなあ」それが山西省の農民、楊成功の最初の反応。「もう4,5回視察やら調査やら来ているよ、いつも聞かれる質問は同じだし」。でも、今回はその調査団の規模が違う、農業部、環境保護部、科技部、衛生部4省庁合同のミッションであった。この大型調査団は山西、黒龍江、吉林、山東、広東省などを回る、遺伝子組み換え生物安全連合調査チームなのだ。これは中国で初めての大規模な調査であり、また中国の政府側が国内に違法の遺伝子組み換え作物栽培があることを認めたことにもなる。(訳注:まあ「調査したら事実を認めたこと」とするのは南方週末の解釈かもしれませんが)

推進派と反対派の攻防
 「調査では一部の問題が明らかになった」とは発表されたが、関係者は多くを語らない。環境保護部担当官にインタビューしても「それは言えない」との反応。南方週末は農業遺伝子組み換え生物安全委員会の多くのメンバーにインタビューしたが皆が詳しい内容を知らないという。匿名の関係者によると今回の調査団は、昨年全人代の際に100名余りの学者が連名で出した遺伝子組み換え水稲に反対する「意見書」がきっかけだろうと言う。2009年8月に2種類の水稲種子、1種類のトウモロコシで遺伝子組み換えのものが安全証書を得たことが明らかになり話題を呼んだことが、昨年3月の意見書提出への動きにつながった。その全人代の際に農業部副部長は遺伝子組み換え穀物の商業化・広域普及を許可したことはないとし、国内には商業ベースの遺伝子組み換え穀物は無いと否定している。

北京で考えたこと-dadouyou
大豆を多く北米などから輸入している中国では多くの
一般大豆油は遺伝子組み換え大豆を使用。


 国務院食品安全委員会(訳注:昨年2月設立、こちらブログ記事「食の安全論議、再び加熱?」を参照)でも遺伝子組み換えに関する会議が続き、推進派・反対派両者を読んでの議論なども行われているが、両者が歩み寄る気配は無い。農業部科技委員会委員で山西省農業生物技術研究センター主任の孫毅は食糧安全保障のためにも遺伝子組み換えは必要と言う。「大豆が良い例だ。中国がやらないうちに、結局全ての国民が遺伝子組み換え大豆を食べることになっている、しかもそれがアメリカ産だ」。

謎のトウモロコシ品種「先玉335」とは?
 遺伝子組み換えトウモロコシは、今回の調査団の焦点の一つ。2010年9月に山西省でネズミの急減、子豚の死亡増などの動物の異常現象が報告された。楊成功ら地元農民は「先玉335」と関係があるのではと疑った。同時に先玉335は遺伝子組み換えではないかとも…。山西省農業庁、農業部は遺伝子組み換えであることを否定したが、疑念の声は消えない。先玉335は既に全国で3-4千万ムー(ムー=1/15ヘクタール)で植えられ、500キロ/ムーの単収(=7.5t/ha)で計算すると、年に2000万トンの収量になる。今年3月に公表された「農業主要品種及び主要普及技術公布弁法」の中で普及を目指すとされた26種類のトウモロコシ品種の中に収量が高いとされる先玉335が何故か入っていないことも、関係者の疑問を呼んだ。

排除され、それでも「大人気」の種子とは?
 2010年に農業部は「史上最大」の種子関連法律施行状況一斉検査を行い、1/5以上の種子会社に期限までの業務改善命令、1/10以上の企業の営業許可証を没収した。この一斉検査の成果の一つは遺伝子組み換えに関する初の検査であり、違法に試験区での試験に参加した関係者などを処分した。南方週末の調査によると、こういった違法行為の処理はその後「内部消化」されていた。というのも、2010年12月16日農業部が発表した第1504号公告で27種のトウモロコシ品種を排除されていたからで、その中に含まれていた「登海3686、中農大236、中農大4号、鉄研124」の4種は情報筋によれば遺伝子組み換えであったと指摘されている。

 遺伝子組み換えに反対のスタンスである農業科学院作物科学研究所の佟屏亜研究員は「農業大学の著名な科学者や登海種業の社長にも関係するため、農業部官僚は事を大きくしないようにしている。全て利益と保護の一枚岩だ」と指摘する。1504号公告には発効するまで1年間あることから、2011年春節前にもこれら遺伝子組み換えと指摘された種子が、東北、河南、広西などでまだ飛ぶように売れていたことから、農業部種子管理部門も注目し、結局は農業部担当官が登海種業社長に販売停止及び返品への対応を「促す」に至った。

「違法」状態での蔓延はどこまで?
 農業遺伝子組み換え生物安全委員会の一人によれば、中国の綿花は80%が遺伝子組み換え、パパイヤもほとんどが抗ウィルスの遺伝子組み換え品種だ。水稲とトウモロコシは安全証書は得たものの、商業化生産はされていない。市場で売られている遺伝子組み換え米は全て違法である。「このコメは空から降ってきたのか?」研究開発者は自らの研究した遺伝子組み換え米を外に漏らさない責任がある。しかし、研究者か管理者かどちらにその能力がないのかはわからないが、違法状態での遺伝子組み換え作物の蔓延は続いている。

【考えたこと】
 諸々の報道などからみるに、事故か意図的かはともかく、一定程度の遺伝子組み換え穀物が栽培され、出回っているのは確実のようです。しかも、そのかなりが中国独自の研究によって開発されている模様、具体的な企業の名前や種子の品種まで挙げられたこの記事も、業界では波紋を呼びそうな内容です。中国にとって安全保障的にも大事な農業というコア産業、特にそのミソともいえる種子が海外企業に独占されることには大きな危機感のある中国ですから、遺伝子組み換えだって「食糧輸入が本格化した際に、どうせなし崩しで入ってきちゃうなら、そりゃあやっぱり自分たちで作って植えちゃおうよ」というのは研究者・農政官僚の本音かもしれません。国家予算もその研究に相当額かけている中、それが実用化・商業化されないならそれこそ本当に無駄遣いとの意見もあり、上記記事のように遺伝子組み換えに慎重な姿勢の研究者は、かなり少数派のようです。

 この記事で紹介されている調査団のすぐ後には、5月9日湖南省長沙市で回良玉・国務院副総理も出席しての「全国現代農作物種子業工作会議」なんてのも開かれています。新聞報道では全く出てこないですが、きっとこんな遺伝子組み換えだって大きな話題となったでしょう(会議の表ではないかもしれませんが)。

 国家方針からして「基本的な自給」(=約95%の自給率と解釈されています)は崩さないとする中国の農政を維持するために、技術としての期待は高まる遺伝子組み換え作物、しかし一方市民レベルでは拒否反応も多数。ただ、いずれにせよ以上のように「違法状態」のまま「うやむや」で普及してしまうのは、中国にとっても、そしてそれを食することになるかもしれない外国にとっても良いことではないでしょう。簡単に情報公開はしないのでしょうところ、読者の関心の高さもあり、南方週末のようなジャーナリストの活躍の場(良い記事ネタ)であり続けることでしょう。

(日本の原発の問題ではありませんが、)隠すことが更に疑念を呼ぶと言う悪循環に中国政府が気づき対応を変える時が来るのでしょうかか、それとも強力な情報統制をこの問題でも敷き続けるのでしょうか。