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可からず」と仰せ出だされければ、\各々の心の内いふも中々愚かなり。\山田の次郎ばかりこそ、\「されば何せんに参りけん。\叶はぬもの故、\一足(ぞく)も引きつるこそ口惜しけれ」とて、\大音声をあげて門をたたき、\「日本-第一の不覚。\人を知らずして浮き沈みつる事の口惜しさよ」と、\罵りて通るぞ甲斐もなき。\各々言ひけるは、\「今は二つなし。\大勢に馳向ひて戦ひて、\もし死なれぬものならば、\自害するほかは別の儀なし」と\申しければ、\各々「此/の\儀に同ず」とて、\また取て返す。\四人の勢三十騎ばかりなり。\平九郎判官\申しけるは、\「同じき宇治の大手に向ふべきを、\宇治・\勢多大勢に隔てられては、\雑兵にこそ打ちあはんずれ。\これより西、\東寺は良き城郭なり。\ここに立て籠り候はゞや。\駿河の守は淀の手なれば東寺を通らんずるに、\よき軍して死なんと思ふぞ」と言ひければ、\また「此/の\儀然るべし」とて、\東寺に馳せつき、\内院には入らず。\総門の外釘貫の中に陣を取る。\高畠に控へたる三浦の介・\早原の次郎兵衛の尉・\甥の又太郎・\天野の左衛門・\坂井の平次郎兵衛の尉・\小幡の-太郎・\同じく弥平三など聞こゆる者ども、\三百余騎喚いて駆く。\其/の-中に早原の次郎兵衛・\天野左衛門は、\平九郎判官と見て、\眼前親昵なりければ控へてかゝらざりけり。\弓矢取る者も礼儀はかくぞある可きに、\早原の-太郎仔細/を/ば\知らず、\父控へたるを心地悪しくや思ひけん。\名乗りて押し-寄せたりけり。\胤義言ひけるは、\「さこそ公の軍と言ひながら\太郎無礼なる者哉。\景義洩す/な」とて、\高井を始めとして中にとりこめられて、\馬手の田中へ駈け-

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