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ば,たちまち誅罰つかまつれと院宣を下さ
れた.去んぬる一日は義経の申さるるに
よって,鎮西将軍たらうずるとおん下し文を
なされ,同じ七日には頼朝申さるるに
よって,義経を追罰つかまつれと宣旨
を下さるる:朝に変り,夕に変ずる世の中
の不定なことは,まことに口惜しい
儀ぢゃ.諸国に守護をおき,庄園に地頭を
なし,段別兵粮米をあておこなはうずると奏聞
すれば:怯皇おぼしめしわづらはせられ,太政大臣
以下の公卿にこの由をおほせあはせ
らるれば,人々申されたは:帝王の怨敵を
滅ぼいた者には半国をくださるると無量義経
に見えた:されどもわが朝にはその
例ないに,頼朝の申し状過分なと君
も,臣もおほせられたれども,頼朝重ねて
申されたれば,頼朝を日本国の大将総づかさ
に補せられた:まだ先例ない恩貿ぢゃ.
さて行家は和泉の国に忍うで
ゐられたを北条とやかくやして討ち
とって首をば鎌倉
へ下されたと申す.
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