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て、\やがて多田蔵人が前に置か/せて、\大納言目をかけて、「日頃談義(だんぎ)申し
/つる事、\大将軍には、一向御辺を頼み奉る。\其/の¥弓袋の料に進らせ候ふ。\今一度
候はばや」/としひたりければ、\行綱、畏り/て三度して、\布に手うちかけて押のけ/けれ/ば、〔是/は〕則ち郎等寄り/て取り/て/けり。\
其/の-頃、静憲法印と申し/けるは、\故少納言入道しんせいが子也。\万事思ひ-知り
て、引き-入り/て、¥真の人にて〔/ぞ〕有り/ければ、\平相国も殊に用ゐ/て、\世の中のこと/なんど、時々いひ-
合はせられけり。\法皇の御気色もよくて、\蓮華王院の執行に成しなんどして、\天下の
御政、常には仰せ-合はせられけるに、\成親卿取り-あへず、\「平氏、既に
倒れたり」/と申されければ、\法皇、ゑつぼに入ら/せ給ひて、\「康頼参りて、\当弁仕れ」
/と、\仰せ/のありければ、\己が能なれば、\つゐ立ち/て、\「凡近頃は、平氏が余り多く
候ひ/て、もてあつかひておぼえ候ふ。\首をこそ取り\候はめ」/とて、\瓶子の首を取り/て入り
/にけり。\法皇も興に入ら/せ給ふ。\着座の人々もゑみを含みてぞおはしける。\静憲法印
/計は、浅ましと思ひて、\物〔/を〕も宣はず、打ち-頷きて、\声/を/もあらく立て/ざり
/けり。\
彼の康頼は、もと〔/は〕阿波国/の住人、\人品さしもなき者也けれども、\諸道に心得
たる者にて、\君にも近く¥召し-仕は/れ参らせて、\検非違使、五位の尉まで成り/に
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