残せるのは、生きざまだけ -2ページ目

STY完走報告 その2

<第2部>
西富士中学校から800mを一気に登り標高1330mの天子ヶ岳へ上り、そこから、アップダウンンを繰り返しながら、標高1959mの大見岳へ向かう稜線コース、標高900mの本栖湖スポーツセンターA9エイドまでの長い、急な下り坂。と言った28kmの山岳エリアだ。
エイドをスタートすると、川を渡り、林道に入って、10分ほどで山道になった。そこで、ストックを準備。山は、登り始めるころから、怪しげな雲がたなびき始めており、肌寒さを感じ始めていたので、アームウォーマーも装着した。ストックをついて山登りをするのは初めてなので、わくわくしてスタートした。地図の等高線の混み具合から想像した通り、急な直登の連続で、とても走ることはできない。(UTMF、STYのトップランナーたちは、ここも走って登ったというから、すごい!)渋滞の中、歩幅を小さくして、ゆっくりと登ってゆく。牛歩戦術である。途中、5分ほど休憩を取り、16時14分天子ヶ岳山頂着。ここで、皆、腰を下ろして休んでいるが、ここからは下り、歩きながら休めばいい。休まずに進む。結果として、休まずに走る、歩く作戦が、功を奏した。
尾根に出たのに、あいにく視界はなく、展望は楽しめなかった。アップダウンを繰り返しながら行く。歩いたり、平らな所では少し走った。
そのうちに、「あれ!昨日の恵比寿のオフィス、支社長や、仲間の顔、満員の中央線のこと、それらが、全く別世界の出来事だぞ!?」
この、自然の中に身を置いて、仕事や家族の誰にも気兼ねすることなく、自分自身だけの力で、自分自身のためだけに、全身と全力を使ってレースを進めていることが、とても、素晴らしく、わくわくすることだな!と、すごい解放感に包まれ感じ始めた。
すると、きついはずの登りは、「きつい!」→「楽しい!」に変わる。
どこまで続くの?って思う下り道も、「次の楽しみのための下り道だ!どこまででも行ってやるぞ!」となってくるから、不思議だ。
走りながら、登りながら、「ああ楽しい、」「なんて素晴らしいんだ!」と、口をついて出てくるのだ。すると、昨年から2年越しで、期待して待ち続けたことや、実行委員会が開催までの間にいろんな障害を一つ一つ乗り越えて、そして、この日にたどり着いたこと、そして、UTMBと姉妹レースと認定された、世界的レースに参加できているという喜びがどんどんと湧いてきて、「ああ。俺はなんて、幸せなんだ!」「嬉しくて仕方がない!」と思い、また、ここ数か月間を振り返って、いくつかの苦難や孤独感と向き合いながら、「絶対に参加したい」という意思と同時に、あきらめざるを得ないのかという弱音が、最後の最後まで葛藤したことを思い出し、最近の練習不足の中でも、こうして走れていることに感動してしまうのでした。
天狗岳 17時16分
$残せるのは、生きざまだけ
 熊森山 18時02分 500mlのペットボトルの給水を受ける。西富士中学をスタートして初めて、休憩を取る。どっかと腰を下ろすと、疲労感が襲ってくる。あたりはガスっており、少しだが寒い風が吹いている。長袖のランシャツを上に重ね着し、ユニクロのウルトラライトウインドブレーカー、モンベルのウルトラライトロングパンツを着る。
塩分のタブレットと、胃薬、ブラックサンダー、甘納豆、羊羹、はちみつを食す。もらった水が、やたらと旨い。ムサシばかり飲んでいたから、さっぱりした水がうまかったのであろう。寒くなって、震えてきたので、ヘッドランプを装着して、10分ほどで出発。
 ここからが、今日の山場だ。200m下り、200m登り雪見岳、100m下り、100m登り金山、100mくだり500m登ると毛無山、大見岳、タカデッキは1900m峰である。そして、700mの大斜面を下り、200登って、500m下る。
 雪見岳、金山と行くたびに、天候が回復してきて、空も晴れてきた。下りも登りもしんどいが、嬉しい。走り出すときなど、「ヤッホー!」と叫びながら走ってしまうほどだった。 完全燃焼を感じる瞬間が、この山の間ずっと続いていた。「ここで、次の瞬間動けなくなっても本望だ!」と思える時間だった。
 だから、しんどいコースだけど一度も、心折れるなどという感覚を持たなかった。言霊の力であり、思いの力だと思った。
 20時45分、毛無山山頂に到着したとき、山頂で休んでいる人々のヘッドライトの明かりが、登ってきた僕を祝福してくれているライトに見えて、本当にうれしかった。思わず、笑顔で、両手を振りながら歩いたが、それに気が付いたランナーはいただろうか…?ここも、休憩は5分程度で、スタートした。
 この先、右斜面が草原状になる中を歩くと、右手遠方に、富士山のシルエットが見えるではないか!ヘッドライトをしばし消して、この景色に見とれた。最高の幸せを感じた。
タカデッキを過ぎて、いよいよ長い下りに入ると、渋滞した。この渋滞はひどかった。時計を持ってなかったので、わからないが、どうだろう、1時間はかかったんじゃないだろうか。急な下り坂で、粘土層の表土は、1000人もの人が歩き削っているので、ズルズルである。一人ひとり通るが、3人に一人は尻餅をつく。そういう自分も何度、尻餅をついたことか。しかし、この渋滞が、休憩時間になり、脚力が回復した。竜ヶ岳までの登り返しは、結構楽に上ることができた。振り返ると、今下ってきた山道が、山頂から下まで一本のヘッドライトの明かりの列となって下っている、美しい光景を目にすることができた。
本栖湖への下り坂は、ジグザグ道だった。渋滞は解消していたが、これでもか、これでもかと続くつづれ織りの道に、いい加減、滅入りそうになった。その時も、「ああ楽しい、最高だ。こんな道をどこまで用意してくれているのか、楽しみだぞ!」と、口にしていると、たいして、気にならなくなった。
ようやく、林道に降りると、スタッフが、「エイドまで、あと1kmです。」と、声をかけてくれる。時間は0時を過ぎているというのに、本当に頭の下がる思いであった。
 ここまで、書いてこなかったが、コースにはたぶん数キロごとにスタッフがいて、声をかけてくれたり、案内をしてくれたりしていた。山の中では、テントを張ったり、ツエルトをかぶったり、数人で交代しながら、夜通しランナーを見守ってくれていた。その心配りに、本当にありがたいと思った。

STY完走報告 その1

$残せるのは、生きざまだけ
UTMF(ウルトラトレイルマウント富士)のハーフSTY(静岡to山梨)82kmを走ってきました。
昨年から2年越しの大会で、期待感は、すごく大きなものでした。
一方で、3月以来の練習不足の中、走り切れるのかという一抹の不安がありました。
9月にスパルタスロンを控え、3月の小江戸大江戸の165kmでのリタイアという不本意の結果から、ここで、完走することで、一気に前向きな自信をつけたいとの思いがありました。

STYのコースは、全長82kmで、3部に分かれる。

第1部はスタート地点、標高約900mのこどもの国から、標高約520mの西富士中学校までの28km。この間は、なだらかな、国有林の林道や東電の管理道路などをつないだ緩やかな下り基調のトレイル。

第2部は西富士中学校から800mを一気に登り標高1330mの天子ヶ岳へ上り、そこから、アップダウンを繰り返しながら、標高1959mの大見岳へ向かう稜線コース、そして、標高900mの本栖湖スポーツセンターA9エイドまでの長い、急な下り坂。と言った28kmの山岳エリア。

第3部は、青木樹海と足柄山隗をめぐり、河口湖のゴールへ向かう東海自然歩道をゆく、26kmの優しいハイキングコースエリア。
ここまでで、ご想像の通り、1部3部は非常に穏やかなコースであった。このレースの真髄は唯一第2部である。しかも、第2部には、トレールランニングの技術がよりも、登山の技術及び、繰り返し続く急登、急下りに対していかに気持ちを切らさないか、問われるエリアであった。

追って紹介してゆこう。

<スタート前日>
18日午後10時、ようやく恵比寿のオフィスを飛び出す。自宅に戻り、残された夕飯をほうばり、ハイドレーションにムサシを2リットル作って入れた。荷物の最終確認をして、23時50分に、車でスタート。途中コンビニで、朝食のあんパン、クリームパン、おにぎり×2、おいなりさん、バナナ、コーヒー、寝酒の角水割り購入。
経費節減で下道を往く。久しぶりに、大垂水峠を越え、山梨へ向かう。おおむね2時間で河口湖第一駐車場に到着。小をしてから目覚ましを5時にかけて、就寝。
 ブルーン!エンジン音で目覚める。まだ、4時だ。
食事をしながら準備をし、バスの時刻の6時10分にゴール地点へ。ここからバスで1時間こどもの国へ着。STY参加者が、荷物検査のため、長蛇の列をなしている。
 検査ののち、トイレの列へ並ぶ。目覚めてから、おいなりさん、おにぎり×2、アンパン、バナナ×3、と食べ続けているのだが、緊張のためか、大を催してこない。順番が来てしゃがむが、あまり出ず。「まあ、しゃーないな」 
荷物をあずけ、開会式へ、地元の太鼓のパフォーマンスは感動的だった。なんせ、布団たたきみたいなバチでの太鼓パフォーマンスは、素晴らしかった。
 天気は最高、富士山がドカンと見えるこの公園は、最高の盛り上がりを持っていた。暑かったので、アームウォーマーを外し、半袖で臨んだ。日焼け止めは忘れなかった。Team The Hrizon の面々とも合流でき、いよいよスタート、カウントダウン!

$残せるのは、生きざまだけ
<スタートそして、第一部>
スタート後しばらくは、応援やボランチアの方々に見送られながら、熊すずの鳴り響く中を人の群れが川のように山の林道を埋め尽くしていった。
コースは、なだらかな、国有林の林道や東電の管理道路などをつないだ緩やかな下り基調のトレイル。富士山塊の原生林の中を往くというコースではなかったが、ヒノキの森や、草原状の丘陵をゆくコースは、鳥のさえずりと解放感に満ちた優しいオープニングとなりました。途中に富士山特有の深い谷を横切る個所が数か所あり、そこでは渋滞もありましたが、皆、いい笑顔で順番待ちをしていました。スピードは出さず、休まず止まらず、足を残してアップのつもりで走りました。18km地点に北山という水エイドがあったが、スタート時点で2リットル背負っていたので、スルーして行った。
13時48分、エイドの西富士中学校は、開けた平らな所にあるイメージを持っていたが、山の斜面に建っている、山の学校だった。ここでは、富士宮焼きそば×2、お汁粉×2、甘酒、ビスケット、チーズ、オレンジ、バナナと頂き補給はばっちり。さらに、トイレで大を済ませ、給水を受けハイドレード目いっぱい3リットルを背負いました。荷物検査を受け、14:16スタート。

GWあと1日

GWもあと今日1日となった。1日も欠かさず、仕事をし続けるGWは、ひさしぶり。

「自分なりに、一生懸命。」

いやなことばだけど、そうしか言えない、今の自分。

なぜ?

まだ、100%完全燃焼!と、言えないから。

悔しいけど、さぼっている、逃げている自分を知っているから。

でも、スケジュールを入れて、人に会い、情報提供し、身体と頭を使ったことは、

前進であり、評価したい。

一人じゃない、仲間がいる。という、心の支えもあった。

一方で、走れなかった。いや、走らなかった。

悔しいけど、その余裕が、持てなかった。

誰かのせいではなく、すべて自分のせいだ、ってところが、気持ちいいじゃないか!

しょせん、人生は、自分のためであり、自分のせいである。

人の幸せを願うのも、人の成功を応援するのも、

誰かのために努力するのも、

すべて、自分が満足できるため。

「明日死んでもいい、生き方、できてるか?」

まだまだだ。

そこを目指して!

生きましょう。

富士登山競走のエントリーはいかに…

今夜は、富士登山競走のエントリー日。


1200に火ぶたが落とされるが…


もうすでに、ランネットは混雑状態


どれだけ時間がかかるのやら…。


それにしても、この1200はやめた欲しいモノだ。


ランナーが起きている時間帯では無いだろう!?


どうせなら、朝3時30分とかにしていただければ、いつもの時間なのに…。


走れない日々

走れな日々が続いている。


仕事の仕方を少し変えたせいだ。


これまで、朝の時間を最大限に使っていたが、それができない。


ストレスもあるが、今は新しい習慣に慣れる様に努力している。


このスケジュールに変えて、どこにランを入れるかが決まらない。


じっとしていては、始まらない。


少しずつ実験してみるか…!