わたしはジャンル問わず好きなインフルエンサーが複数いるのだけど、そういう人たちの共通点に気づいたので深掘りしました

 

 

前から薄っすら感じていた違和感は現代ならではの現象、そんな中自分はどうしたいのか、など考えました

 

 

 

思考整理のために書いたので、長文だし特に結論はありません

 

 

構造の話なので、誰か特定の人をどうこういうわけではありません。現象として考えるヒントにしていただければ

 

 

令和の熱狂は人が中心
 

 

圧倒的な熱狂でファンを魅了するインフルエンサーには共通点がある

 

 

 

意志の力が強く周囲を巻き込む。「自分」を世界の中心に据えている

 

 

 

平成くらいまでの物質主義の時代の熱狂を生み出すコンテンツは、あくまで作品がメインだった

 

 

 

ディズニーもジブリもジョブズも松下幸之助も、まず先に作品があって、その生みの親として、後に人がピックアップされた

 

 

 

でも今の熱狂は違う。渦の中心に、作品ではなく最初から人がいる

 

 

 

作品は彼らにくっついてるコンテンツであって、中心にいる本人の熱狂で回してる

 

 

 

なぜ彼らインフルエンサーはそこまで情熱を注げるのか?

 

 

 

インフルエンサーにはいろんなタイプがいるので、一概には言えない。自己顕示欲が強い人もいれば、純粋に自分の目的にまい進してる人もいる

 

 

 

わたしが不思議に思ったのは、こんなにモノも情報もあふれている時代に、インフルエンサーたちは他者に自分の情熱をプレゼンする必然性をなぜ感じられるのか? 

 

 

 

だって、もう十分じゃない?これ以上モノや情報を提供しなくても、大抵はすでにあるし、むしろ過剰だから減らしてもいいくらい

 

 

 

実際、そういう世界になってしまったから、みんな人生の迷子になってる。モノが足りない時代は、それを満たすことこそが正義だって思ってたから頑張れた

 

物質主義が加熱するのと同時に、心に空いた穴を埋めるための宗教も生まれた

 

 

 

でも今や物質が満たされて欠乏がなくなり、長年人々の支えになってきた宗教も形骸化してきて壊れてきてる

 

 

 

だからいま、「次に目指す道はこれだ」と宣言してくれるインフルエンサーが人を惹きつけている

 

 

 

自分の代わりに強烈な物語を語ってくれる人

正解らしき道を示してくれる人

虚無を紛らわせてくれる人

 

 

心に空いた穴を埋めてくれる場所がそこにある

 

 

 

磁場に入ること、共鳴すること

 

 

実際は、熱狂に飲まれてるだけでは何も変わらない。毎日ディズニーランドに行って、他人が生み出した熱狂に便乗したところで、家に帰れば日常が待ってる

 

 

 

ディズニーランドで毎日新しいアトラクションができて飽きずに熱狂できたとしても、それはディズニーランドが進化してるだけで、来場者が進化してるわけじゃない

 

 

 

また、ウォルトディズニーに憧れた人がいるとする。彼がディズニーランドで働いて最初はポップコーンの売り子だったのが、ホーンテッドマンションの案内人になったところで、ウォルトにはなれない

 

 

 

ウォルトは売り子の延長線上にいるんじゃなく、まったく別の場所からまったく別の道を歩いた先にいる

 

 

どんなコンテンツでもそれは同じ

 

 

 

磁場に入ることと共鳴することは性質が違う

 

 

 

磁場に入るというのは、ポップコーンの売り子やホーンテッドマンションの案内人になること

 

これはパーク内のルールで生きる人

 

 

 

共鳴するというのは、パーク内のアトラクションを作ること

 

これはパークの外から「あなたのコンセプトが気に入ったから、この部分だけわたしがやるよ」と、共鳴する部分だけルールをすり合わせて協力する人

 

 

 

USJはディズニーとジャンルが同じだから共鳴しにくい。反発が起きて当然だし、歩み寄ろうとすると片方がもう片方に飲み込まれる

 

だから離れた場所でお互いを認めて見守ってる

 

 

 

これが磁場の影響下に入ることと(あるいは反発)と共鳴の違い

 

 

 

これらは仕組みなので良し悪しはない

 

 

 

 

熱狂の持続は自然?

 

 

わたしは、人間が中心の熱狂があちこちで乱立するいまの状況にちょっと違和感がある

 

 

 

熱狂そのものは否定しない。夢中になった仕事やプロジェクト、イベントだってあるし、好きなアーティストや芸能人もいる

 

 

 

ただし、かつての熱狂の中心にいたのは、モノや情報であって人じゃなかった。アーティストや芸能人も、先に作品や作られたイメージありきで、生身の人間が先に来ることはなかった

 

 

 

作品とは、個人の思いを抽象度高い場所に置いて表現したもの。たとえ作者のエゴが強くても、触れるのは短時間。ディズニーランドが楽しくても、それは行ってる間だけ

 

 

でも中心に人がいて、その人自身が熱狂を生み出す対象になると、渦に巻き込まれやすい

 

 

 

たとえ本人が24時間熱狂してなくても、ネット上では24時間熱狂があるように見える

 

 

 

これって現代にしか存在しない、特殊な状況じゃないだろうか

 

 

(インフルエンサーという存在を否定するつもりもない。こういう現象が起きてるのが不思議だってこと)

 

 

 

地球上の磁場は、北極と南極を軸に常に大きく緩やかにエネルギーが循環してる。でも太陽や月の影響で磁場が変わり、局所的に強いエネルギーが流れ天気と言う形で特異点をつくる

 

 

 

台風や雷、竜巻という特異点は、局所的に大きな磁場をうむけど延々続く訳じゃない

 

 

 

インフルエンサーをこれにあてはめると、ずっと台風が続いているようなイメージ

 

 

 

一個人の話でいうと、基本は自分のサイズ感の磁場で回っていて、週1回市内にお出かけして、月1回隣の県にお出かけ、半年に一回国内旅行して1年に1回海外旅行

 

 

というように、自分とは質の違う磁場に行くほど頻度は減るのが自然なはず

 

 

 

でもインフルエンサーを追うことは、強くて異質な磁場にい続けること。自分の磁場が狂いやすくなる
 

 

 

強い磁場に依存するのは、自分の磁場が弱くて不安定だから。それは個人の問題もあり時代背景もある

 

 

 

現代は完成された物質社会で、これ以上の成長は必要ないということを薄々感じている。でも手放せない。本当はそこから距離を置きたいが、怖いからできない。不要な環境を維持するために精神を削ってる

 

 

 

物質社会で所属していた大きな磁場に不安が出てくるようになったら、今度は精神的支柱を求めて別の磁場に移ってる

 

 

 

個人の小さな揺らぎは孤独で自信がない。いつだって大きなうねりに飲まれる方が簡単

 

 

 

本当は中間の振動があればいいんだけど、今はそれが消えてしまってる。なんでもかんでも2極化の時代

 

 

 

いまやるべきことは自分の小さくて不安定な振動を信じる力をつけ、中間の振動をつくっていくこと。そこで生まれる共鳴を楽しむこと

 

とはいえ、孤独を耐えろというのもキツいので、大きなうねりに頼ってもいいが飲み込まれないこと

 

 

 

不安の中でも確固たる自分を思い出すこと

 

 

 

たぶん、頑張らなくてもひっくり返る時は来る。人によってスピードは違うだろうけど、いま最先端の思考も間もなく常識になる

 

 

 

そんな中で自分がどの場所にいたいかを選ぶだけ。どこにいても何をしていても、方向性さえ決まっていればちゃんとそっちに行く

 

 

 

基本は流れに身を任せる。その過程で自分の磁場を整えておけば行くべき場所にたどりつく

 

 

 

時代や環境がどうあろうと、いつだって行先を決めるのはごく個人の問題ってこと

 

 

 

 

 

以上、結論があるようなないような話でした。

 

 

いま生きるのって正直キツイ。身体大事とかいうけど、頭でっかちになりやすい生活で流れに逆らうのってキツイっす。ふと虚無を感じる。笑

 

 

でも何もやらずにはいられないから、もがきながら「あー、イマココだった」ってやってる。そんな日々です笑い泣き

 

 

 

最後まで読んでくれた人いるかな?

長文なのにありがとうございましたニヤニヤ