最近、身体を意識するように心がけていたところで、第九を聞きに行ったらめちゃくちゃ感動した話![]()
オーケストラと身体がリンクしたんです
オーケストラの調和を味わうとともに、「身体の主役は細胞なんだ」っていうことが分かりました
歓喜の歌に圧倒される
第九は何回か聞いてるけど、けっこう久しぶり。なので、雰囲気はすっかり忘れた状態で鑑賞スタート
楽器演奏のみの第1~第3楽章も素敵なんですけど、合唱が入る第4楽章はやはりレベチでした
合唱団のパワーがすさまじいの。すべてを圧倒する、ひとりひとりの声の響きが重なって、客席にいるこちらの身体にダイレクトに伝わってくる
もうね、歓喜が伝わってくるんですよ
それまでの楽器のみの演奏とか、ソリスト(オペラ歌手)の美しい響きを忘れちゃうほどのエネルギー
合唱団はみんな同じ服を着てるし、遠目だから顔なんてよくわかりません
全員でひとかたまり。ひとつの生命体みたい
でも、よく見ると当たり前だけど全員違うんです(笑) たぶん、普段着で道を歩いていても普通に素通りするような人たち
年配の人が多そうだけど、若い人もいる
直立不動で口だけ動いている人もいるし、遠目でもわかるくらい揺れてる人もいれば、肩の動きだけダイナミックな人も
右に傾いてる人もいれば、左の人も。大きい人も小さい人も。黒髪も白髪も長髪も短髪も
全員が違う。けど全員が歓喜を歌ってる
なんかもう、「みんなかわいいな、愛おしいな」って感動して泣きそうになりました
細胞たちのハーモニー
このステージを見てると、「わたしの細胞もこれなんだ」って思いました
こういうコンサートのチラシをみると、合唱団名は大きく書かれるけど、あと名を連ねるのは指揮者とソリストの皆さんと楽団名とコンマスくらいじゃないですか?
名前と顔写真が出てる人たちは、みんな名だたる経歴の持ち主。「よく分からないけどスゴイんだろうな」って感じ
でも、少なくとも第九に関しては、主役は合唱だと思います
おなじ服でおなじ歌を歌い、ソロもなくて、名前が載ってたとしても小さい。でも主役
もちろん、他もみんな必要ですよ。ソリストのリードも指揮者も楽器もあるから第九なんですけど
派手に見えるから特別素晴らしいってわけじゃない。単に役割が違うだけなんですね
一番数が多くて、一番地味に見える役割が一致団結したときのパワーは最強!
あと、人間の声の響きは格別。どんなに名工がつくった楽器よりも、声はすごい。生きてる楽器だものね
もうひとつ、「音楽に経歴は関係ないんだ」ってしみじみ思いました
そこまで著名なコンサートを聞いたこともないんですけど、心を震わせる音楽に素晴らしい経歴は必ずしも必要じゃないだろうなと
(経験値も大事だから「まったく関係ない」とまではいいませんけど。本音ではあんまり関係ないと思ってる
)
関係あるとしたら、ステージ上にいる人たちの調和
HAPPYちゃんのつくるステージが、素人集団でも人の心を震わせられるのは、技術以上に調和を大事にしているように。
今回行ったコンサートは、HAPPYちゃんのような作り方はしていないでしょうが、それでも音楽のプロが指揮する「場」を作り上げて完成したもの
こんなに感動するんだからスゴイ![]()
日本人好みというのが分かる
”日本人は第九好き”らしいですね。これ、すっごい納得できる気がしました
理由はいろいろあるようですが、わたしは「このハーモニーを奏でるのが日本人だから」だと思いました
個々は地味で無名でもいい。普段は目立たず、好きに生きてる
でも集まったらものすごいパワーを発揮する、調和を愛する人たちなのだと思います
一説によると、日本人の本来の気質は、個性が豊かすぎる一方で特別な場では一致団結する民族とのこと
現代的な同調圧力に従う民族のイメージとはちょっと違う、この説がわたしは好き
普段、おとなしい人たちも、”歓喜を表現する”というひとつの目的のために、プロも素人も集って調和を生み出してる。素敵な光景でした
合唱団が名もなき細胞なら、楽器は身体に張り巡らされた神経、ソリストは内臓、指揮者は脳ってところかな
脳(指揮者)はほかを力づくで従わせる存在じゃなく、みんなをまとめて適切な指示をする役割
内臓(ソリスト)は、自分にしかできない働きをすることで、細胞たちの場を整える役割
神経(楽器)は、楽曲を導く大前提で在ると同時に繊細にケアする役割
名もなき細胞(合唱)は、一致団結してエネルギーを爆発させる役割
みんなが互いを尊重してこそ成り立つハーモニー
この力が合わされば、個々の何倍、何十倍にもなりそうじゃないですか![]()
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さて、わたしはそれを体内でできてるかな?
わたしの指揮者は、必要以上に指揮棒を振って細胞たちに怒鳴ってない…? ちょっと反省しました![]()
