「背骨が重要!」という話を聞いてから、自分なりに深堀りする日々です
色んな方向からバチバチ繋がってくる感覚はあるんですが、なにせ感覚的な話だから言語化するのが難しい…
読んでも意味が分からない人の方が多いかもしれないけど、書くだけ書いておきます💦
【背骨の話シリーズ】
「後ろ」に無限の可能性がある
かつての日本人は「時間は未来から過去に流れる」という感覚が当たり前だったそう
それは意識が肚にあり、背後にあったから。未来とは「後ろ」。前はそれに応じて生み出された現実であり過去
現代人の意識は頭、そして前のめりになっちゃってる。自分が作り上げた後の「過去」を見つめて一喜一憂してる。そんなのを見つめても仕方ないのに
ここで、前回までに触れた「トーラス構造」のことを考えました
生命エネルギーは、トーラスの下の穴から吸い込まれて上から出て外側へ、という流れでクルクル回る
これに日本人の「後ろが未来、前が過去」という概念を加えると
後ろにまだ形になる前の無限の情報・意識が漂っている
それをキャッチして、くるっと回って下丹田から入り、中丹田のゼロポイントで意識を現実へと変換する。「空」から「色」へ変わる地点
上丹田に流れた意識のエネルギーは、具体的な現実世界での行動のアイデアを閃く
それを行動に移して現実化したものが目の前に現れる
ということは、エネルギーの変換は∞を描きながら行われてる?
イメージできますかね![]()
わたしは、2つの歯車がかみ合ったようなイメージをしました
絵の歯車のサイズは違うけど、理想は同じくらい?
人の後ろ側と前側にある歯車が、中丹田でかみ合ってる。それぞれ別の軌道を描きながら、ピンポイントで接してる
歯車のひとつは後ろ側の「意識(未来)」、もうひとつは前側の「現実(過去)」
自分にとって良い情報をキャッチして、それに合ったアイデアをひらめき、行動に移す
これぞ真の引き寄せ
そのためには、身体のリズムを整える必要がある。不要なノイズや抵抗をできるだけ取って、純粋な意識を通す。それだけやればいい
思考で引き寄せても幸せではない
こうなると数年前に流行った「引き寄せの法則」の考え方は古いんですよね
(今の流行が何なのか、もはや知らない…)
「思考が先で現実は後」という話を聞いたことないですか? もちろん、それで間違いないのですが
現実を体験するからこそ思考が湧くのだから、ふたつで1セットですよね。現実は思考によって生まれるけど、思考は現実によって湧く。「卵が先かニワトリが先か」みたいな話
「現実が先」とも言えるんじゃないのかな、ってね
もちろん、どんな現実になろうとも思考のコントロールに執着したら、望み通りの現実を創れるかもしれない
でも、それで創った現実は本当に幸せですかね?
自然と湧き上がる思考や願望ならいいと思いますよ。それはエネルギー循環がうまくいってる証でもあるから
でも、自然に湧いてくる思考をかき消して、無理やり望む思考に照準を合わせるのって、めちゃくちゃエネルギー使うし、不自然じゃないですか
それで生み出した現実は、脳は喜ぶかもしれないけど、身体は置いてけぼりかもしれない
真の幸せというのは、「”幸せな感覚”を味わっている身体の状態」のはず
身体がリラックスして開いている状態こそが「幸せ」じゃないですか。脳が満足しても身体が緊張していたらそれは幸せじゃない
(「いや、それでいいんだよ」と言う人に、この記事は不要です)
身体が望む願望を抱き、アイデアを実行し、現実を創り、幸せな体感を味わうことが幸せ
としたら、無理やり思考で捻じ曲げることは理想の願望実現方法ではない
自然に湧いてくるアイデアが自分にとって幸せな選択であればいい
だから「身体に意識を向けよう。まずは背骨を感じよう」ということなんですね
わたしは詳しくは知らないんですが、ヨガとかは本来そういうものだったはず。「願望実現」とかいう前に身体を整える。地味に見えるかもしれないけど、本来の身体感覚を取り戻せば、おのずと願望実現にもつながるはず
あと、かつての日本人の身体感覚って、体系化するまでもないほどにすべての人に浸透していたんじゃないでしょうか。当たり前すぎて重要性に気づけなかった、みたいな
エイブラハムの願望実現って、身体が出来上がっている人がさらにプラスでやるのであれば、効果バツグンだろうけど、身体がガタガタな人がやっても意味ないし、むしろ余計に疲弊しそう
まだこの話で浮かぶことはあるんですが、また元気があれば書きます![]()
<おまけのひとりごと>
HAPPYちゃんの配信を聞くと、めんどくさいけどなんか書こうかな、という気になるんですよね![]()
最近はHAPPYちゃんの直接的な言葉に反応しにくくなってるんですが、やっぱりどっかで共鳴してるのかもね
【背骨の話シリーズ】


